第4話 1−2 聖女→会長

 港町マルートを一望できる丘の上。そこに建てられた二階建ての大きな屋敷。


 そこが今の私の住居。教会の時とあんまり変わらない気もします。規模だけで言えば。住人も四人で変わらないですし。


 机の上で書類を決裁している私の前でゴロゴロしているグーちゃんを除けばですが。


 大きな窓から外を見渡すと、今日も元気に働いている皆さんの姿が。とても三年前は色々なことに絶望して塞ぎ込んでいた人たちには見えませんね。ここまで復活してくれて助かりましたが、些かやり過ぎた気もします。


 まさか世界各国に跨る商会の会長になるだなんて。人間的な暮らしをするためにお金が必要だからちょっと稼がないとと思って。バレない程度ならグリモアの知識を使っていいかなと魔が差し。


 結果ベルヘルト王国では知らない人がいない商会になってしまうなんて。


 どこで間違えたんでしょうか。


「ハァ。グーちゃん、ゴロゴロするくらいなら何か魔法でも教えてくれます?」


『もうほとんど覚えちゃったじゃん。聖女様らしく治癒魔法も覚えて、最高位の復活魔法まで覚えて、これ以上何が必要だと?』


「グーちゃんだけは聖女だなんて呼ばないでくださいよ……」


『ププー。誰にでも施しを与える聖女様。誰にでも等しく笑顔を向ける女神様。仕事を無くした子供たちに相応しい職を見付ける大商人。本質は吸血鬼でただの村娘だったのに!帝都が崩壊したことに慌てて手を差し伸べただけなのにね!』


 そう、グーちゃんの言う通り私の話はかなり美化されているのです。


 本質としては私が帝都を滅ぼして、その結果民衆が大混乱。一ヶ月もしない内に国としての力を失った余波が民衆へ打撃を与えて貧窮。


 帝国の中枢と軍事力を滅ぼしたのは私で、復讐の相手も帝国軍と上層部だけだったので民衆が苦しむ姿を見ていたくなくて。罪滅ぼしにと食糧支援や生きていくための最低限の体裁を整えていたらいつの間にか崇拝されて。


 お金も貰わず崇拝され、物を寄付されるという状況に危機を覚えた私は商会を設立。ここら一帯の領主だったクリストさんに援助してもらって商売していく内にグリモアの知識にあった料理が食べたいなとか、特産品の場所を知って買い付ければ売れるのでは?と思ってちょっとやらかしたらこの有様。


 睡眠も必要なく、疲労もしないアンデッドの身体がどれだけありがたかったことか。書類仕事で殺されるかと思いました。


 このマルートは港町というだけあって交易の便はかなり発展していたんです。それに私は乗っかってしまったと。



 あーあ。



 グーちゃんの言葉を確認するために、白の書を取り出す。何度もめくっているためにもうこの該当ページを開くのは目を閉じてもできます。


 吸血鬼。真祖の欄。


「……該当者。アリス・クル・オードファン。現在はアマリリス・クロードと名乗っている。居住地マルート。ここまで載ります?」


『偽名も居住地もバレるなんて不憫だねー。でもそれの所有者は君だ。奪われない限り大丈夫だよ。グリモアがもう一冊あるわけでもないし』


「あったら私、討伐されそうですね」


 一応生物としては最強格らしいですけど、ドラゴンを二体倒した程度ですし。シャーロットちゃんもドラゴンくらい倒してるので強いって自覚ないんですよね。


 魔法はグリモアのおかげで些細なものから強力なものまで使えるようになりましたけど、こうやって商人をしているのでそんなに戦う機会ありませんでした。もし国家の軍隊が全勢力を持ってやってきたら簡単に殺されそうですねー。


 その時はその時でしょうけど。


『アリス。僕シュークリーム食べたい』


「またですか?お屋敷に在庫もうないと思いますよ?……街に食べに行きますか」


『わーい。アリス大好きー』


「好きって言葉が軽いですねえ……」


『君のシャーロットへの好きに比べれば軽くないと思うけど』


「私は真剣に!妹としてシャーロットちゃんを愛しているのです!」


『ごめん。君のシャーロットへの愛は重いんだった』


 わかってくれればいいです。仕事をひと段落させて日傘を持って部屋を出ます。窓から入る日差しくらいなら問題ないんですけど、街を歩くとなったら日除けがいるんですよね。貴族のご令嬢などがよく日傘を差しているので私も怪しまれませんが。


 肌が白いので、焼けないようにとか思われているのでしょう。


 廊下に出ると掃除をしている、私が雇っている若草色の髪をしたメイドがいました。こちらに頭を下げた後、私は出かけることを告げる。


「アンナ。グーちゃんが駄々こねるので出かけてきます。今日は誰か来る予定はありませんよね?」


「はい、お嬢様。本日は会食や商談のご予定はありません」


「ではお茶に行ってきます。夕飯には戻ってきますので」


「行ってらっしゃいませ。お嬢様、聖獣様」


 もう一度お辞儀をされて屋敷を出る。私の横で浮いているグーちゃんに目を向けて、私は先ほどのお返しとばかりに吹き出す。


「ププー。聖獣様ですって。ただゴロゴロしているだけなのに」


『君のペット扱いだからねえ。魔法の師匠だし?あながち間違ってないんじゃない?』


「民衆のために何かしているわけじゃないのに……」


『街とか守らないよ。できないし』


 グーちゃんはグリモアのくせに、使える魔法は微々たるもの。それで魔導書の守護獣と言えるのか疑問ですけど、グーちゃんが戦えないからこそ私たちは魔法や護身術を覚えたのでしょう。


 それが今シャーロットちゃんを守り、生活するための力となっているのなら文句は言いません。


 私もこの街に来た当初はそれこそ罪悪感で色々と手を出して、それこそ魔物とかも倒したりしましたが。もらった冒険者のタグ、邪魔なんですよね。依頼を受けるわけでもないのに一応冒険者として登録されていて、その上、上から三番目の実力者だと知らしめる証拠なんて。


 クリストさんがどうしてもというので受け取りましたが。


 商会を開く前だったら都市の検問を押し通れるので重宝しましたけど、今は交易証明書があるので私の部屋に飾ってあるだけです。宝の持ち腐れですね。


「いつも通り直営店で良いですか?」


『良いよー。あそこが一番美味しい』


 向かうのは私のトットカルク商会が経営するレストラン。本当はかなり高級なレストランで、王国内でも一・二を競うほど有名なお店です。そんなところへ食事ではなくお茶をしに行くだなんて経営者じゃなければできませんよ。


 お金持ちってとにかく馬車で移動するイメージがありますが、私の家に馬車はありません。この前王都へ小麦の買い付けに行った際も商会の荷馬車を使いました。歩くのが好きです。元々ただの村娘ですし、あまり貴族的な生活って理解できなくて。メイドさんでもうお腹いっぱいです。


 日差しはちょっと辛いですけど、日傘をしていれば平気ですから日中歩くのも問題ありません。いくら究極の肉体能力を持っていたとしてもずっと部屋に籠っているのは不健康な気がします。もう死んでるんですけどね。


 そのおかげでいくら食べても太らない。成長しないんですから。グーちゃん曰く食べた物は魔力に変換しているんだとか。便利な身体ですねえ。


 日中もへっちゃらで、それこそ毎日出歩いているせいで、誰も吸血鬼なんて気付かないんですよねえ。犬歯くらい珍しくありませんし、白髪や銀髪も多くはありませんけどそこそこはいます。瞳だけ魔法で翡翠色に変えていますが。


 私も吸血衝動などもないので、自分で自分を疑っているんですが。グリモアに吸血鬼って特定されているので吸血鬼なのでしょう。


 眷属として吸血鬼を作れることには変わりないです。吸血鬼の女王といったところですね。シャーロットちゃんにバレたら殺されそう。あの子は今や魔物を狩る冒険者ですし。


 このことが後ろめたいので、直接姿を確認しに行かずに眷属任せにしているんですよね。あとグーちゃんのこともバレてるから姿を見せた途端私がグリモアを所持していることがバレる。そこから身バレもありえるわけでして。


 なのに同じ王国領でグーちゃん連れて歩いてる私って能天気ですよねー。でもグーちゃんのことはこの街の人はほとんど知っていますし、今更ですかね。聖獣様ですもの。


「あ、アマリリスさまー!聖獣さまもこんにちはー!」


「はい、こんにちは。お買い物のお手伝いですか?偉いですね」


「うん!トットカルク商会のお店で買ったんだー!」


 幼い男の子に話しかけられます。街を歩いていたらこんなこと日常茶飯事。


 男の子は両腕いっぱいに茶色い袋を抱えて歩いています。その袋にグーちゃんの羽を模したマークがついているのでウチの系列店で買ったのでしょう。


 アマリリスと呼ばれるのも慣れましたね。本名に近しい名前なのでわかりやすいのですが。


「アマリリスさまはどこ行くの?」


「私はグーちゃんがワガママ言うのでお茶を飲みに行くんですよ。シュークリーム食べたいんですって」


「へー。あのクリームが入ってるお菓子だ。美味しいよね!」


「美味しいのはその通りなのですけど。グーちゃんは食べたい物が多すぎて困っちゃいます」


「聖獣さまだもん。しょうがないよ」


『それ、どういう意味?僕が食いしん坊ってこと?』


「うん」


「はい」


 まごうことなき食いしん坊でしょう。グリモアを守護していた頃は食事ができるということも知りませんでしたけど、今は食欲なんて生まれたのかしょっちゅう何かしら食べています。けど体長が普通の猫と変わらないのでそんなに一度には食べられないんですけど。


 その代わり消化が早いのか、一日五食です。メイドの皆さん本当にありがとうございます。お給金出しているとはいえ頭が上がりません。


 男の子ともそこそこ話して、目的地に向かいます。外観は高級宿のような白い建物。ですけど中は完全にレストランなんですよね。たまに間違える旅人の方がいらっしゃるとかなんとか。看板を見たら間違えないと思うのですけど。


 そうして入ると、燕尾服を着た配膳係が私のことに気付いてくれました。


「これはアマリリス様。お食事ですか?」


「お茶の予定です。申し訳ありませんが、いつもの個室でお願いできますか?」


「もちろんです。ご案内いたします」


 もう長いこと通っているので対応も慣れたものですね。私専用の個室に案内されてそこで注文をして、という形をここはしてくれる。


 バルコニーにも面したちょっと広いけどやっぱり個室というイメージがある三階の部屋。白色をメインに配色されていて、私の屋敷とは違う角度から街が一望できる場所。広い海を眺めながらのお茶というのはどうして格別だと感じるのでしょう。


 私が山奥の農村出身だからですかね?


 ここに案内してくれた配膳係にシュークリームを数個とハーブティーを注文して席に座ります。


 グーちゃんは相変わらず、我が物顔でテーブルに転がっていますね。椅子に座ったら食事ができないというのはわかりますけど、堂々とお腹を上に向けながら寝っ転がられると意地悪したくなります。


 しばらくボーッと外の景色を見ていると、唯一の扉が開いてカートと共にここの料理長であるケンブリッジ・カーマインさんがやってきました。


「おう、お嬢!いらっしゃい。聖獣は相変わらずだなあ」


「お邪魔しています、ケンさん。今は厨房から離れて大丈夫なんですか?」


「オレがいなくてもやっていけるからな。それにこの時間なら客は少ないし」


「ですよね」


 お昼をとっくに過ぎて、けど夕食には早すぎる時間帯。本当にお茶以外の目的でこの時間に来る人は珍しいですし、ここはこの街で一番の高級店。お茶目的で来るのは私くらいでしょう。


 領主のクリストさんも利用するとなったら私と一緒の時だけみたいですし。それ以外にここを根城にしているお金持ちの人は少ないですからね。旅行者向けのお店で地元住民がここに来るのはたまのご褒美でしょう。


 三日おきくらいに来る私がおかしいんです。主にグーちゃんのせいで。


 ケンさんはいつも料理長だから厨房から出てこないんですが、私が来て暇だったらこうして食事を持って来てくれて配膳もしてくれます。以前にこういう配膳もやっていたとかで、堂々と紅茶を淹れてくれます。


「いつ見ても綺麗な所作ですね」


「お嬢には負けますよ。オレのは小間使いやらされてた時の名残で、大したもんじゃありません」


「ケンさんには話したことありましたよね?今は商会の会長なんてやってますけど、元々はただの村娘ですよ」


「そうは思えない気品っつうのを感じますよ?これでもお貴族を結構見てきましたけど、全然見劣らないですし」


「クリスト様と一緒にあちこち行けば、これくらい身に付けます」


「あー。領主様と」


 ケンさんは納得してくれましたが、それこそ本物のお貴族様と数多く接する機会があれば自然と身に付きます。相手に舐められないためにクリストさんに礼儀作法を一通り仕込まれましたから。


 元々グリモアの管理の関係で王族に会う機会もあったので生前も結構仕込まれていました。その土台があったからこそでしょうね。実際王族に会ったのは十歳の時に一回だけでしたが。人生、いえアンデッド生、何が役に立つかわかりませんね。


 話しながらも配膳を終わらせているケンさん。目の前にはシュークリームが四つ置いてあります。私とグーちゃんで二つずつですね。それくらいしか食べられませんし。


 シュークリームはペテル神聖国のおやつでしたかね。ケンさんにレシピあげたら大喜びされました。料理人としての刺激を受けたとかなんとか。私はグリモアにあったレシピをあげただけなんですけどね。


 白のグリモア、本当に何でも載っています。行ったことのない場所のおやつのレシピが載ってるのはどうなんでしょうね。


 私やグーちゃんは食べたい。ケンさんたち料理人はレシピを知れる。両得の提案なので何回もレシピを教えてあげているのですが。


 そのせいでグーちゃんのおねだりの回数が増えちゃって困ります。太らないからいいんですけどね。


 シュークリームを手掴みで口に運ぶ。クッキー生地がサクサクで、中のクリームが甘くて幸せェ。でも何でしょう。いつものシュークリームと違うような。


「クリームがさっぱりしていますね。配分変えたんですか?」


「さすがお嬢。良い味覚をしてらっしゃる。そのシュークリーム、実は牛乳じゃなくてヤギの乳でクリームを作ったのさ。いやこれが案外臭みがなくて使いやすい。どうだ?」


「確かにしつこくなくて食べやすいですね。甘い物が苦手の人でも食べやすいと思います」


「そうかそうか!聖獣様は?」


『僕はいつもの甘い方が好きかなあ。これも嫌いじゃないけど、僕は甘いのが好きだから』


「聖獣様は子供舌なんだな。わかった。次からはいつもの方持ってくる」


『そうして』


 グーちゃんも両手で押さえながらハグハグ食べてますね。器用に舌を使ってクリームが溢れないようにしています。食欲って馬鹿にできませんね。七つの大罪に暴食がありましたけど、グーちゃんはそれに囚われたように食事に旺盛です。


 悪魔に変わったりするんでしょうか。元々が魔導書の守護獣なので魔獣だとは思いますが。


「もしかしてヤギの乳いっぱい必要だったりします?」


「シチューとかにも使いたいんでそこそこ必要ですね。あんまり流通していないんで発注が大変ですけど」


「じゃあ多めに買い付けましょうか。その代わりヤギの乳を使った料理を推してくれますか?」


「おう!願ったり叶ったりだ」


「それと、こちらもどうぞ」


 私がバッグから出したのはとある紙の束。ケンさんにはよく渡している、レシピを書き起こしたものです。


「ほう?カカオの実を使った飲み物と食べ物?こりゃあ……。また砂糖が必要ですなあ」


「いつも料理の検証を頼んでしまって申し訳ありません。貿易部門の方に話を通しておきますから」


「いやいや。楽しんでるんでこっちがありがたいくらいですよ。んじゃあこれで良い感じになったらまた招待状送りますよ」


「楽しみにしています」


 いつものやり取りをしてからお礼を言って。今度の買い付けで必要な物を頭の中で纏めて。


 一階でお会計をして。私が商会の会長だからお金は受け取れないみたいなことも言われますけど、商人だからこそしっかり規定のお金を支払うべきだと毎回言っているんですけどね。ただでご飯を食べたくありませんし。


 お土産のお菓子をもらって、建物から出て。また日傘を差しながら街を歩きます。


「そろそろシャーロットちゃんに依頼を出そうかしら」


『ホント、過保護』


「『虹』になってしまったら依頼料が跳ね上がって、まともにお仕事もないかもしれないでしょう?ウチならお金は出せますし」


『お金集める理由が妹の支援のためだからなあ。全く、トチ狂ってる』


「グーちゃん?悪口言われたらこのお土産あげませんよ?」


『ごめんって!僕が悪かった!』


 わかれば良いんです。私のシャーロットちゃんへの愛は離れ離れで過ごすしかない、姉としての当たり前の愛情なんですから。

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