第58話 祭りも終盤!

「はい! じゃあずんだソフトクリーム2つで、300円になります!」

「2つかったら、あのぷよぷよしてるのも2つもらえるの?」

「アレは1人に1つまでなの、ごめんね?」

「3つくれ!」

「はい、450円になります……丁度ですね。少々お待ち下さい」



 はー……いやはや嬉しい悲鳴だな、これは。

 俺は屋台の裏で休みながら、2人の様子を眺める。


 先程まで俺がてんやわんやで接客をしていたのだが、流石に回転率が悪いとレジを2つにして対応する事になり、今は俺の休み時間という訳だ。


 それにしてもーー。



「へへっ……うへへへへへっ!」



 ま、まさかこんなにお客さんが来るとは思わなかったぜ。


 比奈達の少し後ろ。ドンドンと金が貯まっていくレジの代わりをしているお菓子の箱に、自然と口角が上がる。



 まぁ、ちょっと? エースさんがメマに千切られるという事態はあったが? 概ね問題はないっぽい。聞いたら、エースさんがちょっと小さくなるだけで、後になったら元通りにはなるらしい。

 ほんと……いつの間にそんな技を身に付けていたのか。



「景気が良い顔してるね、兄ちゃん」



 俺が1人劇場をしていると、1人の優しそうな男が俺に声を掛けてくる。スーツを着ていて、お祭りに来た人とは思えない格好だ。仕事帰りとかか?



「え、あ、すみません。お見苦しい所をお見せしました」

「良いって、良いって。いや〜、こんなに儲かってる所なんだ。そんな顔にもなるだろうよ」



 男は俺の正面、人が横に並んで3人程度倒れる路地の向かい側の縁石に座り込むと、こちらを見て来る。どうやら、俺を話し相手としたみたいだ。最悪だ……俺、休憩する時は1人が気楽で良いんだけど。



「で、兄ちゃんは休憩中かい?」

「あー……はい、今やっと交代で休憩を貰ったんですよ……」

「ははっ、お疲れお疲れ。それでさ……さっき前の方から見たんだけどさ?」

「? はい」

「アレ、どうなってんの?」

「アレ、とは?」

「ソフトクリーム。前から1回見たんだけどカウンターの下の方から出してたじゃん。それが気になって裏の方に回って来たんだけど……」



 へ、へぇ〜……そうなんだ〜……。ソフトクリームがカウンターの下からね〜、うん。







 そんな事気にしないで大人しくソフトクリーム食っとけよ!!



 俺は内心叫んだ。



 な、何でそんな事気にするの? ソフトクリーム食べたくて来たんだよね? 態々屋台の背後にまで回って知りたい事か?



 俺は動揺を悟られない様に、なるべく間を空けずに言う。



「下の方に大きめのクーラーボックス置いてまして、そこから取り出してるんですよ」

「敢えてアソコでは作らないって事か?」

「……ほ、他の屋台は作る過程も見せると思うんですけど、混む事はある程度予想してたんで、なるべくスピード重視で回して行きたくて」

「へぇ……なるほど」



 何で機械置かなかった? ソフトクリーム作るなら置いてた方自然だろって?

 馬鹿野郎、ソフトクリーム作る機械借り続けたらお金掛かるやろがい。



「あ、そ、そろそろ休憩も終わりなんで、それじゃあ!!」



 騙して申し訳ないけど……牛が作った空間に作り置きしてたソフトクリーム入れてんすよ〜、時間とかも止まってるから溶ける心配なし☆


 とか言える訳ないし、信じる訳もないしな。うん。最もな事言って退散だ、こりゃ。



 俺はそそくさと逃げる様に屋台へと戻った。






「ふぅ、比奈。交代するよ」

「あ………まだ疲れてます?」

「あー……ちょっと裏で男の人と話しててな。ソフトクリームがカウンターの下から出て来る理由を何とか誤魔化してただけ」

「……なるほど。取り敢えずカウンターの下が見えない様に、少し布で遮っておきますね」

「頼む。あと、今並んでいる人だけで最後にしてくれ。そろそろ時間も時間だし、メマやエースさんの為にも少し早めに終わらせよう」



 花火大会はあと1時間程で終わると言うのに、お客さんはまだ通りを占領する程に並んでいる。無理矢理にでも終わらせないと、一生終わらなそうだ。


 比奈に指示をした俺は、凪さんと共に暫くソフトクリームを売っているとーー。



「随分儲かってんじゃない」

「げ、母さん! 何で此処に……」



 大量のビニール袋、屋台の物を買ったであろう母さんが現れる。



「何でって、老い先短い人生、楽しまないと損じゃない?」

「あー、そうですか。1つ150円になりまーす」

「ま、まさかアンタ……母親から巻き上げるつまり!?」

「当たり前だろ。母親の前に客だからな(?)」



 俺は自分で意味不明な事を言いつつも、凪さんの手伝いを行いながらも母さんの相手をする。



「哲平、アンタ……」

「買わないなら帰ってくれよ? 後ろにもまだ一杯お客さん並んでんだから」

「ーーえぇ。じゃあ1つお願い」

「分かった。150円ね」



 俺はカウンターの下からソフトクリームを取り出すと、母さんに手渡す。



「それにしても哲平……隣の子、誰? 比奈ちゃんじゃないわよね?」

「あー……最近仕事を手伝ってくれてる凪さん」

「へー……比奈ちゃん以外にも従業員が居るのね」



 母さんは凪さんをじっ……と見つめている。


 だから、客詰まってるんだって……。



「母さん」

「あ、ごめんあそばせ。それじゃあ帰るわね」

「ん、気を付けて」

「そっちもね。あ、あとメマちゃんは何処に居るのよ? 母さんの目的である、メマちゃんをさっきから探してるんだけど見つからなくて……」



 メマ目当て並んでたのか。暇かよ。



「メマならあっち。子供の集団が居るだろ」

「メマちゃーん!! おばーちゃんが来たよーっ!!」



 ……何か一気に疲れたな。



 __________




「………前までは死んだ魚みたいな目してたのに、今では随分楽しそうねぇ」



 視線の先には、哲平が一生懸命、笑顔で接客している。


 あの子があんな元気だったのは、随分昔。

 元気が無くなったのは……そう。あの人が居なくなった時から……。上の2人もそれを追う様に大学を卒業して、そのまま都会で就職。家に残されたのは私とお義父さん、そして哲平だけだった。


 あの子は人1倍、面倒くさがり。だけどそれ以上に優しい子。



 多分。工場に勤めた理由も、人間関係が面倒くさいから。店を開きたいと言えば、私とお義父さんに負担が掛かってしまうと思ってた事。その2つを気にしてたんだと思う。


 工場に勤めている間、あの子は何とも思ってなかったみたいだけど、私とお義父さんはずっと心苦しかった。


 私達があの子に足枷になってるんじゃないかって……。


 でも、結局はどうする事も出来なかった。




 そんな先日、お義父さんが亡くなった。

 前々から体調は崩していた。けど、皆んなにそれを悟らせない様に、心配させない様に過ごしていた。



 お義父さんは、2人きりで縁側に居る時、ふと私に言った。



『哲平に、後悔させない道を歩ませてやってくれ』



 お義父さんは、勘の鋭い人だった。気も利くし、人望も厚く、何より哲平を愛していた……まぁ、私には負けてたけど。


 ーーもしかしたら、お義父さんはいずれこうなる事を予想していたのかも。今となっては分からないけど。




 私は大きく深呼吸をした。



 この祭りに来たのも、哲平が小さな時以来でとても懐かしい。



 お義父さん、哲平の事見守って下さいね?



 私は心の中で、そうお願いするのだった。

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