第二十八話 放課後の屋上
「おっはよ。今日はどうしたのかなっ? 迎えに行ったんだよっ」
席に着いて、教科書を出していると有紗が僕のところに来て、不安そうな表情で話しかけてきた。
「ごめん、今日は少し早く家を出たんだ」
「もうっ、先に言ってよねぇ。もうちょっと早く迎えに行くからさぁ」
周りを見渡すと敵意のある何人もの視線を感じる。あいつら本当に付き合ってるのか、とか有紗って趣味悪、とか言うヒソヒソ話だ。有紗は僕の耳に顔を近づけて、気にしなくても大丈夫だよ、とニッコリと笑った。僕は唾を飲み込み勇気を振り絞る。
「有紗、ごめん。僕たちしばらく距離を取らないか」
僕がやっとのことで、有紗に言う。
「えっ、なんでっ?」
有紗の声は今まで聞いたことのないほど、低いトーンだった。どんな表情してるのか怖くて見られない。
「いやさ、有紗も勉強しないと行けないしさ。僕なんかに教えてる時間がもったいないよ」
「なんでよっ、平もわたしの気持ち知ってるよねっ。どうして、なのっ」
「ごめん、今は何も言えない。あとさ、暫く自分の家で勉強しようか」
「えっ、平はそれでいいのっ?」
「うん、いいんだ」
「嘘っ、なぜだよっ。平の今の気持ちわからないよっ」
有紗はきっと泣いてると思う。声が震えていた。僕は大切な有紗を傷つけてしまった。だが、付き合ったまま家に来ないで、と言っても絶対来るだろう。こうしないといけないのは分かっている。でも、やはり辛い。
また、ヒソヒソ話が聞こえて来る。
「ちょっと、何あれ。モブ男が冬月さんを振ったの」
「なんか面白くなってきたな。あいつ馬鹿か。クラス一の美少女を振って頭おかしくなったか」
有紗が田中さんの隣に座ると、田中さんが僕の方に歩いてきて席に手をついた。
「なんなの、あれ? あんた、馬鹿にしてるの」
苛立ちで手が震えてるのがハッキリと分かる。
「いや、僕たち少し距離を取った方がいいんだよ」
「だから、何故って聞いてるの?」
「ごめん、今は話せない。ただ、ひとつだけ。僕は昨日、噂の人に会ったんだよ」
「じゃあさ、わたしも一言だけ、有紗と別れたいってわけじゃないのね」
「有紗には内緒だよ」
僕は田中さんの耳元で、一言だけ……。
「ずっと有紗と一緒にいられる唯一の方法なんだ」
田中さんは僕の顔を覗き込むように見た。
「信じてるからさ」
それだけ言うと有紗のところに帰って行く。
「ねっ、何か言ってた?」
「何にも……、とりあえずさ、わたしは有紗のこと大好きだから」
田中さんは有紗に抱きつく。
「ちょっと、それじゃ分からないってばっ」
「有紗、柔らかいねっ」
「ちょっと待ってよ。どこ触ってるのよぉ」
暫くすると先生が来て、周りの生徒たちは自分の席に戻る。太一だけが僕の方をじっと見ながら、興味ある視線を向けていた。
―――――
太一が休憩中に席を立ったので、僕は慌てて追いかけた。
「放課後、屋上に来てくれないか?」
「はあっ、なんで屋上に行かなきゃならねえんだ」
「なんでもだ。絶対だからな」
「ふうん、まっいいや」
僕は田中さんに有紗と一緒に帰ってもらうようにお願いして、放課後、屋上に向かう。
屋上の扉を開けると目の前に太一の姿が飛び込んでくる。
「珍しいな、お前から呼び出すなんてさ」
「あぁ、そうだろう。単刀直入に言うよ。許嫁の条件を変えて欲しいんだ」
「ははは、何を言いたいのかと思えば、そんなことか。三十位にさえ入る自信さえなくなったのかな? いいよ、別にその条件はおまけだしね」
「いや、そうじゃない。有紗の条件だ」
「有紗だと……、まあその馴れ馴れしい呼び方も中間テストまでか」
僕は目の前の太一をじっと睨んだ。
「で、有紗の条件って……、聞いたのか」
「あぁ、有紗が一位にならないと、僕と別れるしかない、と聞いた。そこを変えて欲しいんだ」
「泣いて土下座しても無理だね。これは僕のお爺さんが常日頃言っていることなんだ。成績で有紗に負けることがあったら、許嫁の契約はなくなるぞ、ってね」
「そこを何とか変更してくれないか」
「だから、駄目だって言ってるだろ。それとさ、中間テストまでに有紗の初めて奪ったらお前、殺すからな。まあ、せいぜい一ヶ月、有紗とイチャイチャするんだね」
太一はそれだけ言うと笑みを浮かべて屋上から降りようとした。
「待て、そうじゃない。条件の緩和じゃなくて変更なんだ」
「変更だと?」
太一は僕の方に向き直り、じっと僕を睨む。これを言ってしまえば後には引けない。有紗は二位、まだ可能性がある。それに比べてなんて無謀な事だろう。
「お願いだ。一位の条件を有紗から僕に変更してくれないか」
「はあ? お前頭おかしくなったのか? もしかして有紗の代わりに一位を取ってやるなんて、思ってないだろうな」
「その通りだ。その条件に変更して欲しい」
「あはははは、本気かよ。それはかなり受けるぜ。いいよいいよ、変更してやるよ」
「じゃあ、中間テストで、もし僕が君に勝てたら……」
「そんなことがあったら、有紗はくれてやるよ」
面白いことを聞いた、と大笑いをしながら、屋上から降りて行った。
本当にこんな無謀なこと言って大丈夫なのだろうか。僕は屋上に這いつくばるように倒れ込んだ。
「ははははっ、本気かよ。こんなこと、出来るわけねえだろ」
これが出来なければ、有紗を失う。その現実が震えになって僕の身体を暴れるように駆け巡る。
僅かに残った可能性さえ自ら切り落としたように感じた。
「本気でありえねえ。勝てるわけねえだろっ」
有紗を失う恐怖を全身に感じ、僕はしばらく立つことさえできなかった。
―――――
何を考えてるんでしょうか。
ありえない事です。
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