二十七話 カフェにて

「ごめん、ごめん遅くなったよ」


 僕がカフェでアイスコーヒーを買って、五分くらい待ってると山下社長が走ってやってきた。


「ちょっと待ってて」


「アイスコーヒー一つもらえますか?」


 アイスコーヒーを机に置くと財布から1000円を抜き取り僕に渡してきた。


「えっ、いらないですよ。それにこんなに払ってないです」


「気にしなくてもいいよ。もともと奢るつもりだったんだ」


 笑顔で僕の前の席に座った。


「有紗は元気してるかい」


「はい、表面的には……」


「なるほど、君が僕のところに来たということは、何か悩みがありそうだね。ところで君は、有紗の友達かな?」


 僕はその言葉に慌てて席を立ち、大きく頭を下げた。


「すみません。僕、有紗さんと交際させていただいてます佐藤平と言います」


 僕が顔を上げると、山下社長が僕の肩をポンポンと叩く。


「まあまあ、座って、座って、そうか。君が有紗の彼氏か。有紗が惚れると言うのは凄く珍しいな」


「僕、山下社長のようにイケメンでもないし、スポーツもできません。ただ、困ってる人がいたら放って置けない性格でして、有紗さんは、それを優しいと言ってくれます」


「そうか。確かにあいつらしいな。顔やスポーツ、勉強が出来ても本当に表面だけの男が多い。有紗はそんな男は大嫌いみたいだね」


「お父さんみたいに優しい人と一緒になりたいと言ってました」


 山下社長は、深く頬杖をついた。


「うーん、僕が優しいかぁ。家庭も無茶苦茶にしたのにさ」


 その言葉に今まであった疑問が口をついて出た。


「どうして出て行かれたのですか?」


「君も言いにくいこと聞いてくるねえ」


「あっ、ごめんなさい。話したくないなら話さなくていいです」


「いや、当時の僕には茜と結婚することが全てだった。でもね、大学に入って、周りが見えてくると、自分一人の力で生きてみたくなったんだよ。分かるかね」


「なんとなく分かります」


「冬月家を継げば安泰だけどね。鉄道会社の次期社長候補として会長の言いなりになる。その後の人生全てがすすけけて見えてしまうような気がしてね。茜にも有紗にも、本当にすまないことをしたよ」


 山下社長は、僕を見ているが、寂しい目でその向こう―遠くを眺めているような気がした。


「ごめんな。君は鉄道会社を継ぐべきだと思うよ。もちろん父親としての希望だがね。で、それはそうと今日来たのは僕のことを聞きに来たんじゃないよね」


 山下社長は、じっと僕を真剣な表情で見てくる。


「お爺さんに何か言われたかね」


 有紗と暫く会ってないはずだから、山下社長は何も知らないはずだった。しかし、僕の事情を誰よりも分かっている、と感じた。


 僕は有紗との出会いから、許嫁の存在、有紗が僕と付き合うための条件まで、僕が知ってること全てを説明した。


「そっか。有紗のお母さんは、それについては、何も言わないのか」


「基本的にはお爺さんの言いつけに従っているようです」


「そうか……、それで有紗のお母さんに君と付き合っていることは話したのか」


「いえ、まだしていません。そんなことすれば反対されるに決まってるから……」


「なるほど。反対するかは、やってみないと分からないけどね。まあ、それは今は置いておくとして、有紗は首位になれそうなのか?」


「いえ、何度も挑戦したみたいですが無理で、今は完全に諦めています。それなら一ヶ月でいいから僕と付き合っていたいと言われました」


「それは君にとって堪らないだろうね。僕も似たような立場だったから分かるよ。有紗はもしかしたら君を忘れようとしてるのかも知らないね。だから君は僕に会いに来た」


「はい、何か方法がないかと思いまして」


 山下社長は、腕を組んでうーんと考えていた。


「どんなことがあっても有紗を守り抜く決意があるかね」


「はい、もちろんです」


「即答か。いい返事だ。そうだな、まずは準備が必要だ。君にとっても僕にとってもね。君は今から僕が言う通りに行動して欲しい」


 今の状況を打開する方法があるのであれば、何だってする。僕は拳をギュッと握り締めた。


「はい、何をすればいいですか?」


「まずは明日でいいから、有紗にしばらく家に来ないで欲しいと言うんだ」


「えっ」


 有紗の父親も別れた方がいいと思ってるのだろうか。


「そんな不安そうな顔をするな。違う違う、そうじゃない。有紗の存在は今の君にとって全てだ。そんなこと分かってるよ」


「有紗を助けるためなら、なんだってします。それで、その後はどうすればいいのですか?」


「うん、ここからが本番だ。そうだな、太一くんに……」


―――――


 僕は家への帰り道の間も、ずっと不安だった。有紗のお父さんが僕を陥れるようなことは絶対しないと信じている。


 だが、これからの全体像が全く見えない中、本当に信じて大丈夫なのだろうか。


 僕の家に来ないでくれと頼んだ後、有紗が僕を待ってくれるとは思えない。心配させないため、有紗には本当のことを言えないのだから。


 僕の気持ちを見透かしたように有紗のお父さんは、絶対大丈夫と肩を叩いて笑った。


 僕は夕食を食べると、ベッドに横になって、山下社長の言ったことを思い出す。


 有紗は、その場の勢いなどには絶対飲まれない。冷静な判断で物事を考えるよ。


 君は僕を信じて、僕の言った通りにすればいい。これから大変なことが待っているが、努力はきっと報われる。


 有紗のことは、僕が保証する。佐藤くん、君は有紗と結婚するのに相応しい男だ。



――――


少しづつお話は進んでいきます。


全体像が見えてきたでしょうか。


まだまだ隠れてるところたくさんありますが。


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