第六話 一緒に、えっ? 登校!

「行ってきます」


「兄貴、冬月さんを困らせたらダメだよ」


 僕が出かけようとすると、妹の由美が二階から降りてきた。


「大丈夫だよ、変なことなんてしないよ」


「絶対だよ。あー見えて、女の子の気持ちなんて気候みたいなもんだから変なことして嫌われたら、一生話しかけてくれないよ」


 昨日知り合ったばかりなのに、有紗のことが気になって仕方がない。無視されたら死にたくなるくらい落ち込みそうだった。


「わかってるよ」


 僕がそう言いながら、玄関を開け、道路に立つ。左に歩くと有紗の家、右に歩くと学校だ。流石に一緒に登校するなんて出来るわけないか。


「有紗もいないし、行くかな」


 僕は独り言を言って、学校の方に向かって歩こうとした。


「誰がいないのかなぁ?」


「だから、あ…り、……えっ?」


 僕が振り向くと、そこには有紗がいた。肩までの髪に切れ長の大きな瞳、シャンプーのいい匂いがした。普通の紺の制服も有紗が着るとお嬢様学校の制服のようだ。


「やばっ」


 まさかいるとは思ってなかったから、思い切り下の名前読みだ。昨日会ったばかりで、それはあまりにも慣れ慣れしすぎた。


「何がやばいのかな?」


「いえ、冬月さん、おはよう。どうしたの?」


 僕は慌てて、話を誤魔化そうとした。


「えーっ、さっきの呼び方と違うよっ、やり直しぃ」


「いやいやいやいや、それは流石にまずいでしょう」


「へえ、どうして、さっきは名前呼びだったの?」


「いえ、ごめんなさい。いないと思ったから……」


「わたしは下の名前で呼んでくれても気にしないけどなあ」


「ちょーっと、待ったぁ」


 昔、テレビでやってたお見合い番組のような台詞に僕は驚く。気がつくと有紗の後ろに田中さんがいた。


「なぜ、田中さんが」


「いるに決まってるでしょう。いつも一緒に登校してるんだからさ」


「そうなんだ」


「うん、そうだよぉ」


 有紗もふんわりした表情で、肯定する。


「で、なぜ僕の家で待っててくれたの?」


「それはさ、有紗が待ってたいと言って聞かないからだよ。本当、こんなやつのどこに興味があるんだか……て、そうじゃなくて、今なんて言った」


「そうなんだ、だろ」


「舐めてんの? あなた東京湾に沈めるよ」


「久美ぃ、怖いよーっ」


 田中さんは、僕を思い切り睨む。この人とは上手くやっていく自信がないなぁ。それにしても、東京湾に沈めるなんて、今時ヤクザでも言わないような。


「ごめんごめん、そっちじゃなかったよね」


「もっと、心から謝って」


 僕が軽く答えると、田中さんは思いっきり低い声で僕を睨む。


「ちゃんと、謝った方がいいよぉ。久美のお父さんはね」


 有紗はそこで区切って、僕の顔に近づいて、ひそひそ話をするように言った。


「土建屋の社長さんでね。いつも言うセリフが、『東京湾に沈めてやるぞ、こら』、なんだよ」


本気まじ?」


「本気だよ、でさ、これは噂なんだけどね。社員の何人かが帰ってこなかったことがあったと言う話」


「まさか、ははははっ」


「試してみる?」


 目の前の田中さんは嬉しそうに僕を見た。


「いえ、滅相もありません。すみませんでした」


 僕は思わず田中さんに大きく頭を下げた。


「どうしようかなぁ? 言おうかなぁ?」


「やめてあげてよ! それ以上言うとわたし、久美のこと嫌いになっちゃうよ」


「えー、それは嫌だよ」


「じゃあさ、ふたりとも仲直り、だよ」


 有紗は僕と田中さんの小指を引っ張って指を交差させる。


「はい、なかなおり!」


 嬉しそうに指を見つめる有紗。指切りげんまんしか知らなかったよ。こんな仲直りの方法もあるのか。


「じゃあ、行くよぉ、わたしは細かいことは気にしないよ」


 有紗が嬉しそうな顔で笑うと、田中さんが僕の隣に来て……。


「でもさ、一言だけ……」


 と僕の耳に口を近づけて、どすの利いた声で一言。


「今度、有紗と名前で呼んだら、本気で東京湾に沈めるからね」


 それだけ言うと僕から離れて、有紗の隣に戻って行った。


「なんの話してたの?」


「なんでもない。ねえ、佐藤くん、そうでしょう?」


 流石にここでバラす訳にはいかない。さっきの目は本気で人を殺そうとする目だった。


「そうだね、あははははっ」


「まっ、いっか。わたしたち三人、これで友達だよね」


 嬉しそうに微笑む有紗と僕に言うなよと睨む田中さん、そして当惑する僕。三者三様の感じ方をしながら学校に向かって歩き出した。


 目の前には有紗と田中さんの後ろ姿。そして、ひとり歩く僕。さすがに有紗の隣を歩きたいなんて言えるわけもない。


 そう考えていたら、有紗がくるっとこっちを向いた。


「ねえ、平」


「えっ?」


「提案だよ」


 急な下の名前呼びに驚いていると嬉しそうな顔をしながら、こっちを見つめる。


「お互い下の名前で呼び合わない?」


 思わず『はい』、と言いたかったが有紗の後ろに立つ田中さんの顔は般若のお面のような恐ろしい微笑みを浮かべていた。


 もしここで『はい』などと言おうものなら、このまま東京湾に沈められてもおかしくない表情だ。


「いや、ごめん。今は冬月さんでいいかなぁ」


「えぇーっ! わたしがいいと言ってるのになんで?」


 それを答えることは、今の僕には無理です。僕には有紗と恋仲になる前に、田中さんを説得しないとダメだと今知った。


 それにしても田中さんの説得は難しそうだ。どっちにせよ、有紗が僕を好きと言うわけもないしな。


 そんなことを考えてると、目の前には学校が見えてきた。



――――


有紗と良い関係ですね


このまま仲良くなっていくのかなぁ?


今後とも冬月さんと佐藤くんをよろしくお願いします。


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