第14話 お礼というには安すぎますが

 スライムがウチの庭に住み着いて2日後。

 俺の畑の隣にはカフェの外装……ではなく内装に合いそうな、赤い屋根で素朴な木の小屋が建てられていた。



「これでどうよ?」

「いい感じ、ありがとう」


 ンモ〜〜〜ッ



 俺と牛の反応に、隣にいる源さんは嬉しげに鼻を擦った。



 自分が言うのも烏滸がましいが、本当に良い出来だと思う。この飼育小屋は。


 普通よりも2回りぐらい大きい牛が住むのに適した広さ、その中には所々寝ワラ等といった心遣いも見て取れる。



「流石天才だね」

「はっ! あたぼうよ!」

「それで? トイレ小屋ももう作ったんだよね?」

「あぁ! だが哲平よ……本当にアレで良かったのか?」



 源さんは苦笑いしながら頭を掻いた。

 ま、あの頼みは普通だったらビックリするよな。



「うん。アレで良いよ」




 俺は源さんと共に店の裏へと向かった。



 そこにはこじんまりとした小屋があった。

 扉を開けると、丁度人2人が寝転がれそうな広さでトイレの便座があった。



 それも、簡易的なトイレだ。



「下の方は?」

「頼み通り、空洞にしといたが……本当に大丈夫か? ただの空洞のままだから臭いが大変なことになるぞ。しかもあの不透明な石がいくら掘っても出て来てな……岩盤の強度も心配だ」



 臭いの問題なら大丈夫、ウチにはエースがいるからな。空洞って言ってもトイレの敷地よりはデカくないし、頼んだのはエースが入れるぐらいの1㎥ぐらいの大きさ。問題はないだろう。後で、源さんにはエースを紹介しておこう。いつもお世話になってるし。



「こっちにも色々考えがあってね」

「そうか。ならいいんだが……哲平よ?」

「ん?どうしたの?」



 源さんは少し腰を低くしながら、話し掛けて来る。



「今日は少しお願いがあってな?」

「お願い? メマが欲しいってお願い以外なら良いけど」

「そんなんじゃねぇよ!! ……まぁ、その、なんだ。嫌なら断ってくれても良いんだが、枝豆を少し分けて欲しいんだ」



 そう言って源さんは頭を下げて来る。


 随分一生懸命だけどーー



「……それだけ?」

「そ、それだけってお前!あの枝豆はお前らが夢中になる程のもんなんだろ!? それを孫同然の哲平、曾孫同然のメマちゃんから奪っちまうのは……」



 はっきり言う。



「孫バカか」



 俺が源さんにやって貰ってる事は枝豆以上の価値がある。

 今回、作っている所を初めて間近で見たが、源さんは現役復帰した方が良いんじゃないかと思えるレベルで凄い。

 源さんの動きが特段速いという訳ではない。まぁ、79歳と言う歳をしたら速いのだが、無駄がないと言った方がしっくりくるだろうか。木材を切るにしても釘を打つにしても、何と言うか綺麗なのだ。



「いつでもあげるよ、別に」

「本当か!? 孫バカと言われるのは心外だが」

「メマに聞いてみれば良いよ。今畑のお世話はほぼメマがやってるし」



 俺は畑の世話をやっているであろうメマの元に、源さんを連れて行くのだった。






 畑に行くと、メマは丁度枝豆の収穫を行っていた。



「メマー、ちょっといいかー」

「はーい!」



 メマは返事をすると、こちらに向かってくる。

 メマの今の服装は、俺の小さな頃の体操着に、軍手に麦わら帽子を被っている。いやー、ハーフの子がこういう和の服装をしている時って悪くないよな。



「あ、源おじーちゃん! こんにちは!!」



 源さんに気付いたメマは、汗を額から流しながら元気に挨拶をする。それに源さんはにっこりと笑い、メマの前髪を耳に掛けながらしゃがみ込む。その姿は、最初の初対面の時とは考えられない、本当の家族のようだ。



「こんにちは、メマちゃん」

「きょうはなにしにきたのー?」

「小屋を建ててたんだ、朝から居たんだけど気づかなかったかい?」

「えー!? ほんとうに!?」



 それにメマは大きく目を見開いた。

 メマが起きたのは、源さんが来て数時間後だ。その頃にはあらかた建て終わっていて気付かなかったのだろう。



「ほら、あそこに見えるだろ? あそこが牛の小屋。店の後ろ側にはぷるぷるの小屋も出来たんだぞ」



 俺が言うと、背が低いメマの為に源さんはメマを抱き上げる。



「あー! ほんとうだ!! すごいね!!」

「後でメマちゃんの家も作ってあげるからな」



 それはちょっと拙いかも。メマは俺の本当の……いや、今は言わなくていいか。

 俺が見守っている中。2人の会話は進み、源さんは本題を切り出す。



「そこでメマちゃんにお願いなんだが……」

「おねがい!? なになに!?」



 実家で魔法少女のアニメにハマってるメマは、お願い事をされるとテンションが上がる。畑のお世話も、自ら『1人でやりたい!』と言って俺のお手伝いをしてくれている。



「実は枝豆を譲って欲しいんだ」

「あー……うーん……」



 しかし、源さんが言うとメマは途端に表情を曇らせ、目を閉じて腕を組んだ。


 お、ダメなのか。意外だ。



「だ、ダメか」



 源さんの残念さが、体に表れていた。


 しょうがない。ここは少し手助けをするか。

 そう思い、俺は咳ばらいを1つする。



「……源さんには色々お世話になってるしなー、前にメマが遊んでた竹とんぼだって源さんが作ってくれたやつなんだけどなー」



 そう言うと、メマは分かりやすく体をピクッとさせる。

 メマは数秒考えた後、目を開いた。



「げ、源おじーちゃんにだけ! とくべつだよ!!」



 そう言って、メマは源さんの手を引いて畑へと向かうのだった。


 いやー、後でちゃんとお礼しないとなー。




 __________




 その夜。とある和を基調とした旅館の建物の一角にて。

 ある男が襖を開けると、そこには3人の人物が仲睦まじそうに酒を嗜んでいた。



「源! やっと来たか!!」

「ちょっと、遅いわよ」

「これは食材代奢りですね」

「まぁ色々あってな、これやるからよ! 許してくれや!」



 襖を開けた男、源はビニール袋を女性へと手渡す。



「何よこれ?」

「枝豆だ。美味しく茹でてくれよ! 天才料理人!」

「はぁ、会って早々……まぁ良いけど。ちょっと待ってて」



 老齢な美魔女と言えそうな彼女は、ビニール袋を持って部屋から出る。



「おうおう!! 天才衆再集結だな!!」

「何年振りですか?」

「あー、大体10数年ぶりじゃないか? まさかこの年になってまたお前らに会えるとは思わなかった」



 ダンディズムを魅せる男は笑い、源は遅刻して来た様子を見せずに豪快に隣に座った。そんな源に、男はお猪口を差し出す。



「後飲んでないのはお前だけだぞ」

「早くして下さい」

「って、まだアイツが……」

「待たせたわね」



 袖を上げて彼女は戻って来る。



「取り合えずは茹でてきたから。さ、改めてやりましょう」



 そう言って彼女はコップを持った。



「じゃ! 改めてかんぱーい!!」

「乾杯」

「遅れて来た分際で……乾杯」

「乾杯です」



 それから酒も進み、話が自分の体調、世の中はどうなって行くのかという暗い話に進みながらも、源が取った枝豆に塩が振られ出て来る。



「お! やっと出て来たか!!」

「源の所の豆か」

「ま、こいつのなんて高が知れてるけどね」

「ありがたく頂きますね」



 そしてーー……



「……美味すぎるな」

「……」

「まさか無言で食べ進めてしまうとは思いませんでした」



 3人は空になった器を見ながら、唖然としていた。



「ねぇ、これ……良かったらウチで卸して貰えないかしら?」



 彼女は源に問い掛ける。しかしーー



「残念だが、その許可を取る相手は俺じゃねぇんだよな~」



 源は得意げに鼻の下を指で擦った。



「ま、俺の地元に出来たカフェで恐らく食べられるんだがな?」

「「「カフェ?」」」



 酒が入り、饒舌になった源はペラペラと哲平が作った喫茶店 KIROについて話すのだった。

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