第6話 1ー4 初恋の少年→生産部門副主任

「フレッド。また新しい物を作ってくれたそうで。ありがとう、助かります」


「いえ。これが仕事なので」


 拾われてから二年弱。トットカルク商会の鍛治工房を一つ任されるようになって、作り出した武器などの商品を会長であるアマリリス様にプレゼンするようになっていた。


 使った材料や工程にかかった時間などから販売価格を決めて、どこに売りに出すのかも決める。物によっては冒険者だけに売り出したり、貴族や王族にだけ売り出すこともある。ボツになることもたまにある。


 この時二人だけで話し合うために、いつも緊張してしまう。す、好きな人と密室で二人きりというのは体温が上がって仕方がない。心臓がバクバク音を立てる。


 ──まあ、大抵聖獣様も一緒なのだけど。


 持ってきた商品。本をアマリリス様が手に取る。


「今回は魔導書なのですね。あら、魔力が結構上がったわ。これを作るのは大変だったでしょう?」


「魔導書は謎が多いので。杖よりも魔力の変換率が高いですし、魔法制御も魔導書の方ができます。けれど製造法があまりに謎なのであまり流通もしていません。アマリリス様の知識を受けてようやくできた物です。ただ採算度外視にしてしまったので、これを量産は難しいです」


「私なりに手にした魔導書を解析した結果ですので。それで新しい魔導書を産み出したのはあなたたちの功績ですよ。ダンジョンなどでしか見付からないアーティファクト。これを現代の技術に落とし込んだのはあなた方です」


 そうは言われても、初めの取っ掛かりである構想はアマリリス様のもの。それをどうにか設計図通りに作ったのがこの最初の魔導書だ。


 なぜこの作り方で魔導書になるのか、まだ謎が多い。けど魔力制御に向いている材料というのはわかってきた。これは魔法使い用の杖の作成にも応用できる。


「ただ……。この材料費と、製作日数が三ヶ月ですか。やはり量産には向きませんね」


 一緒に提出した計画書。そこにはこの魔導書を製作するまでの細かい記録が書き記されている。とにかく良い性能の魔導書ということだったので材料や資金など色々度外視にした作品なため、アマリリス様も難しい表情をされている。


「はい。アルカトルの書ほどの量産体制は不可能で。ダンジョンから見付かるアーティファクトとしての魔導書とは遜色ない能力になったつもりですが」


「とりあえず三つほど作成してみてください。それでコツを掴んで量産に嗅ぎつける可能性もありますし。このプロトタイプは手元にあった方がいいですか?」


「いえ。作成方法を変えて試してみますので、手元になくても大丈夫です」


「そうですか。なら私がちょっと使ってみましょう」


「アマリリス様がご使用されると?」


 アマリリス様は特例で冒険者の「銀」を名乗ることを許された魔法使いだ。治癒魔法も攻撃魔法も使える万能型で、そのことからも聖女様と呼ばれる。アマリリス様が遣われる治癒魔法は王国一とまで言われて、死の直前の人を治したという伝説まである。


 そんなアマリリス様に相応しいものだろうか……。


「私が使う杖や魔導書がありませんでしたから、ちょうど良いです。私が出張るような事態にならないことが一番ですが」


「あの。俺から言うことじゃないですけど、アマリリス様には前線に出て欲しくありません。いつぞやの緊急時に、まともに装備も整えず魔物を倒しに行ったと聞いた時は商会の者が全員肝を冷やしました」


『あったねー。まあ、遠くから魔法を使っただけで怪我なく帰ってきたんだから良いんじゃない?アマリリスが戦うことなんてよっぽどじゃないとないだろうし』


「ですねえ。この街に冒険者の方がいないか、騎士の方々がやられない限りは私も戦ったりしませんよ」


 俺が心配の言葉を溢すと、聖獣様が思い出したように会話に加わってきた。


 一年前くらいだろうか。吸血鬼がマルートに攻め込んできて、この街の警備をしている騎士がやられて急いでアマリリス様が現場に向かい、そのまま魔法を使って殲滅したことがあった。


 街の住民は感謝もしたけど、それと同じくらいアマリリス様を心配した。騎士は強い。そんな騎士を数十人倒した吸血鬼にたった一人で立ち向かったのだから。吸血鬼は吸血によって眷属を増やし、やられた側から敵が増える、味方だった人が吸血鬼にされるという人間の天敵だ。


 そんな強敵にたった一人で向かって、殲滅してしまった時にはアマリリス様の実力を思い知った。冒険者としての「銀」の称号は飾りと聞いていたので、そこまで強いのだと知らなかったからだ。


「アマリリス様、本当はとても強いのでは?それこそ『虹』くらいの実力があったり……」


「あはは。まさか〜。私は事務作業ばっかりでまともに鍛錬をしていませんよ?冒険者の『虹』なんてとても才能のある方が血を吐く努力をして、偉業を成し遂げて到達する高みです。私じゃそこまで辿り着けませんよ。まあ、魔法が得意なのは密かな自慢ですが」


 気になって聞いてみたら笑い返されてしまった。この推測はマルートの住民ならみんなしているくらいに有名だ。本職の神官よりも高位の治癒魔法を使い、マルート復興時には数多くの魔物を魔法で屠り。極め付けにはその吸血鬼を倒した。


 マルート最強の人物とまで呼ばれて、それが女神や聖女という呼び方に繋がっている。


 戦乙女ブリュンヒルデ姫様プリンチペッサとも言われている。本人は貴族だということを否定しているけど、その所作や強さから何かしら秘密があるのだろうと思われている。英才教育を受けた亡国の王族なのではないかなど、突拍子もない噂も多い。


 それほど、彼女は複数の才能に溢れ、愛されている。


 三年前から更に美しくなった美貌もそう。彼女に笑いかけられて、惚れない人間がいるだろうか。男女の区別なく誰でも見惚れる美しさで、商会を運営する敏腕さ。そして困っている人を助ける精神性。


 何もかもが、人間として別格すぎた。だから、天より降臨された女神様か天使様なのではないかと思われてしまう。


 でも、こうして少し気が抜けて素の口調が出てしまうところなどは、やはり人間なんだなと思えてそれも愛おしいけど。


 この事実を知る人は少ない。


「うーん。でも『虹』ですか……。その『虹』に頼るのも良いかもしれませんね」


「というのは?」


「王都で新しく生まれた『虹』の冒険者。チーム『ケロベロス』にこの魔導書に必要な素材の依頼をしても良いかもしれません。ええ、良いですね。早速明日にでも依頼を出しましょう」


 そんな計画を立てて頬を緩ませているお姿は。


 たった一人の少女のような笑顔で、眩しかった。


 明日俺は、死ぬかもしれない。

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