アーサー・オールドマンによる調書
給仕係ルッソは当時の様子をかく語る。
平民の王妃をお披露目するパーティー聞いてましたけど、つまりは平民の無教養さと粗忽さを笑う、悪趣味な催しでしょう?
俺は平民なんで、糞貴族どものゲロみたいな悪意に嫌気が差してました。
可哀想なんで平民王妃に目を向けないよう努めてたんですが……。
彼女が黒い被りものを外した途端ですよ。
振り返らずを得ないような、存在感? 目を強制的に引き寄せる力? みたいなのが襲いかかってきて……。
思わず、平民王妃を見てしまったんです。
俺、その時お貴族様に酒注いでたんですけど、こぼしちゃって。お貴族様のドレスを汚しちゃったんですね。
通常なら即叱責、下手打ったらクビですけど、もうそんなの瑣末な問題でした。俺も、そのお貴族様も、彼女見て口をあんぐり、ですよ。
美しい人でした。
本当に、幻みたいに。見慣れぬ黒髪も、神秘的なあの肌の色も……。本当に可憐で、神の御使いみたいでした。
多分俺、あの人をひとめ見るために、そのために生まれてきたんだなって確信したんです。
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『国崩しの舞踏会』に居合わせた吟遊詩人カノープスはかく詠う。
『漆黒の後光は我らの声を掻き消し
無二の神肌は我らの喉を枯れさせ
夜空の視線は我らの心を握り潰す
讃えよ! 筆舌し難き麗しさを!
恐れよ! 暗澹たる美の暴力を!』
彼は王妃の美貌を讃えるには才能が足りぬと嘆き、ナイフで喉を突いて自害した。
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社交界の華、国一番の美女と称されていたレイシーはかく語る。
あたしはたまたまそのパーティーに王妃様と同じ黒のドレスを着ていったの。王妃様の姿は本当にみすぼらしくて……。お姉様と笑い合ってたわ。
でも、でもね。
王妃様がベールを取った途端、驚いたの。あんまりあの人がお綺麗で。少女のような無垢さと、生花のような儚さがあって……。
あれほどみすぼらしかった修道服がどんなドレスよりも高尚に見えて、裾についてたドロでさえ砂金みたいに輝いて。
そいであたし、うっかり銀食器に映る自分を見てしまって。
汚い木の棒に、黒い麻布が引っかかっているようにしか見えなくて。
あんまり恥ずかしくなってあたし、逃げ出したの。
私のあとから逃げてきたお嬢さんたちもおんなじ暗い色のドレスを着ていたから、きっとみんなおんなじ気持ちだったんじゃないかしら。
結果として生き延びることができたけど、いっそあの時死んでいたらと思う時があるわ。
王妃様を見てから、自分の醜い顔が恥ずかしくてたまらないの。
家の鏡は全て捨ててしまったわ。家の外に出るのも苦痛なの。
あまりに私が醜いから、皆が私の顔を見て嘲笑ってるように思えて……。
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若き天才と称賛されたヴァイオリン奏者ムスタディオは他国に亡命したのち、美しき王妃のための曲と言って丸七日間、寝食の合切をせずヴァイオリンを弾き続けた。
ムスタディオは演奏中倒れ夭折。
彼が死ぬ直前まで弾き続けた曲は「私の愛した王妃」と名付けらた。難度の高い楽曲として知られ、休む事なく完璧に七日間演奏すれば願いが叶うとの謂れがある。
己が願いのため、この楽曲に挑戦する者は絶えない。
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パーティーの参加者だったアドニスはかく語る。
ベールを取った彼女を見て……。
くらくらしちゃうくらいグラマラスでさ、セクシーだった。ボロボロの修道服がまた扇情的でね。何人の男を貪ってきたんだろう?
ボクは初めて『人間』を見たと思ったよ。
あの夜を生き延びたやつの大半が離婚したらしいけど、そりゃ納得さ。
彼女に出会うまでは自分の妻が世界で最もキュートだと思ってたけど、彼女に出会ったあとだと……子豚にしか見えなくてね。
人間は皆彼女のまがい物だよ。
信じられるかい?
そんな彼女に、美しさ故に触れることも躊躇われるような彼女に、あの醜い王は触れ、あまつさえダンスまでも踊ったんだ。嫉妬と羨望で感情がもう、ぐちゃぐちゃさ。
それまであの醜い王は『僭称王』って呼ばれてたんだ。ただ王を名乗っているだけ、僭称しているだけの王ってね。
でも彼女と踊る王を見て……。思い知らされたよ。
この世界で唯一の人間を手に入れられる存在、王というものの圧倒的な威光をね。
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『国崩しの舞踏会』を命からがら逃げ延びたメイはかく語る。
叔父様がいなければ、私と従姉妹は死んでいました。
奇妙な舞踏会でしたね。えぇ、何もかも。なにより王妃様。王妃様が美しすぎるんです。
どんな美人でも少し古風だとか、面立ちがはっきりし過ぎているとか、どこかしらケチのつく部分、人の好き好きがあるでしょう?
ただ美しかったという記憶しか残ってなかったんです。お顔を詳細に思い出そうとすると意識が逸れるような心地がして……。
前に従姉妹と王妃様の顔貌について話したんです。
私は王妃様の鼻はツンと高くなっていたといえば、従姉妹の子は鷲鼻だったと言うんです。
私が王妃様の目はアーモンド型の大きい瞳だったと言えば、従姉妹は切長の涼しげな目元だったと……。
私たちの見解が一致したのは髪と瞳の色、独特な肌の色だけ。
最初は冗談かと思いました。
でも従姉妹は真剣なんです。私も従姉妹も、自分の言っている王妃様の顔貌が正しいと言って譲りません。
その日はそれで終わったんですけど、あとで気がついたんです。従姉妹は小さな頃から鷲鼻に憧れていました。対して私は、低い鼻と小さな目にコンプレックスを抱えていて……。
もしかしたら、王妃様は見た者が理想とする顔貌になれる方なのかしらん?
いえ、冗談、冗談です。あり得ません。
あり得ませんわ……。
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二日前に亡くなったアリス夫人はかく語る。
『国崩しの舞踏会』、あの日のことは、今でも夢に見ます。事は王と美しい平民の娘がダンスしている最中に起こりました。
誰もが、王と美しい娘のダンスを食い入るように見つめていました。無論、妾もです。
するとバタバタと、無作法な足音が聞こえてきたのです。腹を立てて目を向けると、衛兵がいました。
顔面を蒼白にして、只事ではない様子でした。彼は叫ぶんです。
手が、白い手が! バダブの民が、白い手を!
とね。
演奏は取り止め、王もダンスどころではありません。
すると、衛兵の顔に白い手形がべったりとついてゆくではありませんか。白い手はやがて彼の体中を覆い、まばゆく彼は光ったのです。
それは、原初の光たる白光と生命力が湧き立つ橙色の、世にも珍しい光、月光にも似た光が、室内を照らしたのです。
誰もが呆気に取られました。
光が止むと、衛兵の代わりにひとりの男がいたのです。見るも忍びない粗末な格好の、黒い髪で、褐色の肌の男が。
肩口から首元は血で赤黒く染まり、彼は両目に布を巻いていましたが……眼窩は落ち窪んでいて、彼の両目が抉り取られていることは明白でした。
平民の娘は叫んだのです。
「ドゥ!」
とね。
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