第五話 一つ目のお願い
「じゃあさ、さっそくだけども、一つ目のお願い聞いてくれる?」
冬月さんが好奇心旺盛な瞳で僕を見た。
「えっ、もう? 僕はてっきり取っておくものだと思ってたよ」
「だって、最初から一つ目のお願いは決まってるもの」
なんとなく冬月さんのお願いの内容は分かる。結局、エ○本を見られるのか。
「分かったよ。出せばいいんだよね。引かないでよ」
もうやけだ。こんな本見てると知ったら、きっと友達になんてなってくれないだろう。でも仕方がない。約束を破ることだけは絶対してはいけない。
「ありがと。信じてくれて大丈夫だよ」
僕は布団の間からエ○本を二冊出した。もう一冊あるが、ちょっと激しいやつだから、これだけは見られたくない。
「三冊あるよね?」
冬月さんが屈んで覗き込んだ。バレていた。もうやぶれかぶれだ。
「はい、これ」
本を差し出して、僕は目を逸らす。
「どうしたの?」
「恥ずかしいから……」
「かわいい」
「……なんで?」
「凄くかわいい」
嬉しそうに一番際どい本を手に取った。
「ちょ、ちょちょちょ、それから見るの?」
「だって、他の本は写真集だもの」
当たり前でしょ、と言う顔をして冬月さんは、ページを捲る。
「ねえ、これ凄いよ。ほとんど裸だよ」
「だってそう言う本だし……」
「凄いね」
「そうかな?」
僕はチラッと冬月さんを見る。冬月さんは食い入るように本を見つめていた。
「この娘とわたし、どっちが大きいかな?」
何がと言おうとして気づく。グラビアの女の子は、胸がかなり大きかった。
「わたしだって負けてないと思うんだけどな」
冬月さんの胸をチラッと見る。確かにかなり大きい。そんなにじっくり見たわけじゃないから意識しなかったけども……。
「あっ、今視線感じたよ。胸見たのかな?」
「そりゃ、そんなこと言われたら意識すると言うかさ」
「そうかぁ、佐藤くんも気になるのかな?」
「気になるけど服の上からじゃ、どのくらいあるか分からないしさ」
「見たい?」
「えっ、えーーっ」
「ちょっと待ったぁ」
扉の向こうから妹の由美の声がした。聞いてたのか。扉が開かれる。
「冬月さん、何考えてるの。さっき言ったでしょ。男は何するか分からないって。そんな誘惑してどうするのよ」
「んっ? 誘惑してたように見えた?」
「無茶苦茶にね。それにそんな本見たがるなんてダメだよ」
「うーん、本というより冬月くんの反応が新鮮だったから、ちょっと意地悪しちゃった」
「ダメだよ! こんなんでも男なんだよ」
妹の由美は僕を指さして早口で言う。何を言われても仕方がないがあまりに酷くないか。
「じゃあさ、女の子同士で見ない?」
「えっ、えええっ」
「わたしたちいいお友達になれそうだし、ねっ」
「じゃあ、ちょっとだけね」
恥ずかしそうな顔をしながら、妹の由美は冬月さんの方をじっと見る。
「お友達になってくれるの」
「もちろん!」
そう言って冬月さんは、妹の由美に本を手渡す。由美は
「兄貴、信じられないわ。こんな本隠し持ってるなんてさ」
「まあまあまあ、いいよ、男の子だしね」
「いや、見た目真面目そうな兄貴がこんなものを隠してると言うむっつり感が許せないと言うか」
「許してあげて、それよりさ。ここ見て凄いよ。縛られてるよ」
「えっ、マジで、うわあああぁ」
妹の由美は、写真集から目を離すと僕を睨んだ。
「さいっ、てい」
僕の家族内のカーストはきっと最底辺まで落ちるだろう。きっと妹のことだから、母親にも言うことは間違いなかった。
「ねっ、これはここだけの内緒だよ」
「えっ?」
「だって、さすがに可哀想だよ。それにこう言うの持ってない方が不健康な気がするから」
「冬月さんって、理解あるんだね」
「んっ? そっかな。わたしが言い出したことだしね」
「ねっ? 冬月さんは兄貴のどこが好きになったの?」
「えっ、ええええっ」
冬月さんは僕の方に目を向け、じーっと僕を見た。
「分かんない、と言うかわたし佐藤くんのこと良く知らないし……」
「あっ、ごめん。冬月さんとは今日初めて話したんだ?」
「えっ、えええーっ。じゃあ、はじめて知り合った女の子を家に連れ込んだの?」
「連れ込んだんじゃないよ」
「わたしが、寄っていきたいってお願いしたからだよ」
「じゃあ、彼女じゃないんだ」
「今のところは、そぅ、だね」
冬月さんは僕の方を向いてニッコリと笑った。この笑顔が何を意味するものなのか。可能性があるのか、ないのかさえよく分からない。
「それより、ここ見てよ。凄いね、こんな本見たことないから、びっくりだよ」
「わたしも見たことないよ。よくこんな本買えるわね」
妹の由美が僕の方に目を向ける。侮蔑の視線を強くした。母親には話さなくても、少なくとも妹の中で、僕の地位は最底辺に落ちたことは間違いない。
「男の子は我慢できないこともあるらしいよ。お友達がそう言ってた」
「そういうもんなのかな」
「うん、だからね。少しは配慮してあげないとね」
お友達と言うのは誰のことなのだろうか。男友達なのかな? 僕は冬月さんの顔を見ながら、ふとそう思った。
「それよりさ、これなんて凄くない?」
「うわあああっ」
結局、この日一時間きっかりこの騒動は続き、気づいたら夜6時になっていた。
「あっ、ごめん。帰らないと」
「そうだね。それじゃあ……」
「兄貴!!」
「なに怒ってるんだよ」
「送っていくの。馬鹿なの振られたいの?」
初めて会ったばかりの女の子を送っていくのも悪いと思ったが、男の子が送っていくのは当たり前と妹に諭される。そんなもんなのか。
「ごめんね、別に送って欲しくて言ったわけじゃないんだよ」
「いや、僕の方こそ、ごめん。そんなこと全然知らなくて」
「うううん、今日はありがとう。楽しかったよ。色々と知れたしね」
目の前の冬月さんは、いつもの悪戯ぽい表情を僕に向けた。
10分ほど歩くと、高級街が立ち並ぶ区域に入ってくる。
「ここまで来れば、目の前だからさ。それじゃあね。今日は楽しかった」
それだけ言うと冬月さんは、走り去る。去り際、僕の方を一度振り返り。
「明日からもよろしくね」
と言って去っていった。家まで送るよと言いたかったが、冬月さんも家を知られたくない事情があるのかもしれない。
僕はそのまま、自宅に向かって歩く。それにしても、本当に変わった女の子だ。これから何が起こるのか楽しみでもあり、そして不安でもある。
揶揄われてるだけだと思う。それでも、冬月さんに相応しい男の子になりたいと、そう思った。
有紗か、顔と同じく可愛い名前だな。流石に面と向かって言えないけど、今日からは心の中だけでもそう呼ぼう、と決めた。
――――
名前呼びは大丈夫ですかね
思わず喋ってしまわなければいいのですが
読んでいただきありがとうございます
いいね、フォローよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます