幼馴染は今日も最強主人公を諌めます
舞黒武太
やれやれって言うのやめなさい。
『入学試験』
王立コルネリウス魔術学園ここには宮廷魔術師や聖騎士になるため今日も多くの若者が学業に励んでいる。
そして今日は入学試験の日。多くの未来を嘱望された才能ある若者たちが未来を掴むため模擬戦闘区画に集合していた。彼らがのちに黄金世代と呼ばれることになるのはまだ先の話である。
「諸君らは筆記試験に合格した選ばれしものだ。そして今回は実技試験を行う。この学園にふさわしい基礎力を持った者かどうか、今日、この場で見極めさせてもらう!」
受験生たちは試験官の演説を黙って聴いている。
「なにをやるのかわかりませんが、早くやりましょう。」
金髪で身なりの良い、一目みるだけで高貴な家柄だとわかる少年が声を上げる。
「うむ。まずは的当てだ。あの的に対し正確に魔術を叩き込んでみせy…」
パァン!的が大きく揺れる。
「これでいいですか?」金髪の少年は爽やかに微笑む。
試験官は苦い顔をする。
「うむ。ロベルト・ホルトマルク。合格だ。」試験官は言う。
「キャー!あれがホルトマルク公爵家の嫡男の方よね?」
「キャー!容姿端麗で成績も優秀!魔術の腕も一流よ!」
「キャー!無詠唱であの正確な魔術を?すごいわ!」
女子たちが黄色い声を上げる。
ロベルトは彼女らに対してウインクする。
「じゃあ俺は次のところで待ってるんで。」ロベルトはそのまま列を抜けて次の試験会場まで歩いていった。
しばらく歩き彼は足を止めた。
「ん?ドブネズミの匂いがするな?」
そう言ってわざとらしく一人の受験生の匂いを嗅ぐ。
「匂うな。匂うぞ。どうして下級市民がここに紛れてるんです?」
ロベルトは嫌味ったらしく試験官の方を向く。
「彼は厳正な筆記試験を突破した。平等にここにいる権利がある。」
試験官が言う。
「そうですか。でも気になりますね。彼にそれほどの力があるのか?筆記試験を突破しただけでしょう?こんな下級市民に我々と同じ魔術を使えるわけはない!そうでしょう?」
「そうよそうよ!下級市民が実技で合格するはずないわ!」
「そうよそうよ!下級市民は生まれながらに魔力量がないもの!」
「そうよそうよ!ロベルト様の言う通りよ!」
ロベルトの演説に一部の生徒が同調する。
「次は彼の実技試験をしましょう。彼の実力を私たちは見ておきたい。」
ロベルトは口角を上げる。
「うむ。仕方ない。ではオリヴァー・ミル。実技試験を開始する。」
「やれやれ。仕方ないですね。」
黒髪の男は前に進み出る。
「確かに私の魔術は大したことないです。笑わないでくださいね。」
オリヴァーは手のひらを的に向ける。次の瞬間彼の手から眩く光る。
思わず周りにいた人々は眩しさのあまり目を背ける。再び的の方を見た彼らは驚きのあまり言葉を失った。
的が消滅しているどころか演習場の地形そのものが抉られ原型をとどめていなかった。敷き詰められた砂は魔術の熱でガラス質の物質へと変質しており先ほどの魔術の威力を物語る。
「あれ?やっぱり大したことなかったですか?」オリヴァーは首を傾げる。
「オリヴァー・ミル。一次試験は合格だ。」試験官は声を絞り出す。
群衆がどよめく。
「やれやれ、ギリギリ合格だったみたいだ。」
オリヴァーはホッとする。
だが、今更後に退けなくなったロベルトはさらに噛み付いてくる。
「今のは不正だ!不正があった!こうなったら俺と決闘しろ!」
「そんな、決闘なんて、僕は弱いから無理だ!」
オリヴァーは焦る。
「不正は許さない!我々の学院を汚すな下級市民が!サンダーボルト!」
ロベルトの雷魔術がオリヴァーに直撃する。
「流石ロベルト様!あの年齢で上位の魔術を使えるなんて!」
群衆は歓喜する。
「まいったか下級市民!」
ロベルトは鼻で笑う。
土煙が晴れた。そこにはオリヴァーが姿勢を崩すことなく立っていた。
「手加減してくれたんだね。ロベルトさんは優しいんだね。」
オリヴァーが無垢な笑顔を見せる。
「なぜサンダーボルトを受けて立っている?」
「何って、ちょっと結界を張っただけだけど?大したことはしてないよ。」
「舐めるなよクソが!お前が負けたら退学だ!」
公爵家とは思えない汚い言葉を吐いたロベルトは収納魔術で魔剣を取り出しオリヴァーに斬りかかる。
「うわ、危ない!」
そう言ってオリヴァーは素手で彼の攻撃を払い除ける。
ロベルトは吹っ飛びそのまま壁に激突すると力無く項垂れた。
「いやあああ!ロベルト様がやられたわ!」
「いやあああ!なんてやつ!」
「いやあああ!無礼者よ!」周りが騒ぎ立てる。
「あれ?変だな。ちょっと手で払っただけなのにあんなに飛んでいっちゃうなんて。やっぱり僕に恥をかかせないために手加減してくれてたのかな?」
オリヴァーはわざとらしく言う。
「やれやれ、ここのみんなは弱い僕に恥をかかせないようにしてくれたのか。優しなあ!」
オリヴァーの無垢な笑顔だ。
演習場はシーンと静まり返る。
「やっぱり僕実力不足で不合格ですか?参ったな。やれやれ。」
オリヴァーは頭を掻く。
バコッ!っとチョップがオリヴァーの頭に炸裂する。すごい音が鳴った。
「やれやれ、身体強化をしていたから全く痛くなかったが。」
オリヴァーは余裕そうな顔で言う。
「オリー!あんた進学したらそれやらないって言ったでしょ?」
赤髪の彼と同じくらいの年齢の少女が怒鳴る。
「いやいや、あっちが先にやってきたんだが?」
オリヴァーはなんとか立ちあがろうとしているロベルトを指差す。
「そうだけど、それはそれ。そうやっていつも自分が強いの知らないフリするから私以外友達ができなかったんでしょ?王都に来たらそれやらないって約束したよねって話をしているの!」
少女はオリヴァーの胸ぐらを掴んでブンブンと前後に振り回す。
「服が乱れるからやめてほしいんだが?」
オリヴァーは前後にゆすられながら言う。
「その喋り方もやめろって言ったよね?友達いなくなるからその変な喋り方辞めるって言ったよね?」
オリヴァーに腹パンが炸裂する。
「身体強化してたから痛くなかったんだが?」
オリヴァーは平然とした顔で言ったので、少女はそのまま彼を投げ飛ばす。
「なんだ?先に絡んできたのはあいつなのに」
言いかけたところでビンタを喰らう。
「痛くないが?」
「あいつもあいつだけど、あんたも煽るからこうなったんでしょ?」
「だって…」
「だってじゃない。」
「すいません。」
オリヴァーはしおらしくなる。
「私じゃなくて彼に謝るの。」
少女はロベルトを指差す。
「なんで…?」
「いいから。」
「なんかその、すいません。」
オリヴァーは頭を下げる。
「突っかかって悪かった。」
ロベルトも不本意そうな顔だったがこのタイミング以外では痛み分けにできないと察して謝罪した。
「そろそろ試験を再開していいかな?」
試験官は恐る恐る声をかける。
「あっ、すいません。すいません。」
少女はペコペコしながら列に戻る。
「ではナジミー・オスナー。次の実技はあなただ。」
「え?私?順番が違いますが。」
先ほどの少女は困惑する。
「構わない。やりたまえ。」
早く次の試験会場に行ってさっきの二人を見ておいて欲しかった試験官は順番をずらした。
ロベルトもオリヴァーもその後大人しく試験を受けて合格した。
また二人とも同様に醜態を晒したのでイザコザの件は有耶無耶になった。
『入学式』
「やれやれ。入学式などとんだ茶番だ。」
オリヴァーは不敵に笑う。
「私は楽しみだったけどね。」
ナジミーは横で呟く。
「やれやれ、君のような凡庸な魔術師はこの式典でしか自己の価値を認識できないのだろう。待て腰はやめろ。」
オリヴァーは腰を突こうとするナジミーの手を押さえ込む。
学長が良い話をしていたが彼らはきいていなかった。
「お前たち、何神聖な入学式の場で乳繰り合ってるんだ?やる気がないなら帰れ。」
ロベルトが振り向いて小声で注意してくる。
「ちちくり?」
ナジミーが赤面する。
「そうだ。乳繰り合うな。やる気がないなら帰れ。」
「そうよそうよ!やる気がないなら帰りなさいよ!」
近くにいた女子生徒も同調する。
ナジミーがロベルトの椅子を蹴ったので彼は黙った。
『クラス分け』
魔力測定。それはクラス分けのための重要な指標である。
学園には学生の有する魔力に合わせた指導カリキュラムが存在し、その体制を有効に活用するため魔力量によってクラス分けをするのだ。
「やれやれ。魔力測定など実技試験の時に同時にやればいいと思うのだがな。学園の魔術に対する理解の浅さにうんざりする。」
「実技試験と一緒にやったら万全時の魔力量が測れないでしょ。」ナジミーが嗜める。
「やれやれ、君のような凡人にとってはそうなのかもしれないが、魔術を使ったからといって魔力量が上下するようでは一流の魔術師とは言えないのではないか?僕何か変なこと言っちゃいましたか?」
「次喋ったら手首もぐからね。」
「魔術で治せるが?」
「じゃあもぐね。」
「やめて欲しいんだが?」
「だが?って言うのやめなさい。」
「きゃー!さすがロベルト様!」
「きゃー!魔力量1200なんて流石よ!」
「きゃー!王宮魔術師クラスよ!」
「この程度当然だ。」
ロベルトがキメ顔をする。
女子たちは黄色い声をあげる。
「オリー、次はあなたよ。」
ナジミーがオリヴァーの背中を叩く。
「どうしよう。僕故郷では落ちこぼれって言われたから魔力量0で失格になるかも!」
わざと周りに聞こえるような声でオリヴァーは嘆く。
周りの生徒たちは困惑する。
「言われてないだろ。早くしなさい。みんな待ってるでしょ?」
「しかたないな。」
「オリー、あと測定器壊しちゃダメだからね。」
「…」
「ダメだからね。普通に迷惑だから。備品よ?」
「な、何言ってるんだい?」
「じゃあなんで動揺してるのよ。」
「動揺なんてしてないが?」
「だからその喋り方やめなさい。クラス分けのためには規定量を越えればいいからわざわざ測定器を壊してアピールしない。わかった?」
「べ、別にそんなこと考えてなかったが?」
「考えてただろ。引っ叩くよ。」
「わかったよ。普通にやるよ」
オリヴァーはそう言って測定器に手をかざす。
「なんと、魔力量9999?!ありえない!」
測定技師が驚く。
「やれやれ。俺はかなり手加減したのだが?」
周りの生徒がざわつきだす。
これ私のせいでもっと嫌味なかんじになったのでは?と考え込むナジミーであった。
「オリヴァーは幻術使いなんです!」
とりあえず誤魔化しておいた。
「「なんだ。幻術だったか。」」
皆は安堵した。
『どのクラス?』
「オリーはどのクラスになったの?」
ナジミーが尋ねる。
「ふん、俺がどのクラスであろうが君には関係のないこと、おい、デコピンしようとするな。」
「で、どのクラスなの?」
「Aクラスだ。まあ、俺の実力から見て正当な評価だと言えるな。」
「そうね。私もAクラスだけどよろしくね。」
「そう。Aクラスとはこの国において選ばれたものだけが入ることを許される特進クラス。貴様ら二人も合格できていたとはな。」
ロベルトが現れる。すかさずオリヴァーは笑顔になって
「ロベルト君、よろしく。僕はオリヴァー・ミル。オリーって呼んでくれてもいいよ。入学試験では色々あったけど、今後は同級生と仲良くしよう。…ちゃんと挨拶したよナジミー。僕の後ろに立つのはやめてくれないか?怖いから。」
「ふん、俺は下級市民が同級生だなんて認めないからな。」
ロベルトは冷たい目でオリヴァーを睨む。
「そうよそうよ!認めないわ!」
取り巻きも囃し立てる。
「ふふ、かまわないよ。それでも僕は君たちの友達さ。何かあったらなんでも言ってくれ。…。ちゃんと平和的な挨拶をしたから圧をかけるのをやめてくれないかナジミー。」
「なんだ後ろの女、お前はオリヴァーのお母さんか?」
「そうよそうよ!お母さんみたいよ!」
ロベルトと取り巻きがナジミーに突っかかる。
ロベルトは恐ろしい顔で睨まれたので黙った。
『初講義』
「では講義を始める。まずは魔術理論の基礎についてだ。教本の七頁を開きたまえ。」
講師が登壇する。
講師はそのまま生徒たちを眺めるとピクリと眉を動かす。
「二人、まだ来ていないな。」
そこでロベルトは手を挙げて発言する。
「来ていないのは下級市民のオリヴァー・ミルとその取り巻きの…えっと女。」
ロベルトはナジミーの名前を知らない。
「そうよそうよ!ナジミーとかいう女よ!」
取り巻きがフォローする。
「ふむ。オリヴァー・ミル、ナジミー・オスナー、その二名で間違いないな?」
「呼びましたか?」
「この声は?!」
ロベルトがドアの方を見る。
「お前がオリヴァー・ミルか?」
講師は講義室の入り口に腕を組んでもたれかかっている男に質問する。
「そうです。私です。どうかしましたか?」
「どうかしたじゃない!遅刻だぞオリヴァー・ミル。貴様初日の講義に遅刻とはやる気があるのか?」
「遅刻?名門校の講師はずいぶん狭量なのですね。遅刻などくだらないこと。この世界は実力がものを言う。遅刻が気に入らないのであれば私と決闘で勝負をつけましょう。」
彼が肩にかぶせた制服が風ではためく。風ではない。魔力だ。オリヴァーは魔力で威嚇して遅刻を無かったことにしようとしている。
講師は気圧され言葉を失う。
「反論がないと言うことは私の言い分が認められたといブッ」
オリヴァーは後ろから頭を押さえつけられそのまま床に打ち付けられた。
「オリー?何先生に失礼なこと言ってるの?謝りなさい。」
後から到着したナジミーがオリヴァーの頭を床に擦り付けながら怒る。
「遅いな名も知らぬ女。私はあらかじめ身体強化を施していてこの程度の暴力痛くも痒くもないのだが遅刻してまでセットした髪が乱れるからやめてくれないか?」
「先生に謝れって言ったよね?」
「遅刻ごときで怒る者に講師の資格などなヴッ」
オリヴァーの顔面が床に再度叩きつけられる。
「謝りなさい。」
「すまない。」
「遅刻した上に変なこと言ってすいませんでしたって言いなさい。」
「遅刻したのは君もじゃないか名も知らぬ…」
「知ってるだろ!幼馴染だろうが!だいたいあんたが髪型がどうのとか言ってなかなか家を出ないから遅刻したんでしょ?それにあんた私おいて瞬間移動するし!あとちゃんと謝りなさい!」
「遅刻してすいませんでした。」
オリヴァーは額を頭につけて謝罪する。
「よ、よし、二人とも席につきたまえ。」
講師は動揺している。
「やれやれ。朝からとんだ厄介ごとに巻き込まれてしまったな。」
オリヴァーは落ちた制服のジャケットを肩にかけると涼しい顔で席に向かう。
「オリー、ちゃんと服着なさい。」
「着こなしなどどうでもいい。指定された服は持ってきている。どう羽織ろうが僕の勝手だろ?」
「ちゃんと着なさい。」
「…」
「着なさい。」
「わかったよ。」
そう言いながらオリヴァーは席についた。
「あっ、先生遅刻しちゃってすいません。ごめんなさい。」
ナジミーはぺこぺこしながら席についた。
『習ってなくてもできるもん。』
「以上。これが現在主流の魔術理論の基礎となる。」
講師がそう言って話を締めくくる。
「まあ、Aクラスの諸君からすれば常識かもしれないが。これを基礎としてさまざまな高等魔術が派生型として存在する。」
「先生!質問です。主な派生型の高等魔術とは具体的にどのようなものがありますか?」
一人の生徒が質問する。
「うむ。いい質問だ。まず代表的なものは火、水、風、雷、地の五属性魔術だ。現在主流なのはこれだな。だが、過去には闇魔術や光魔術といった高等魔術があったのだが、現在それはら廃れてしまったのだ。現在幾人もの魔術師がそれらの復興を試みているがうまく行かないというのが現状なのだ。」
講師は悲しそうに説明する。
「やれやれ。闇魔術とはそんなに高等なものだったのか。俺は大したことのない闇魔術しか使えないが、魔術師たちの研究している闇魔術はさぞ高度なものなのだろうな。」
そう言ってオリヴァーは手のひらから黒い球体を出す。
「そ、それは失われたはずの闇魔術?!一体どうして!」
講師は驚愕する。
「闇魔術…使い手がいたなんて!」
ロベルトは唇を噛む。
「え?どうやったかって?俺はただ今ここで作ってみただけだが?」
そう言ってオリヴァーがドヤ顔を決める前に手のひらの黒い球体が消滅する。
「やれやれ、ナジミー。僕の闇魔術を光魔術で相殺するのはやめてくれないか?」
「?」
「とぼけるのはやめて欲しいんだが?」
「あなたの闇魔術もどきが不十分だったんじゃないの?オリー。」
「やれやれ。もう一度見せようこれが闇魔術だ…」
だが先程のような球体はできない。
「ナジミー?僕の手元に魔術無効の結界を張るのをやめてくれないか?…まあ、この程度の結界僕の魔力ので一瞬で破壊できるがな!…ナジミー?結界を張り直すのやめてくれないかな。」
「私何もしてないよ。」
「ならば僕の光魔術を、痛い。脇腹を突くのをやめてくれないか?」
「今実技じゃないでしょ?」
「…」
「実技の授業じゃないから。」
「わかったよ…」
「だが僕は光魔法も使うことができるのだが?」
オリヴァーの手のひらが光を放つ。
「も〜、オリーったら。授業中なのに幻術でみんなを驚かすのはダメって言ったでしょ?」
「は?じゃなくてやれやれ。幻術ではないのだが?」
「幻術で遊ばない。」ナジミーはオリヴァーを睨む。
「わかったよ。」
「なんだ、幻術か。ロベルトは安堵した。」
『模擬戦』
「今日は実戦訓練を行う。」
「今回こそ一族秘伝の術式を…」ロベルトが言いかけたところで講師は口を挟む。
「今回の実践訓練は剣術だ。諸君は一流魔術師として接近戦もできるようにならなくてはならない。」
「ではまず先週の講義でもやった武器作成魔術を使って使いやすい近接武器を作ってみろ。」
講師の掛け声で皆が動き出す。
「これでいいですか。」
オリヴァーの手には漆黒のオーラを纏った黒い剣が握られていた。
「その剣はまさか…あの伝説の闇の魔剣?!」
講師の顔が引き攣る。
「まさか、あの神話に出てくる魔剣を?」
「なぜ彼が持ってるの?」生徒たちは口々に騒ぎ立てる。
「やれやれ。大したものではないのだがな。皆この剣がショボくて驚いているのかな?やれやれ、困ったな。」
オリヴァーがやれやれと首を横に振る。
その瞬間魔剣はポキンと折れて刃の部分が地面に落下し甲高い音を立てる。
ナジミーは刃を拾って持ち手の部分を奪い取ると収納魔術のゲートを開いて放り込む。
「やれやれ、ナジミー、折る必要はなかったと思うのだが?」
「先生は武器作成魔術で武器を作れって言ってたよね?収納魔術で出してきたらダメでしょ?」
「そんな些細なこと気にするもんじゃない。そんなだからお肌が荒れ…ゴフ」
腹パンがオリヴァーの腹に食い込む。
「オリーがストレスかけるからでしょ!」
「やれやれ、ちょっと毎日課題を見せただけで恩着せがましい女だな。」
「オリー?それ以上は言っちゃダメ。」
ナジミーはオリヴァーの両肩をガッチリ掴んだまま俯く。
「なんで?」
「なんでも。」
「…」
「オリー?幻術でみんなを驚かそうとするのはやめなよ。本当に。」
「俺は幻術使いではないのだが…」
「「なんだ、幻術か。」」クラスメイトと講師は安堵した。
『過去』
あの日は風がとても強かった。木の葉がガサガサと音を立てて揺れていた。
「オリー?ここで何してるの?」
ナジミーは木陰に座り込んでいるオリヴァーに声をかける。
「考え事してるだけだ。」
オリヴァーはそっぽを向く。
「へえ、今日は友達と遊ぶからお前ともう馴れ合うつもりはないって言ってたのに。おかしいな〜。」
ナジミーはイタズラっぽく微笑む。
「やれやれ、僕は君たち弱者のように人と馴れ合う必要がないんだ。」
そう言ってオリヴァーは寝転ぶ。
「あ!オリー?服汚したらまた怒られるよ!」
ナジミーはそう言いながら彼の横に腰掛ける。
「なあ、ナジミー。僕この村を出るよ。」
「え?」
ナジミーの長い髪が風に吹かれ揺れる。
「俺はもうこの小さい村で弱い奴らと馴れ合い続けるつもりはない。俺は王都で一流の魔術師になる。来年、王立魔術学園の試験を受ける。」
わかっていた。ナジミーは最初からこうなることに薄々勘付いていた。オリヴァーは強かった。生まれながらに魔力も、体術も、何もかも他を圧倒していた。彼は最初から全てを超越していた。これは神からのギフトなのか、それとも宿命なのか。それは最期までわからないことだろう。
だが、少なくとも彼は孤独だった。魔力や魔術の腕によって人としての序列が決まる社会において皮肉にも強すぎる彼の居場所はどこにもなかった。
手加減の苦手な彼はどこにいてもその力ゆえに疎まれた。才能ゆえに避けられた。
いつしか彼は人と交わることを諦めた。
彼は周りと同じ土俵に立つことを放棄した。彼は自分の才能を見せつけ周りを圧倒し自分は次元の違う存在なのだと示すことを心がけた。嫌味ったらしく実力をひけらかすことを心がけた。
そうして最初から嫌われてしまえば避けられることも疎まれることもない。
何より最初から嫌われている相手ならば交わることができなくとも自分は傷つかない。
いつしかその心がけは彼を根本から捻じ曲げていった。
もしかしたら捻じ曲がることが彼自身の防衛本能だったのかもしれない。
だからこそ彼は王都へ行きたいのだ。自分と同じ目線に立ってくれる友を探したいのだ。
だが、それは叶わない。彼も本当はわかっているはず。王都に行ったからと言って彼の才能は埋もれてしまうほど平凡なものではない。彼はきっと王都でも同じ思いをしてしまう。それほどまでに彼は圧倒的だ。
だから…
「私も行く。」
ナジミーは微笑む。
「は?なんで?」
オリヴァーは少し目を細める。
「だって、一人は寂しいでしょ?」
「なんだよナジミー、お前ストーカーかよ。」
「だって私はオリーの幼馴染だから。」
私は知っている。オリーはいい子だ。私を魔物から守ってくれたし、木から落ちて骨を折った時には飛んできて治してくれた。私がお腹を鳴らすと瞬間移動で果物をとってきてくれた。
私は知っている。オリーは本当は優しい子なんだ。今は捻くれてねじ曲がってもう昔みたいな紳士ではなくなったけど。
だからこれ以上オリーに寂しい思いはしてほしくない。歪んでほしくない。オリーは本当はいい子だから。
だから私はオリーが寂しい思いをしなくていいように頑張る。
「だからオリー。」
「なんだよ?」
「魔術。教えて。」
風はもう止んでいた。
『実戦』
「では今日は実戦だ。気を抜けば最悪死ぬことになる。皆心してかかるように。」
講師の言葉でクラス全員に緊張が走る。
「この森には多くの魔物が生息している。二級クラスのものもな。」
「「二級?!」」
皆が規格外の魔物の存在に顔をこわばらせる。
これには流石のロベルトも平静とはいかなかった。
「まずチームを組みこの森を抜けゴール地点の聖堂まで向かう。大丈夫だ。今まで習ったこととチームワークがあれば問題はない。」
生徒たちはざわつく。
「きゃー!ロベルト様!同じチームになりましょう!」
「きゃー!ロベルト様!私も仲間に入れてください!」
「きゃー!私も私も!」
ロベルトの取り巻きたちは彼の周りに集まる。彼は仕方ないなという顔だ。
「やれやれ。わかりました。では僕はこのナジミーとかいうよくわからない女とチームを組みます。」オリヴァーはナジミーの肩を掴んで答える。
「よくわからないって幼馴染だろうが!知ってるだろ!」
オリヴァーは聞こえないふりをする。
「二人だけでいいのか?」
講師は首を傾げる。
「いいのかとは?他の生徒がいても足手纏いなだけ、痛い。足を踏まないでくれナジミー。」
「幻術使いともう一人では心許ないと思うのだが?」
講師は心配そうに言う。
「ナジミー?君のせいで僕は面白幻術使いみたいに思われているのだが?」
「だってそうじゃない。」
「…」
「大丈夫なのか?なんなら私が同行しようか?」
「心配いりませんよ。」
オリヴァーの声が少し上つる。
「オリー?故郷でイキリすぎて友達がいなかったからいつも先生と行動していたトラウマが蘇った?」
ナジミーが耳元で囁く。
「そんなことはな!この僕は一人でも、この女がいなくても大丈夫と言うことを今示そう!」
そう言ってオリヴァーは魔力を放出しその反動で少し浮き上がる。
「やば、スイッチ入っちゃった。」
ナジミーは突風で髪をぐしゃぐしゃにしながら呟く。
右手には光魔術、左手には闇魔術。
それらを融合させた時、両者は反発し膨大なエネルギーが発生する。
まばゆい光と轟音が鳴り響く。
皆が目を開けると驚きの光景が広がっていた。
先程まで目の前に広がっていた森は綺麗さっぱり消え去っており跡地にはクレーターがあるだけだった。
「も、森ごと消滅させた?」
講師が目を見開く。
「ありえない…こんなことが…」
ロベルトは愕然とする。
「やれやれ、俺は大したことしてないんだがな。」
オリヴァーは髪をかき上げる。
次の瞬間、周囲は再びまばゆい光に包まれる。
「今度はなんだ!」
皆が狼狽える。
しばらくして光が消えると目の前にはまるでさっきからそこにあったように森が鎮座していた。
破壊の後などは一切残っていない。
「???」
皆は困惑している。
「オリー?幻術で遊ぶのはやめなさい。」
「なんだ、また幻術か。今回のはすごかったな。次も期待しているぞオリヴァー・ミル。では早速実習を開始する!」
講師が実習の開始を宣言したので生徒たちは森の中に入っていく。
そんな中、ロベルトはすれ違いざまにオリヴァーに一言囁いた。
「さっきのは面白かったぞ。」
彼はそれだけ言うと取り巻きを連れて森の中へ入って行った。
それを見届けたオリヴァーはただ無言だった。
「さあ、オリー。私たちも行くよ。」
ナジミーはそう言って彼の背中を叩く。
「やれやれ、時間逆行の魔術を使うなんて。あれの発動には時間がかかるはずだ前から準備していたのか?全部お見通しだったのか、ナジミー。」
「そりゃあ、幼馴染だもん。」
そう言ってナジミーは先に森に入って行った。
「やれやれ。」そう言うとオリヴァーも森の中に入って行った。
森の魔物は無事狩尽くされた。
『本物召喚するのやめなさい。』
「ねえねえオリヴァー君!」クラスメイトの男子がオリヴァーに声をかける。
「やれやれ、なんだい?」オリヴァーも返事をする。
「あのね、ちょっと友達にドッキリをしようと思うんだ。だから君の得意な幻術で一級クラスの魔物を見せることができるかなと思って!」クラスメイトはニヤニヤしながら言う。
「別に構わないが?僕に取っては造作もないことさ。」
「いいの?ありがとう!じゃあさ、今ちょっと見せてくれない?とびっきり強い魔物を頼むよ。」
「やれやれ、結構要求するな。まあいいだろう。」
そう言ってオリヴァーは無詠唱で魔法陣をつくるとそれが眩く光る。その跡には赤い体長20mもあろうかという竜が現れた。
竜は激しく咆哮する。
「すごい!オリヴァー君すごい!これ神話に出てきた魔竜フォブニールだよね!すごい!リアル!」
「あれ?別に大したことしてないんだがな。あれ?また僕なんかやっちゃいました?」オリヴァーは得意げに決め台詞を連呼する。
「本当に凄いよ!しかもちゃんと自然に動いてる。緻密に再現されてるし。こんなものを作るなんて凄いなオリヴァー君は!しかもすごく怒ってるみたいで怖くていいよ!…なんか口のところの魔力密度が濃くなってきてるような…熱量も上がってる!ここまで再現できるんだね!」
「あっ、これヤバ」オリヴァーが小さく呟く。
するといきなり凄まじい轟音と共に上から何かが降ってきて竜は木っ端微塵に粉砕された。
クラスメイトは唖然とする。
竜の死骸から血まみれになった生徒が這い出てきた。
「え?え?」クラスメイトは困惑している。
「おやおや、同じクラスのナジミーじゃないか。血まみれだからわからなかったよ。」
オリヴァーは涼しい顔で血まみれのナジミーに挨拶する。
ナジミーはしばらく考え込むと、手についた竜の血液をオリヴァーの顔に塗りたくった。
オリヴァーは顔に血を塗られて心底不快そうに顔を顰める。
「やれやれ、ナジミー?汚いからやめてくれないか。」
ナジミーはその要請には答えずそのまま彼のジャケットで顔を拭いた。
「ナジミーめちゃくちゃ汚れたんだが?」そう言うオリヴァーの方をナジミーがガッチリ掴む。
「オリー?なんでフォブニールを召喚したの?」めちゃくちゃ顔が怒っていた。
「やれやれ、あのクラスメイトが幻術で強いモンスターを出してくれって言ったからだが?」
「じゃあ幻術で出せばいいよね?なんで本物出したの?」ナジミーはオリヴァーをぶんぶんと前後に揺らす。
「だってお前が僕を幻術使いにしたから。僕は幻術使いじゃないのだが?」
「だがって言うのやめなさい。」
「危ないよね?本物出したら。ここまではわかる?」
「ああ。」
「私が屋上でご飯食べてなかったら竜のブレスで校舎壊れてたんだよ?わかる。」
「ちゃんと防御術式を使おうとしたが?」
「校舎を守る気なかったでしょ?」
「…」
「図星じゃない。」ナジミーはオリヴァーの胸ぐらを掴む。
「はあ、まあいいわ。私は着替えてくるからこれちゃんと片付けときなさいよ。」
「僕も着替えないといけないんだが?まあいい。時間逆行魔術で片付けよう。」
「なかったことにする気だな…」
そのままオリヴァーの時間逆行で竜の死体は消滅した。
「幻術すげえ!」クラスメイトは興奮した。
・・・・・・・・・・・・
バレンタイン
「ロベルト様!これつまらないものですけどどうぞ!」
「ロベルト様!これ私の実家が売り出している高級菓子なんですけどどうぞ!」
「ロベルト様!これ…」
「次期当主はモテモテだな。」
ロベルトに群がる女子たちを見て男子たちが羨ましそうに呟く。
そう。今日はバレンタイン。昔この日になにか感動的な出来事があったのだ。
それからこの日はバレンタインとして好きな人にお菓子を贈るという風習が生まれた。
「まったく、羨ましいぜ。」
男子生徒が呟く。
「そういう男子たちにもお菓子があるよ〜。」
女子三人が彼らにそれぞれ派手な袋に入ったお菓子を手渡す。
「うひょお!いいのか?」
男子は皆喜んでいる。
「やれやれ、こんなイベントにうつつを抜かすとはね。」
オリヴァーは皆にわざわざ聞こえるくらいの声を出す。
一瞬教室内の空気が悪くなる。
「僻んでるの?」
ナジミーが後ろから声をかける。
「そんなことはない。こんなくだらないイベント如きでワイワイ騒ぐなんて子供じみた奴らに呆れてるだけさ。」
オリヴァーは頬杖をつく。
「そう。私もあげようと思ってたんだけど、バレンタインが今日なの完全に忘れてたの。ごめんね。」
「ナジミー?何を言っているんだ?僕は別にくだらない駄菓子なんて欲しくないんだが?」
「私がちゃんとカレンダーを見ていればオリーが卑屈にならずに済んだのに…」
「別に卑屈になどなってないが?というか、周りの奴らが笑ってるからやめてくれないか。」
「オリー、明日なにかあげるから臍を曲げないで。」
「別に曲げてないが?というか、駄菓子など俺の魔術でいくらでも生み出せる。わざわざもらわなくてもいい。」
そう言うとオリヴァーは机の上に虚空からバラバラと砂糖菓子を生み出す。
「オリー?それ寂しくならない?」
「ならないが?」
「そうだ、オリヴァー君も、毎日面白い幻術見せてくれてありがとうね。」
そう言って数人の女子が様々なお菓子を彼の机の上に置いた。
「いや、別に…ありがとう。」
ナジミーの恐ろしい気配を感じて素直にお礼を言う。
「まあいい。風習通り今日もらった分はまた今度返すよ。やれやれ、面倒ごとが増えたな。」
オリヴァーは気だるげに答えた。
「オリヴァー君、すぐ調子乗るね。」
女子たちは笑いながら去っていった。
「今日もらった分はちゃんと返さないとな。」
オリヴァーはなジミーに向かってもう一度聞こえるように言う。
「わかったわよ。」ナジミーは苦笑いした。
幼馴染は今日も最強主人公を諌めます 舞黒武太 @mg42buta
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