第6話『伝説の魔導師の落ちこぼれ時代』
シンドウ・カズトラは毎日過去を思い返しては後悔している。常に選択を誤り続けた人生だったからだ。その原因は醜い嫉妬心である。絶えず汚泥のような感情に囚われていた。
例えばそれはシンドウが十四になったばかりのある日のこと。
この日、シンドウは古びた実験室にいた。
部屋の至る所に魔術の構築が走り書きされた紙が貼りつけられ、石造りの壁や家具を覆い隠していた。窓も紙で塞がれており、日差しが入ってこないせいで昼過ぎだというのに薄暗い。
一見するとごちゃごちゃとした印象だが、見る者が見ればある一定の法則で整理されているのが分かる。ほこりも落ちておらず掃除も行き届いていた。
右手を掲げて魔術の構築をするシンドウを二人の人物が見守っている。まだあどけなさの残る少女時代のマリアと白いローブを身にまとった白髪の老人だ。老人の名はカワシマ・ガンテツ。人類史上最強の呼び声高い魔道師である。
この日はシンドウが新しく開発した魔術の検討会を行っており、ガンテツに修行の成果を見てもらえる重要な機会だ。
ガンテツに見られていることを意識しながら魔術を構築していく。
イメージするのは蒼い光で作られた剣。熟練の鍛冶職人が仕上げた岩をも切り裂けそうな上質な直剣。万物を断ち切る刃。握りやすい柄。それを長時間持続可能とするには多量の魔力を注ぎ、構築を組まねばならない。
「はああああああああああっ!」
掲げた右手から膨大な魔力が放射される。実験室を照らす魔力の眩い光は、やがて剣の形に集約された。光でできた刃は、曇りガラスのようにうっすらと向こう側が透けて見える。質量を伴わない剣を持っているのは不思議な感覚だ。新魔術の発動はひとまずの成功といっていい。
「師匠どうですか!?」
「ふむふむ……そうじゃな」
ガンテツの評価が下されるより早く、マリアは冷笑をぶつけてきた。
「失格ね」
「お前には聞いてねぇ!」
「師匠も同じ意見だと思うわよ?」
そんな馬鹿なことがあるものか。そう固く信じていた。
ガンテツはごつごつとした指で白い髭を撫でながら魔力の剣を凝視している。そうやってしばらくの品定めをした後、感心するように頷いた。
「破壊力は高いようじゃ。持続性にも優れておる。数ヶ月はこの形状を維持できるじゃろう」
「そうです! 剣を持ち歩かなくても必要に応じて剣を作れるっていいと思うんですよ。それに切れ味だって普通の剣より――」
「しかし魔力の消耗量が多すぎるのう。お前の魔力の大半を注いでようやく一本分。それに魔術構築にも時間がかかっておる」
「そ、それは……」
ぐうの音も出ないシンドウに、マリアが情け容赦なく追い打ちをかけてくる。
「私も師匠と同意見だわ。これなら普通の剣を持ち歩いて刃を魔力で強化した方が効率的よ。こんな魔術、絶対に有効活用できる状況なんかないわ。失敗作ね」
「な、なんだと!? 伸びたり縮んだりすんだぞ! ほらぁ!」
魔力の刃が短剣サイズから直剣サイズの間を素早く伸び縮みする。その光景を目の当たりにしたマリアは嘲笑を露わにして肩を竦めた。
「はっ! まるでおもちゃね」
「なんだとぉ!」
自分でもちょっとそう思っていたが、他人から指摘されると無性に腹が立つ。しかも相手がライバルともなればなおさらだ。マリアに詰め寄ろうとすると、ガンテツの大きな手がガシガシとシンドウの頭を撫でた。
「魔力で剣を作るという発想自体は面白い。武器を携行していない状態で魔力の剣を出せば奇襲にもなるし、誘導魔力弾の迎撃にも使える。わしならそうじゃな。持続時間をあえて一瞬にして魔力消費量を抑えるかのう。形状も緻密に剣の形を再現せんでもよい」
ガンテツはシンドウの頭から手を離すと、魔力の剣を現出させた。燃え盛る炎を強引に剣の形に押し込めているように見える。発動の直後、一秒も経たないうちに剣は消え失せた。
持続性という点ではシンドウの魔術が優れているが、魔術構築の速さは比較にならない。
驚くべきは一度見ただけの魔術の構築を完全再現した上でさらには改良してみせた点だ。魔道師としての才がシンドウなどとは比較にならない。
「すごい。師匠が構築したら俺よりずっと一気に実戦的になった……」
「シンドウ。この魔術の名前はお前がつけなさい」
魔術の命名は開発者が行うのが通例だ。今回であればアイディアの大本はシンドウだが、実質的に魔術を完成させたのはガンテツなので命名権は彼にある。
魔道師にとっては最大の名誉を呆気なく譲ってしまう。師の器の大きさに尊敬を通り越して呆れながらも、シンドウはこの栄誉をありがたく頂戴することにした。
「えっと……光輝の魔刃という名前にしようと思っていたんですが……一瞬で消える剣、刹那の光刃ってどうでしょう?」
「ガキっぽいセンスね」
「マリア! いちいち突っかかってくるんじゃねぇよ!」
「これこれ喧嘩はいかんぞ。さ、魔術の発表会はここまでにして組み手をするか。二人とも用意しなさい」
ガンテツの指示に思わず顔が引きつった。マリアをコテンパンにしてやりたいのは山々だが、光輝の魔刃の発動でほとんど魔力を使ってしまった。今の状態では万に一つも勝ち目はない。
「師匠、俺魔力がもうほとんど……」
「私に負ける言い訳ができたわねシンドウ」
「なんだとおおおおおおおお! 負けるか! ちくしょおおおおおおおおおおおおおお!」
己の単細胞っぷりを呪いながらもシンドウは闘争心を剥き出しにして、光輝の魔刃をマリアに突きつけた。
当然ながらこの日の組手はシンドウが敗北。十秒でノックアウトされる不名誉な最短記録を作ることとなった。
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