第19話『二つのサークルサイド』

 イズナがサークルからサークルサイドの東側休憩席に戻ってきた途端、シンドウの大きな手が頭を撫でてきた。子供が初めて立った場面を目の当たりにした父親のように興奮している。


「イズナ! いい感じだった! 理想通りの立ち上がりだぞ! 飛び込みのタイミングもばっちりだった!」

「でしょでしょ! 一応同じ砲撃使いだったからね。どこで懐に飛び込めば嫌に感じるか分かっちゃうんだ!」

『第一ラウンドはナルカミ選手が圧倒おおおおおおおおおおおおおお!』


 実況者の声は、頭の血管が切れないかと心配になる熱量でアリーナを震わせた。


『驚異的なパワーとスピードでユーリ選手から二度のダウンを奪いました! 近接型へのスタイルチェンジで、実力は数段どころではないレベルで上昇しています! 対するユーリ選手は、ダメージの色がかなり濃い! 果たして一分間の休憩で、どこまでダメージを回復することができるでしょうか!』


 我ながらいい試合運びだった。ユーリを完全に圧倒していたし、あと十秒あればKO勝利を飾っていただろう。これは自惚れではない。客観的真実だ。

 胸の奥から闘志と歓喜がどんどん溢れてくる。座ってしまうと感情の源泉が閉じてしまいそうでもったいない。

 立った状態のままイズナは、身振り手振りを交えながら心に湧き上がる感情を音にしていく。


「ユーリにパンチした瞬間、肩までドカーン! って感触が伝わってきてすっごく気持ちよかったよ! それに魔力弾を捌いたり避けたりするスリル! もうどっきどきだよ! 今までで初めての気持ちなんだ! なんかこれが私だぞ! って感じ!」

「自分に合う戦い方をしてるおかげだ。だけど油断はするなよ。あれだけの選手だ。次のラウンドは同じようにはいかないはずだ」


 もちろんユーリは実力のある選手だ。このままやられるはずがない。むしろそうでなくちゃ面白くない。どんな反撃が来ようとも、どんな手を使われようとも、この拳で叩き潰す!


「ふっふっふー! この調子でガンガンいっちゃうよー。見ててねシンドウさん」

「もちろんだ。しっかりと目に焼きつけるから楽しんで来い! そして勝ってこい!」

「うん! 楽しんでくる! そして勝つよ!」


 イズナは、二百メートル先の西側休憩席にいる敵を見据えた。

 さぁ、ユーリ・ストラトス。次はどう出る? 




 ――――――




 西側休憩席で項垂れているユーリに温かな緑色の光が降り注いでいる。マリアが治癒魔術でユーリの治療をしていた。

 トレーナーは休憩時間中、選手の治療をすることが認められている。魔術だけではなく、テーピングや患部の冷却など、その方法はトレーナーに一任されていた。

 ただし治癒魔術の場合、使用できるのは効力の低い低級魔術のみとルールで定められており、患部の出血を止めたり、腫れや痛みを引かせるのがせいぜいで応急処置にしかならない。

 痛みが緩和されるだけありがたい話だ。まだ骨の芯まで殴られた衝撃が残っている。


「速いです……速すぎて気付いたら倒されてました」

「しゃべらなくていいわ。少しでもダメージを回復させるのよ」


 一分で回復するような状態ではない。低級の治癒魔術でほとんど回復できないのは術者のマリア自身が一番よく理解しているだろう。マリアが気休めを口にするなんて、それほどユーリが追い込まれている証拠である。

 この一ヶ月でイズナの魔道師としての練度は数段増した。ライトニングフリッカーだけでも厄介だが、踏み込みの速度も驚異的だ。雷系の魔術ブリッツステップ。質量操作と筋力強化の相乗効果によって生み出される高速移動は尋常な速度じゃない。


 一番驚かされたのはパリングだ。あんなハイリスクな超高等技術を実戦投入してくるとはさすがに予想できなかった。

 ユーリの射撃は決して甘い精度ではない。破壊力も速度も平均水準をはるかに上回る自負がある。さらに使用したのは着弾の衝撃で炸裂するブラストバレットだ。下手にガードをすればその上からでもダメージが通るはずなのに、掌で触れた弾頭が全く炸裂していない。

 パリングの技術が異常なほど卓越している。起爆するほどの衝撃を与えないように受け止め、そして受け流す。単純なからくりだが、ティアⅠチャンピオンクラスでもこれほどの技量を持つ魔道師は片手で足りるほどしかいないだろう。

 一か月前には歯牙にもかけなかった魔道師が今や接近戦に関しては、文字通りの怪物へと変貌している。


『休憩時間終了です! 両選手サークル内に入場してください!』


 ダメージは全く癒えていないが、泣き言を言っても始まらない。

 やるべきことはただ一つ。ナルカミ・イズナを打ち倒して勝つことだ。勝たなければ意味はない。勝つことだけに意味がある。勝てない選手に価値はない。勝つためだけにここにいる。


「行って……きます!」

「ユーリ待って――」


 マリアの言いたいことはよくわかる。今更言われるまでもない。


「ユーリは勝たなくちゃいけないんですよね。そうです……負けることは許されません。勝ち続けなくちゃ……絶対に!」


 マリアに一瞥もくれず、ユーリはサークルへの転移用魔術陣を踏んだ。

 そこにはナルカミ・イズナがいる。倒すべき〝敵〟があそこにいるから。

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