第21話『救い』
シンドウ・カズトラは、サークルから東側休憩席に戻ってきたイズナを出迎えると、肩を貸して椅子に座らせた。
「イズナ、よく帰ってきた! 足を見せろ!」
左足に治癒魔術を施しつつ、患部の診察をする。
筋肉が断裂しているのは間違いない。上位の治癒魔術を使っても完治には数日かかる重傷だ。休憩時間に使用が許可されている低級の治癒魔術では、焼け石に水である。
「痛むか?」
「結構ね。動かせないほどじゃないけど」
シンドウは、ユーリの打った対策に心底驚愕していた。
追いつめられた状況で魔力の糸に爆発系の魔術を仕込んでカウンターにする発想力。瞬時に戦術を構成する知力。即座に実行に移す行動力。いずれも一流の魔道師のみが持ちうる技術だ。
これは才能では身につかない。常軌を逸した鍛錬と実戦経験のみでしか手に入らない代物だ。ユーリ・ストラトスは才能にかまけた天才じゃない。努力で強さを手に入れた秀才なのだ。
重傷を負った左足でまともに戦える相手ではない。試合を棄権させるべきか?
「少し痛みを緩和するぐらいしかできないな……イズナ、次のラウンド……」
「へーき! へーき!」
イズナは胸を張って右拳を突き出した。
「あと二回か三回ダッシュできればユーリは倒せちゃうし!」
虚勢を張っているわけじゃないのは見れば分かる。
心の底から自分が勝つと信じていなければこんなに意気揚々とはできないはずだ。
「……イズナ、自信があるのか?」
「うん! 私が勝っちゃうよー。自信あるんだ」
「無根拠じゃないみたいだな」
「もっちろーん!」
絶体絶命の危機なのに、なんて楽しそうに笑うんだろう。
トレーナーとしては、肝が冷える展開のはずなのに、こちらまで楽しい気分にさせられる。
脚の負傷は重傷だ。将来を考えるなら棄権を勧めるべきかもしれない。
だけど、こんなところでイズナが終わるはずがない。もっとイズナの戦う姿を見ていたい。どうしてもそんな風に思ってしまう。
あんなに練習したんだ。あんなに努力したんだ。イズナの才能は本物だ。イズナの努力は本物だ。イズナの実力は本物だ。棄権なんて形で、この試合を終わらせたくない!
この一ヶ月間、トレーナーとしてイズナを誰よりも一番近くで見てきた。だからイズナが勝つ瞬間をこの目に焼きつけたい。この子の努力が実る瞬間を一緒に喜びたい。
もっとずっとこの先も、イズナの隣で彼女が活躍していく姿を見ていたい――。
――そうか……俺は……。
居場所を与えくれた。
美味しいご飯を毎日作ってくれた。
魔術を教える楽しさを教えてくれた。
必要としてくれたのが嬉しかった。
自分が誰かの役に立っていると実感させてくれた。
こんなにも胸が熱くなる瞬間があるのだと気付かせてくれた。
人殺しの魔術師だったシンドウ・カズトラに魔道師とはなにかを思い出させてくれた。
ようやく分かった。この世界で、この時代で目覚めた意味が。
それは、罪に対する罰ではない。ナルカミ・イズナと出会うためだった。彼女に自分の持てる技術を教えることでイズナの役に立つためだ。
イズナが大人になって、一人で生きていけるようになる手助けするためだ。
全てから逃げ出すために自分ごとマリアを封印した。そのマリアが百年前に目覚めてマギシングサークルを発展させ、人間と魔族との融和を果たしてくれた。
自分がなんのために目覚めたのか。これからなにをすべきなのか。シンドウは、ずっと迷い続けていた。
罪人が抱くにはおこがましい願いなのかもしれないけれど、師匠がシンドウにそうしてくれたように、イズナを見守り育てていきたい。そのために自分の力と知識を使いたい。
そして今の状況でトレーナーにできることは、苦境を乗り越えるためのアドバイスを選手に与えること。選手を信じて送り出してやることだけだ。
「いいかイズナ。起爆式の魔力糸。あれは大量の魔力を食うからユーリの魔力量でも連射は厳しい。全部の糸が起爆式じゃないはずだ。数百の内に一本あるかないかってとこだ」
「そうなの?」
「ああ。魔眼の出力を上げて糸を観察しろ。込められている魔力の量が違う。相手は次も弾幕を張って起爆式の糸をどこかに仕込んでくる。物量に惑わされずに対応しろ」
「うん!」
『休憩終了まで十秒です。両選手、入場の準備を』
イズナは立ち上がり、左足の具合を確かめるように軽く足踏みする。
痛みが完全に消えたはずはないが、動かせないほどじゃないようだ。
「イズナ、無理はするなよ」
「へーきだってば! このラウンドで倒してくるから、まばたきして見逃しちゃだめだぞー」
「当たり前だ! 早く倒してこい! 信じてるぞ! お前のおじいちゃんも見守ってるさ!」
「うん! 信じてて! 行ってくるねシンドウさん、おじいちゃん!」
イズナは、シンドウと椅子に立てかけてある形見の杖に、笑顔を送ってから魔術陣を踏んでサークル内に転移した。
絶対にイズナが勝利する。シンドウは確信を抱きながら、若き二人の天才が睨み合うサークルを見つめた。
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