俺と義妹、すれ違い。
「ホントに、間宮には参ったもんだよな……」
「そ、そうですね!」
帰り道の途中、俺と涼香は先ほどの一件について話していた。
間宮の馬鹿な悪戯はいまに始まったことではない。だけど、今回のやつについては別格だ。とにかく心臓に悪いというか、一歩間違えれば道を踏み外しかねなかった。
そう思っていると、義妹がぽそり、とこう口にする。
「ねぇ、義兄さん? 貴方は、どう思っていますか」
「どう思ってる、だって?」
夕日に照らされた彼女の白く綺麗な頬。
赤く染まったそれに俺は思わず見惚れたが、すぐに質問のことに気持ちを切り替えた。そして少し考えてから、額に手を当てながら答える。
「どう……って、困ったよ」
「困った、というのは……私に、ですか?」
「え……?」
すると何やら、涼香の様子が変わった気がした。
俺は首を傾げてしまう。義妹はいったい、なにが言いたいのだろうか。
そう考えていると彼女は数歩先に駆けて行ってから、こちらを振り返って笑った。
「なんでもないでーすっ!」――と。
珍しく、舌をペロッと出しながら。
まるで俺がなにか、重要なものを取りこぼしたかのように。いや、そう感じているのは俺だけかもしれなかったけど、とにかく涼香はいつになく綺麗だった。
それにまた魅了されていると、彼女はこちらに駆け寄ってきて手を取る。
そして、手を引いて走り出すのだった。
「どうしたんだよ、涼香!?」
「なんでもないです! えへへ!」
義妹は笑っている。
なにが、そんなにおかしいのだろう。
その理由は結局分からなかった。でも――。
「…………」
俺の手を握る彼女のそれは、いつになく強く感じる。
小さな可愛らしい手に俺は目を奪われつつ、しっかりと握り返した。
◆
――その日の夜。
涼香は一人になって、ぼんやりと夜空を見上げていた。
そして、今日の放課後にあった出来事を思い返す。志保は冗談だと言っていたが、彼女にとっては一世一代の告白であったように思われた。
そう、間違いない。
自分は義兄に対して、義妹として以上の感情を抱いていた。
「……大好き」
彼と繋いだ手をじっと見つめ、少女は呟く。
いつだったか、彼に獲ってもらったぬいぐるみを抱きしめて。
「義兄さん、大好きです」
彼には届くことのない告白を。
それが届かないと、そう思っていても……。
◆
俺は真っ暗な部屋の中で、ベッドに寝転びながら考える。
自分は果たして、涼香にとって『良き兄』であれているだろうか、と。
「今日は危なかった……」
放課後のことを思い出した。
あの時自分は、もう少しで義妹のことを抱きしめるところだったのだ。それはきっと『兄』としての行いではなくて、ただ『異性』としてのそれだったろう。
だからこそ、危なかった、と思うのだった。
「でも、涼香はどういう気持ちだったんだろう」
あの瞬間の彼女は、今までに見たことのない表情をしていた気がする。
小さな頃からずっと一緒にいるのに、知らない表情だ。もしかしたら一時の熱に浮かされていたのかもしれない。いや、あるいは――。
「……駄目だ。調子に乗るな、俺」
そこまで考えてから、自分に言い聞かせた。
俺はあくまで、涼香にとっての『良い兄』でいると決めたのだから。
野球を諦めることになって、腐っていた自分を救ってくれた大切な義妹のために。せめて『兄として』は立派であろうと、そう誓ったのだから。
そうして、その夜はいつものように更けていく。
ただ少しだけ、ほんの少しだけほろ苦い気持ちになるのだった。
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