第5話『砲撃魔術の才能』

 サークルに入場したイズナは、悠然と立っているユーリを見つめた。以前よりも気配が鋭くなっている?

 たしかに前戦った頃よりは成長しているのかもしれない。でも今まで一度も負けたことのない相手だ。今回も負けるはずがない。イズナにはゲンイチロウが教えてくれた必殺の砲撃魔術がある。


『こんな可愛くて小さいお手手で杖を振って、将来はわしと同じ砲撃魔術の天才になるんだろうな!』 


 イズナがマギシングサークルの選手になるべく魔術の練習を始めたのは五歳の頃だった。

 一撃必殺の砲撃魔術でどんな敵も射抜いて倒す。ゲンイチロウの姿に憧れてイズナも砲撃魔術の使い手になった。


『イズナはおじいちゃんに似てきっと天才だからドカーンっとやるのがいいぞ! 魔力量もわしより多いしな!』


 ゲンイチロウが教えてくれたのは砲撃だけじゃない。マギシングサークルの選手に必要なたくさんのことを教えてくれた。病に倒れ、亡くなる間際までイズナのことを気にかけてくれた。


『イズナ。わしはお前を見ているよ。ずっと、ずっとだ……』


 ナルカミ・ゲンイチロウは今までもこれからもイズナの師匠だ。彼の教えてくれた砲撃でどんな障害も撃ち抜いて前へ進む。ゲンイチロウが届かなかったティアⅠレジェンド三冠の夢を果たすのだ。こんなところで後輩に負けるわけにはいかない!

 サークルの外にいるシンドウは、心配そうにこちらを見ていた。

 適性がないなんて言葉は、勝利で否定してやる。伝説の魔道師といっても所詮は五百年前の人間。見る目がないのはどっちなのか思い知らせてやる!


「それじゃあイズナ、ユーリ、二人とも準備はいいか?」

「ユーリはできてます」


 まるで自分が格上だとでも言わんばかりのすまし顔だ。

 余裕綽々の綺麗なお顔に、渾身の砲撃をお見舞いしてやる!


「私もオーケーだよ! シンドウさん始めちゃって!」

「それじゃあ……始め!」


 開始の合図と同時にイズナは、両足を前後に開いて腰を軽く落とし、中段に構えた杖の先端で相手を狙った。レイジングフラッシュの反動に備えた体勢だ。

 全身の細胞で生み出された魔力が掌を通してゲンイチロウの形見の杖に注ぎ込んでいく。杖に魔力が装填されたのを確認して魔術の構築を始めた。

 いつもより調子がいい。これならコンマ数秒の時間で構築が完成して砲撃を撃てる。

 勝った!

 そんな確信を打ち抜くかのように、イズナの視界に青白光の魔力熱線が飛び込んできた。


「え?」


 回避する間もなく、破壊的な魔力の奔流に飲み込まれた。凄まじい熱量が魔力の防御を突き破って皮膚を侵す。凄まじい圧力に筋肉と骨格が悲鳴を上げた。

 尋常な破壊力じゃない。立っていられない!

 抗うことは許されず、背中からサークルの床板に叩き伏せられた。

 この威力は間違いない。レイジングフラッシュだ。

 まさかユーリがこちらより先に撃った? ありえない。魔術の構築完成が速すぎる!

 レイジングフラッシュの構築には相応の時間がかかる。事実イズナの魔術構築は一割程度しか終わっていなかった。だとするとユーリはコンマ一秒よりはるかに速い時間、ほぼノータイムでレイジングフラッシュの構築を終えている計算になる。

 ユーリの砲撃精度は、去年までイズナより劣っていた。

 それが一年も経たずにこれほどの領域に到達したとでも!?


「シンドウさん。ユーリがイズナさんをダウンさせました。カウントを」

「あ、ああ。ワン! ツー!」


 シンドウのカウントが始まった。慣れていないせいか、プロのレフェリーよりもカウントが速い。すぐに立ち上がらないと負けになってしまう。


「スリー! フォー! ファイブ!」


 四肢に力を入れて立とうとするが、神経が切断されたように微動だにしない。骨の芯まで衝撃が残っている。最後にユーリと戦った時とは雲泥の差の破壊力だ。


「シックス! セブン! エイト!」


 負けてたまるか……負けてたまるか! 負けてたまるか!!

 痛みがなんだ! ダメージがなんだ! そんなものは無視しろ! 立ち上がれ!

 こんなところで負けるのは許されない。きっとゲンイチロウが見守ってくれている。

 だから立ち上がれ!


「ナイン!」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 雄叫びを合図にして肉体をフル稼働させる。全身全霊で自らを奮い立たせ、強引にダメージを押し殺して立ち上がった。

「嘘だろ!? 立ちやがった!?」

「すごいわね! ユーリの砲撃の直撃なのに!」


 シンドウとマリアは驚嘆の声を上げている。

 どうだ。少しは認める気になったか。まだまだ勝負はこれから。こっちもユーリに一撃撃ち込んでやらないと気が済まない。


「ち……っくしょおおおおおおおおお! ま、負けないぞ!」


 負けられない。負けちゃいけない。ここで負けたら夢が遠退いてしまう。

 なにより砲撃魔術で他の誰かに負けることは許されない!


「砲撃で負けるわけには……いかないんだ!」


 シンドウの指摘が間違っていたと思い知らせてやる!

 砲撃の適性がないはずがない。だとしたら今までの白星はどうなる?

 イズナが五連勝したのは紛れもない事実だ。適性がなかったのならどうやって勝ったというのだ。

 相手が良かった?

 それならゲンイチロウがイズナでも勝てそうな相手だけ選んでいたとでも――。


「ち、違う」


 まさか……本当にそうだった?


「違うよね、おじいちゃん?」


 そんなはずがない。そんなはずが――。


『しかしイズナよ。砲撃ばかりというのもな。少し接近戦も覚えてみようか?』

『いいよ! 私は砲撃が好きなの!』


 違う……違う! 違う!!

 砲撃は、砲撃魔術は――。


「おじいちゃんとの……繋がりなんだああああああああああああああああああ! ぜ、絶対に負けないんだああああああああああああああ!」


 杖を振りかぶって走り出そうとしたが、何故か両足が動かない。


「え、なに!?」


 足元を見ると、床から伸びた無数の細い光がイズナの両足を絡め取っていた。

 困惑により生じた隙はコンマ一秒にも満たない。しかしユーリの杖から極大の魔力熱線が解き放たれるには十分すぎる時間だった。

 魔術の直撃を受けているのに痛くない。熱くもない。なにも感じない。

 目の前が真っ暗だ。だけど声が聞こえる。聞こえるのはゲンイチロウの声だった。


『よいか、イズナ。プロの条件は試合を見ている客を楽しませることだ』


 ああ、たしかプロデビュー戦の時に言われた言葉だ。


『分かってる! 私は強い魔道師だからだいじょーぶ!」

『違うんだよイズナ。強さは関係ない。大事なのは自分が競技を楽しむ心だ』

『楽しむ心?』

『マギシングサークルは興行色の強いスポーツだ。つまらなそうにしている姿を見て楽しくなる人はいない。全戦全勝の選手でも楽しく試合しない奴の闘いは客を歓喜させられん』


 最後に楽しく試合をしたのはいつだろう?


『逆に百戦百敗の選手でも本人が楽しんでおれば、そのがんばる姿に応援が集まるものだ。そしてその選手が一勝を掴み取った瞬間、客は何物にも代えがたい最高の幸せを得られるんだ』


 最後にマギシングサークルを楽しいと思ったのはいつだろう?


『イズナがマギシングサークルを楽しんでおれば客も楽しんでくれる。その心を忘れるな』


 楽しくないのに、なんで続けているんだろう?

 考えても、きっと楽しい気分になれないのは間違いない。

 だから気だるさと微睡に意識を委ねて、堕ちることにした。



 ――――――




 シンドウは仰向けに倒れるイズナを見つめていた。心身共に限界を迎えたのだろう。ピクリとも動かない。しかも二発目のレイジングフラッシュの直撃だ。カウントを取る必要もない。


「ユーリの勝ち!」


 勝利を宣告されたユーリだが喜びは微塵も見せなかった。気絶したイズナを酷くがっかりした様子で見下ろしている。大切な宝物が安物のガラクタであったことを知った時のような面持ちであった。どうやらユーリが想定していたよりも、イズナははるか下の水準にいたようだ。

 しかしシンドウから言わせればユーリの判断は早計だ。イズナは敗北こそしたが、天賦の才の片鱗をまざまざと見せつけていた。


 通常レイジングフラッシュの直撃は一発だけでも致命的だ。熟練の魔道師が撃てば一撃で山脈を抉り取り、地形を変える威力を持つ。ユーリの練度もそうしたレベルに到達していた。

 もちろんマギシングサークルは、殺し合いじゃない。スポーツだ。サークル内に展開された防護魔術のおかげで選手は致命傷を負わないようになっている。それを加味してもイズナが立ち上がった事実は末恐ろしい。強靭な肉体と類まれな精神力のなせる業だ。

 だが現時点でユーリ・ストラトスは数段上を行く。ただ純粋に強い。砲撃に加えて接近戦対策に魔力の糸。取得魔術の構成が完璧だ。マリアが仕込んだだけのことはある。


「ユーリったら……」


 ユーリに感心させられたシンドウとは裏腹に、マリアの顔色は曇っている。彼女にしては珍しい反応だ。妙に引っかかる。


「ユーリ、帰るわよ」


 少々硬い声音でマリアが呼んだ。

 ユーリは嘆息を置き土産に踵を返し、サークルを出てくる。

 マリアは、やれやれといった風に苦笑してユーリの頭をそっと撫でた。


「シンドウ。イズナちゃんが起きたら伝えておいて。私が育てればあなたの目標であるレジェンド三冠も夢じゃないってね」

「俺にいやな役押しつけやがって。自分で言ったらどうだ?」

「これでも忙しいのよ。さぁ帰りましょうかユーリ」


 先程とは一転、勝ち誇った笑顔を残して、マリアはユーリを連れてナルカミジムを去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る