俺と義妹、ちょっと前の話。
「残念ながら、息子さんの肩は……」
怪我から一ヶ月が経過して、主治医が親父にそう告げた。
俺は高校進学間もなく、部活中に怪我が発覚。その後、大きな病院で懸命にリハビリに励んできた。しかし秋頃になって、ついに主治医が首を横に振ったのだ。
親父は当然、俺のことを必死に慰めてくれた。
だけど肝心の自分自身が、どこか他人事のように思えてしまっていた。
◆
「義兄さん、なにしてるんですか!?」
「え、なにって……練習?」
「そんな……!」
だから、あまりにも無意識のうちに。
俺は帰宅して間もなく、庭先に出て素振りをしようとしていた。
両親が外に出ていた時間帯。涼香がそれに気付いて、血相を変えて飛び出してきたのを憶えている。義妹の言葉に俺は首を傾げて答え、彼女は驚き、青ざめた。
しかし、当時の俺は涼香がなにに驚いているのか理解できないでいたのだ。
――いや、違う。
ずっと続けてきた野球ができなくなった事実から、目を逸らしていたんだ。直視すればきっと、自分の中の何かが壊れてしまうから。だから、なにがなんでも現実を受け入れないように必死になっていた。
「なんか、バットが重いな。……はは、最近サボってたからかな」
「………………義兄さん……」
振り切っても、金属バットの軌道が安定しない。
波打つように振られるそれを必死になって、俺は水平に振ろうと繰り返した。涼香はそんな俺を見て絶句していたように思う。言葉を失って、ただこっちを見ていた。
「そうだな。次は、ピッチングを……」
そんな彼女を見ないフリして、俺はボールを手に取る。
そして、壁に掛けてある的へ目がけて――。
「…………あ……」
――ボト、と。
なんとも寂しい音を立てて、ボールが滑り落ちた。
足元に転がるそれを見た俺は首を傾げ、もう一度投球フォームに入る。しかし、結果は同じ。小さな音のはずなのに、いやに大きく響いたその音は、俺にとっての絶望だった。
その瞬間、だったのだろう。
俺が、現実を目の当たりにしてしまったのは。
「あ、ああああ、ああああああああああああ!」
何かが、俺の中で壊れた。
感情が溢れ出して、もはや何に涙しているのか分からなかった。
頭を抱えて、人目もはばからず、ただただ泣き崩れた。もう何もかもが終わりだ。そう思った。そう思わざるを得なかった。今までの努力も全部――。
「義兄さん!!」
「……あ…………」
――無駄だった、と。
そう、自分の中で結論付けてしまいそうになった。
その直前に、俺のことを抱きしめてくれたのは涼香。義妹は、自身も大粒の涙を流しながら俺の名前を呼んで、ただただ強く、しかし優しく抱きしめてくれた。
そして、こう言うのだ。
「大丈夫です。義兄さんには、私がいます。今度は、私が……!」
「……涼香…………?」
「だから、泣かないで。……お願いです!」
「…………」
そんな彼女の存在が、どれほど心強かっただろう。
折れてしまいかけた心に寄り添ってくれた涼香の想いは、とかく俺の胸に沁みてきた。そして、自分は独りではない、と思うことができたのだ。
「うん、うん……!」
その日は、両親が帰ってくるまで二人で泣き続けた。
俺が彼女の前で涙を見せたのは、それが初めてだったと思う。
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