第24話『試合終了』

『試合終了おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 勝者ああああああああ! ナルカミイイイイイイ・イズナアアアアアアアア!』


 実況者の声が木霊する中、イズナはサークルにうつ伏せに倒れたユーリを見下ろしていた。ユーリの表情は、敗者とは思えないほど安らかで穏やかで満足げであった。


『苦しかった三連敗から栄光の一勝! 苦しみを乗り越えてナルカミ選手が勝利の栄誉を掴みましたあああああああああああ!』


 実況者の称賛を浴びながらイズナは、休憩席にいるシンドウとゲンイチロウの杖を見つめた。


「シンドウさん。おじいちゃん。見ててくれた? 勝ったよ私……ううん、私たち」


 この勝利は、イズナ一人で勝ち取ったものじゃない。シンドウがトレーナーとして傍にいてくれたからこその勝利だ。それから勝因はもう一つある。


「ありがとうユーリ。君が相手じゃなかったら、きっと私はこんなふうに強くなれなかった」


 砲撃にこだわっていたイズナが戦い方を変えられたのも、試合中ずっと楽しくて嬉しくてわくわくして興奮し通しだったのも、全てはユーリが対戦相手だったからこそだ。

 彼女との試合じゃなかったらきっと――。


「ここに帰ってこられなかった……」

「帰って……来たんですね」


 ユーリの瞼がうっすらと開いている。蒼い瞳がイズナの姿を映していた。


「ユーリ」


 イズナは、左足の痛みに耐えながらユーリの傍らにしゃがみこんだ。

 右腕でそっとユーリを抱き起すと、彼女は口元に笑みをたたえた。


「ユーリは……イズナさんに憧れていました。辛い時は、いつだって隣で励ましてくれました。まっすぐで明るくて優しくて強くて、こんな人になりたいってそう思いました」


 慕ってくれているのはずっと知っていた。


「マギシングサークルの選手に、大切なことを全部教えてくれました。ずっと前を走り続けて目標でいてくれました。イズナさんがいてくれたからマギシングサークルを好きになりました。だけど……」


 そう。イズナが全部ぶち壊してしまった。


「イズナさんと喧嘩した後……憧れの背中がなくなったら、なにを目標にして走ればいいのか分からくなったんです。だから一番手近な目標に縋り付きました。勝つこと。勝って勝って勝ち続けること。ティアⅠチャンピオンになって名声を得ることだけを目標に……」

「ごめんね。ユーリ……私は大切な君のことを傷つけて……」

「イズナさんと戦って思い出しました」

「なにを?」

「意固地になって忘れようとしていたけど、やっぱり魂は覚えていました。勝つことよりも大事だったのは、ライバルと一緒に強くなること。一緒に強くなって何度でも戦ってお互いの健闘を称え合うこと」


 ユーリの頬を涙の筋が伝い落ちていく。


「悔しいなぁ……強いライバルがここにいるのに。寝ているわけにはいかないのに。二度と立てなくなってもいい。だから今だけは立ち上がる力を……って思ったのに十カウントで立てませんでした」

「でも立とうとしてた! ユーリすっごくかっこよかったよ!」

「でも立てなかったです。この人を目標にしたい。この人の背中を追いかけたい。いつか追いついて、いつか追い越したい。そう思わせてくれた、あの頃のイズナさんが帰ってきてくれたのに」


 ユーリが右手を伸ばしてイズナの頬を撫でてくる。


「さぁ。観客の人たちに勝利宣言を。プロの仕事を最後まで果たしてください」


 イズナは、ユーリをその場にそっと寝かせて、立ち上がる。

 そしてライバルへの感謝を右の拳を握り込み、高く掲げて腹の底から声を上げた。


「やっっっったああああああああああああああああああああああああ! みんなああああああ! 応援ありがとう! すっごく! すっごく! 楽しかったよー!」

『うおおおおおおおおおおおお! イズナ! イズナ! イズナ! イズナ!』


 祝福する歓声がアリーナを割れんばかりに震わせた。


「イズナアアアアアアアアアアアア!」


 大歓声の中でもはっきりと聞こえるあの人の声。とっても大切な人。ここまで導いてくれた伝説の魔道師。


「あ! シンドウさん!」


 声に振り返ると、シンドウがサークル内に転移してきて、こちらに駆け寄ってきている。

 イズナは、右足をばねにしてシンドウの大きな胸に飛び込んだ。


「ありがと! シンドウさん!」


 シンドウはしっかりとイズナを受け止め、左足が痛まないようにゆっくりと地面に降ろすと頭を撫でてくれた。


「見てたぞ! よくやった! 試合は楽しめたか?」

「うん! すっごく楽しかった! あのね! あのね! 最後のライオットバレッツが決まった時なんか――」


 背後で人が動く気配を感じてイズナは振り向いた。ユーリがマリアの肩を借りてサークルから歩いて退場していくのが目に映った。手には折れた杖の破片が握りしめられている。

 このまま帰しちゃ駄目だ。まだ言いたいことがたくさんあるんだ!


「ユーリ!」


 呼びかけにユーリとマリアは立ち止まった。

 ユーリが振り返ってこちらを見つめてくれる。

 どんな言葉で感謝を伝えるべきか。数瞬悩んだが、すぐに決まった。


「また試合しようね! 次も私が勝っちゃうけどさ!」


 同情なんかより再戦の約束。それがユーリを一番奮い立たせることだとイズナは分かっていた。

 しばらく立ち止まっていたユーリはまた歩き始めた。

 その背中は敗者の悲哀ではなく、再会の喜びに震えているように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る