第22話『折れない心』
観客たちの歓声がユーリ・ストラトスの立つサークルに注がれている。
しかし今日の試合の主役は、もはやユーリではない。ユーリの真正面に立っている敵だ。
『イズナ! イズナ! イズナ! イズナ! イズナ! イズナ! イズナ!』
会場全体を支配するイズナコール。観客は一人残らずイズナの味方と化していた。
アウェーの状態だが、客が誰を応援しようとユーリにとっては些末なこと。大切なのは、目の前の敵に勝利して、最強を証明することだけだ。
「第三ラウンド! ファイト!」
第三ラウンドのゴングが鳴ると同時に、ユーリは杖に魔力を込めた。
イズナは、ダウン以前とは打って変わって、どっしりと腰を落とした構えを取っている。
左足のダメージは、やはり深刻らしい。イズナが平気な振りをしたところでユーリの優勢は揺るがない、などと油断した結果が第一ラウンドのダウン二回だ。
手負いの相手であろうと油断はしない。イズナは野獣のような闘争本能の持ち主だ。手負いだからこそ、なにをしてくるかわからない怖さがある。
万が一に対応できるよう軽くステップを踏み、リズムを取りながら杖頭から魔弾を連射。速射性・弾速・貫通力に優れる矢じり型の射撃魔術スパローショットと着弾の衝撃で起爆するブラストバレットの連弾が手負いのイズナに襲い掛かる。
イズナは、立ち止まったまま初弾のスパローショットをパリング。二発目のブラストバレット、三発目と四発目の魔弾も足を止めた状態で受け流している。
見事な技術だが高速機動できない以上、敗北を先延ばしにしているだけだ。
杖で魔力弾を撃ちつつ、ユーリは魔核から生じた魔力を血流に乗せて両足に集めた。魔術は触媒を使えば精度を増すが、優れた魔道師は触媒なしでも一流の魔術を扱える。
細く長い無数の魔力のイメージ。その中の一本に破壊力を浸透させ、靴底から魔術を放った。サークルの床を素早く這いずり、イズナの足元に到達した魔術が数百の糸となって噴出する。
射撃の連射を受けつつの糸の攻勢。しかも起爆式の糸(マインスレッド)入り。防げるはずがない。糸に意識を逸らして射撃が当たるか。射撃への対処に追われて糸への反応が遅れるか。どちらが命中しても致命傷だ。
イズナの左腕が紫電を帯びる。糸を切断するつもりだ。起爆式の糸に引っかかる!
右手のパリングで魔弾を四方八方へ逸らしながら、イズナの左腕が鞭のようにしなり、魔力糸をまとめて寸断した。
かかった!
そう思ったが、糸が起爆しない。
何故!?
目を凝らすと一本だけ切断されてない糸がある。マインスレッドだ。
イズナは、右足をバッタのように蹴り出して飛び退き、マインスレッドと距離を取る。
やはり確信犯。マインスレッドを見抜いて対処している。これじゃ魔力の無駄遣いだ。
射撃を継続しながらユーリは、左へ横っ飛びする。着地と同時に再び左へサイドステップ。イズナを中心として時計回りに円を描きながら、スパローとブラストの連打を撃ち続ける。
接近戦には付き合わない。足が使えない状況で円運動する相手を捕まえるのは至難の技だ。
『おい! きたねぇぞ!』
客席から罵声が飛んできた。
『正々堂々戦え!』
『怪我してる相手に卑怯だぞ!』
ぽつぽつと上がる罵声は、やがて会場中に波及してユーリへの集中砲火と化した。
『塩試合するんなよ!』
『イズナちゃん頑張ってえええ!』
『見損なったぞユーリ!』
『そんな戦い方して楽しいのか!?』
うるさい連中。とんだ勘違いをしていて腹を立てる気にすらならない。
マギシングサークルの選手に課せられた義務は勝つこと。最強を証明すること。客を満足させるために戦ってるんじゃない。
「くっ! いたたっ!」
必死に軸を合わせようとしているイズナだが、左足の負傷のせいだろう。こちらの動きを追い切れていない。だがパリングは冴え渡り、千近い魔弾を浴びせているのにクリーンヒットはゼロだった。これでは射撃魔術をいくら撃っても決め手にならない。
こちらも魔力を大分使ってしまった。ユーリの魔力量は、イズナの一・二倍程度あるが、遠隔魔術のほうが内魔術や外魔術よりも魔力の消耗は大きくなる。
これ以上の長期戦となると先に魔力切れを起こすのは、ユーリのほうだ。
決めるならこの一撃で!
ステップとステップの間にある僅かな着地時間に、ユーリは瞬間的に魔術を地面に走らせた。地面に潜む不可視の魔術は、敵の傍まで行かなければ知覚されることはない。しかもイズナの視線は、サイドステップを続けるユーリに釘付けになっている。
数百分の一秒の時間で魔術の設置作業を完了したユーリは、再び横へ跳んだ。
イズナの目はユーリを追いかけている。地面への意識は薄い。
ユーリは、射撃を打ち切って杖に渾身の魔力を充填する。レイジングフラッシュの用意だ。大砲をちらつかされたイズナは、さらにユーリの挙動に注目する。
その刹那、イズナの足元から十五本の魔力糸が伸びる。すぐさまユーリから視線を外し、イズナが糸を注視した。だがフリッカーの構えを取らない。
気付いたのだ。十五本全てが起爆式(マインスレッド)であることを。
イズナは、苦笑しながら右手側に生じた隙間から糸の包囲網を逃れる。意図して開けた隙間をまんまと掻い潜って。こちらの誘導通り。そこへ放り込む砲撃の発射体制は出来ている!
「レイジング――」
これで沈め!
「フラアアアアアアアアアシュウウウウウウウウウウウウ!」
渾身の魔力を注ぎ込んだ熱線は、サークルの外で撃てば山脈を抉り、地形を変えて地図を書き換える威力を持つ。それは伝説上の存在である龍の息(ブレス)を彷彿とさせる光の奔流となって、怨敵ナルカミ・イズナを食い千切らんと突き進んだ。
しかし――。
「こんなのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
致命的な破壊力を前にしてもイズナは怯まない。両手を突き出してレイジングフラッシュの先端に触れると上空へ押しのけるようにして軌道を天井方向へ逸らした。
受け流された熱線は、サークルの頂点を守る防御障壁に衝突して爆発。熱波と爆圧が地上に降り注ぎ、重力が何千倍にもなったと錯覚させられる。
この土壇場、最大火力に対してのパリング。
予想していた! イズナなら必ずパリングすると!
高出力の魔術を受け流したせいで、上体が反れてしまい無防備な体勢になっている。
この展開をユーリは待っていた!
「いけえええええええええええええええええええええええ!」
続けざまに魔術構築を行い、杖頭から放たれたレイジングフラッシュは、イズナに回避行動を許さなかった。
着弾と同時に煌めく爆風がサークル内を埋め尽くし、ユーリの視界が塞がれる。
炎と煙のせいで敵の姿は見えないが、直撃の瞬間は目に焼き付いている。加えて会心の一撃の手ごたえもあった。もう立ち上がれないはずだ。
「……いったあああああああああああああああ!」
残留魔力の濃霧を右手で振り払い、ナルカミ・イズナが姿を現した。
信じられない。砲撃をまともに喰らったのに立っている。
二本の足でサークルを踏みしめ、不敵に破顔していた。
勝利の確信も残留魔力と一緒に、右手で払われたような気分だ。
無論ダメージの色は濃い。筋肉が断裂しているだろうボロボロの左足は震えている。
左腕もだらりと垂れ下がって痙攣を起こしていた。どうやら避け切れないし、パリングも不可能と判断して左腕を盾にする選択をしたらしい。
イズナにとっても苦渋の決断であったのは間違いない。フリッカーもパリングも筋肉がリラックスしている状態でなければ使えない技術だ。今のイズナの左腕は、痛みで筋肉が強張っていてリラックスなんかできる状態じゃない。これで片翼は完全にもぎ取った。
形勢はイズナが圧倒的に不利のはず。
なのに彼女は、初夏の青空のような爽やかな笑みを浮かべていた。
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