第26話 「あなたの一番の味方でありたい」
部屋中にドライアイスでもまき散らしたのかと錯覚するほど、部室内の気温が下がったような気がする。
「人が嫌がることをしてはいけないのですよ?」
「おおっと、唐突に尿意が! 俺ちょっとトイレ行ってくるわ!」
机の上にカメラを置いて、部室から出て行った。
「はい、透くん」
舞ちゃんは置いてけぼりになったカメラを差し出した。
「ありがとう」
「凄い焦りようでしたね。そんなに見られたら困るものでもあったのですか?」
「そういうわけじゃないよ⁉」
「てっきりデレデレしているところを知られたくない、とかかと思ったのですが」
恐ろしいくらいに当たっている。
え、何、これも女の勘ってやつ?
もはや勘を通り越して超能力の類でしょ、僕も欲しいくらいだよ。
「そ、そういえばさ。ちょっと先輩に相談されたんだけど、舞ちゃんの意見も聞いていい?」
僕は話題を逸らすべく、引っかかっていたことを口にする。
「もちろんなのです」
「深瀬先輩が『ある人』に助けてもらったんだって。でもその『ある人』は先輩を助けた覚えがないんだって。どう思う?」
さすがに『ある人』が僕だとは言えなかった……あれ、今さら格好付ける必要ないか?
僕よりも僕のことに関して鋭い舞ちゃんには、ちっぽけなプライドなんて見透かされていそうだ。
それなら、さっさとつまらない見栄を捨て去ってしまった方が良い。
「ちなみに『ある人』って僕なんだ」
「自分から白状するのですね」
「舞ちゃん相手だとバレてるかなって」
「わたしはエスパーじゃないのですよ?」
くすくすと口元を手で押さえて、舞ちゃんは笑う。ポニーテールが小刻みに左右に揺れた。
あれ、そこまでは分かっていなかったんだ。
これじゃあ、ただ僕が自意識過剰ヤローだって言ったようなもんだ。もしくは大事なことを忘れる薄情男……いや、こういう考えはもうやめよう。
自分を守ろうとするのは、もう終わりにしよう。情けなくても、格好良くなくても、背伸びしてでも頑張ろう。
先輩の夢を叶えるって決めたじゃないか。
「舞ちゃんはどう思う? 僕は一切の覚えがないんだけど……」
「うーん……わたしは深瀬さんでも、透くんでもないから難しいのですけど……」
「そうだね、ごめん」
「いえ、お役に立てず申し訳ないのです」
舞ちゃんは、しょんぼりとした表情をする。ポニーテールも元気がなさそうに垂れ下がる。
「でも、わたしが何か言えるとしたら、案外小さいことでも、された側は覚えているのです」
何かを思い出すかのように、一文字一文字丁寧に口にしていた。
「そういうものなのかな」
舞ちゃんが素敵な意見を出してくれたことは分かるけれど、いまいちピンと来てない自分がいた。
僕が気にかけていないからなんだろうけれど……
「お兄ちゃんとわたしが良い例なのです。わたしはお兄ちゃんの求愛を受ける側なのでウザいと思うのですが、やってる側は懲りてないのです。それどころか悪化するのです」
「あー、なるほど」
端から見たらマシになってるように思えるけど、そういうわけでもないのかな?
「良いことも悪いことも、全部が積み重なっていくのですよ」
「舞ちゃんが言うと説得力が違うね」
積み重ねかぁ。
僕は重ねられるくらい何か継続したことがあるだろうか。
勉強とか部活以外で人に言える物事はあるだろうか。
ヒーローと呼んでくれるようなことをしたことはあるのだろうか。
深瀬先輩はヒーローって言ってくれたけど、そんな自覚は一ミリもない。
僕は意識して先輩を助けたい。自他ともに認めるヒーローになりたい。でも、自分の気持ちを隠したりなんかしない。
「透くん、頑張ってくださいね」
「何を?」
「告白、するんでしょう?」
確信している顔だった。
まさかこんな質問までしておいて、告白しないなんてことないですよね? って言葉の裏に隠されてそうな声色。
舞ちゃんには敵わないなぁ。勘の鋭さもさることながら、僕より僕のこと詳しいんじゃないのって思うくらいの洞察力。
僕が舞ちゃんくらい人の変化に敏感だったら、もっと先輩の上手くいってるんじゃないかって思っちゃうくらい。
「うん、するよ」
「……本当ですか?」
「舞ちゃんのおかげで勇気が出たよ」
「それなら良かったのです」
舞ちゃんは首を少しだけ左に傾けて表情を綻ばせた。
「成功したら、いくらでも惚気てほしいのです。失敗したら、いくらでも慰めるのです。どっちに転んだって、透くんの味方でいますから」
「ありがとう」
「わたしは可愛くて理想的な後輩なのですよ」
誇らしげな顔をして胸を張りながら言った。
この頼りになる可愛い女の子にどれだけ救われているのか分かるのは、何を積み重ねてくれていたのか気が付くのは、もう少しだけ先になる。
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