二十九話 社長との打ち合わせ
僕は屋上から教室に戻ると、鞄を手に取り銀座の高層ビルに向かった。エレベーターに乗り20階を押す。
受付の女性に山下社長はいますか、と聞くとニッコリと笑顔で応接室へ通される。
「頑張れ」
コーヒーを置いて、それだけ言うと受付の女性は戻って行った。数分待つと山下社長が部屋に入ってきた。
「おっ、来たね」
嬉しそうな笑顔で僕の目の前に座った。
「有紗には、伝えてきたのかい」
「はい、凄く苦しかったです」
「うん、その気持ちをバネに頑張れ。そもそも子供の恋愛に親の口出しなんて、ありえないけどな。それと太一だっけ、彼にも伝えたんだな」
「はい、条件の変更をしてもらいました。それと有紗にはその話をしないでくれ、とも言ってます。本当にこれで大丈夫なのでしょうか」
「うん、大丈夫だ。と、その前に君の今の学力を知っておきたい。簡単なテストをしよう」
山下社長はプリントを手渡した。
「30分経ったら戻るから、それやっといてね」
それだけ言うと席に戻って行った。プリントは数学の問題だった。基礎的な問題から、難易度の少し高い問題まで網羅されている。
シャーペンを持ち、上から順に解いていく。どれも次回の中間テストの範囲だ。確認もしてないのに、よくこの範囲だと分かったな。僕は少し驚いた。
少し前の僕なら難しくて投げてしまっただろう。有紗のおかげでそう苦労することもなく解けた。見直しを終えたくらいで山下社長が戻ってくる。
「できたかね。どれ、見せてみて」
僕の答案をじっと見ながらチェックしていく。答えも見ないで、解答できるなんて、さすが伝説にもなるわけだ。
「うん、90点だね。まあまあ及第点かな」
「あの? 解答も見ないでよくわかりますね」
「ははははっ、僕だって君が帰ってから勉強したからね」
と笑いながら僕の肩に手を置いた。
「太一くんだっけか。彼のことも調べさせてもらったよ。彼の一年の五科目の合計点は470点くらいで推移している。確かにずば抜けて凄いが、満点を取れたのは英語だけだ」
「なぜ、そんな情報を知ってるんですか?」
「友人に教師になったやつがいるんだ。流石に彼に講師をしてもらうわけには行かないけどね。ただ、有名校と違って、この学校のテストは先生が作っていることもあって、過去の問題の流用が多い」
そんなこと考えもしなかった。ただ、闇雲に先生の授業を暗記して、テストに挑むだけではないのだ。
「ノートを見せてくれないか」
「はい」
僕がノートを手渡すとページを捲りながら、真剣な表情で確認していく。
「これは有紗の字だね」
「はいっ、見てもらいました」
「このノートなら大丈夫だ。これを理解して、この問題を古い年度から順に解いていくんだ」
「これで勝てるのでしょうか」
「勝てる可能性は高い。中間テストではこれに近い形式、内容で出題される。多少ミスしても相当高得点が期待できるはずだ」
「ありがとうございます」
「中間テスト1週間前にもう一度テストをするから、それまでに完璧に叩き込むんだ」
「分かりました」
「後さ、ここ使っていいから。応接スペースはもうひとつあってね。佐藤くんのいる時は、そこをメインで使わせるようにする」
「そんな、いいんですか?」
「当たり前だろ。これは君のためじゃない。有紗のためなんだよ」
「えっ? 有紗のため……」
「うん、望まない相手と付き合うなんて馬鹿げてる。どうせなら、直接文句言ってぶち壊してやりたいけどね。今はその時ではない」
山下社長は『今は』と言う言葉に力を込めた。茜さんや有紗と離れ離れにならざるを得なかった自分に僕を重ねているようだった。
試験まで一ヶ月だ。必死に頑張るしかない。これは有紗と正式に付き合うことを認めてもらうためだ。
―――――
(有紗の視点)
一緒に勉強しない方がいい、と平くんが言ってからも、何度もわたしは平くんを見かけると声をかけた。
「ねっ、今日は駄目かなっ。部活もないしっ……」
「ごめん、今日も行くとこあるから」
あの日から平くんはわたしを避けるようになった。今日も授業が終わると逃げるように帰って行った。
「有紗、またあの陰キャに声かけてるの。やめなよ」
平くんと距離を置くようになってから、河合里奈が声をかけて来る。陽キャグループの一人だ。
「わたしが誰に声をかけようと勝手じゃないっ」
「でもさ、あいつ。完全に逃げてるじゃん。太一から聞いたよ。今度の中間であなたが負けたら、太一と付き合うって」
「そんなこと、あなたに関係ないっ」
わたしは里奈を睨んだ。
残された時間は一週間しかない。最近、太一がやけに親しげに話しかけてくる。
「何が不満なの? そりゃさ、許嫁が不細工とかなら分かるけどさ。太一だよ」
そんなこと知ってる。あんな人のことを言わないで欲しい。
「ごめん、行くねっ」
「ちょっと、有紗!!」
何もわかってない。頭が良くても、カッコ良くても、スポーツが出来ても、わたしを対等にみない太一とは、付き合いたくないんだ。
一ヶ月でいい。平くんと遊びたかった。それももう後わずかだ。
平くんが避けるようになってから、太一に勝てないか勉強を頑張ってみた。
でも、わたしじゃ無理なんだ。その現実を思い知っただけだった。
中間テストが終われば、わたしは太一を拒めない。彼が何をしたがってるか分かる。
もし、拒めば、きっとお母さんに酷く怒られるだろう。家から逃げだしたとしても、被害届を出されて連れ戻される。
事情なんて警察にわかるはずがない。
わたしは屋敷に囚われている。結局、わたしはお爺さんの決めたレールに乗るしかないんだ。
―――――
次回予告。ここ引き伸ばしても仕方がないので、ここから試験日最終日まで飛ばしますね。
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