第11話 ダメだよ、ダメ

「柊木、これも美味しい! ふふっ、柊木の料理、全部美味しいよ! 本当に最高だよ、柊木の作るご飯は!」


「そ、そっか……んっ、あっ、日向……んんっ」


「……本当に大丈夫? 大丈夫か、柊木?」


「うん、大丈夫……大丈夫、日向……ハァハァ」

 ―全然大丈夫じゃない、身体が本当におかしい……もうダメだ、自分の身体じゃないみたいに、コントロールも、何も……ハァハァハァハァ……



 ☆


「柊木、ちょっと歩かない? 外、今なら涼しいし。雨も降ってないしさ、腹ごなしに少し散歩しない?」

 柊木の美味しい料理を食べてのんびりして夜もいい時間。

 柊木のお母さんに「告白するなら今! 頑張ってこい!」っとこっそり耳打ちされた俺は、告白のための最後の覚悟を決めて、洗い物を終えてソファでテレビを見る柊木に声をかける。


「ハァハァ……え? お、お散歩? ひな……さ、鮫島と? い、良いけど……な、何で? 何で急にお散歩?」


「腹ごなしって言ったでしょ。それに身体も少し熱くなってるから、ひんやりしたいし。あ、あと星の復習もしなきゃだね! 柊木が昨日教えたお星さま、どれくらい覚えてるか復讐もしたいし!」


「え、あ、復習……日向と二人、星空の下、あんっ……でも、身体冷やして、お外ならきっと……それに、私も日向と一緒にお出かけ……んっ、んんっ! にゃん、にゃにゃん! わ、わかった! つ、ついてく! わ、私、その……ひ、日向についていきましゅ! で、でもその前にじゅ、準備! 準備させて!」

 ぼそぼそごそごそ、何かを考えるように早口の小さな声で呟いていた柊木だけど、ポンとその柔らかい胸を打つと、ぎこがこどこかぎこちない歩き方で、準備をするために部屋に向かう。


「ふ~、一旦行けた……お、お母さん、亜理紗さん大丈夫ですかね?」

 その挙動が少しだけ心配だった。

 いつもならノリノリで散歩についてくるのに。それにあんな独り言言う事も、変な歩き方で歩き出すことも……とにかく、ちょっと心配になる。

 何だかいつもの柊木じゃないみたいで、ちょっとこっちまで心配になってしまう。


 そう言うと、お母さんはう~ん、と首を捻りながら、

「う~ん、そうだねぇ、確かに変かも。でも、それをどうにかするのが、日向君の役目でしょ? ふふっ、亜理紗の事、いつでも幸せにしてくれるんでしょ?」


「……そうでしたね! 頑張ります、俺!」

 そうだ、柊木がいつもと違っても、俺がいつも通りにすれば良いんだ。

 俺がいつも通りにして、それで……うん、そうだ! ありがとうございます、お母さん! やっぱり俺頑張ります!!!


「ま、それにしても今日の亜理紗は……こほん。うん、頑張れ日向君! 大丈夫だよ、日向君なら!」


「ふふっ、本当にありがとうございます、お母さん! それじゃ、俺……あ」


「お、おまたせ……いこっか、鮫島」

 そんな決意表明を柊木のお母さんにしていると、ガチャっと近くの部屋が開く音と一緒に柊木がひょこっと出てくる。


 いつもとは印象の違う、ガーリーで可愛い服に着替えて……ふふっ、何か緊張してきた、柊木のこんな可愛い姿見てると。

 やっぱり柊木の事大好きだから、俺……でも、やらないと。お母さんにも約束したし、それに俺自身もしたいから。柊木に気持ち、伝えたいから。


「ううん、待ってないよ柊木。それじゃあ行こ、散歩」


「よ、良かった、えへへ……えへへ、行こ、散歩……うん、行きましょ」


「ほーい、楽しんできてね~、二人とも! えへへ、お母さんは、お家で待ってるからね!!!」


『はい、行ってきます!!』

 お母さんのエールも受けて、俺は運命に向かって歩き出す。


「ハァハァ、日向……んんっ、どうしよう、んっ……ハァハァ……」


「大丈夫、柊木?」


「隣、日向、お外……え、ひ、鮫島!? だ、大丈夫だよ! そ、その……ぜ、全然、大丈夫だから!!!」


「……本当に大丈夫?」

 隣に少し様子のおかしい、柊木を感じながら。



 ~~~


「……大丈夫かな、亜理紗? 日向君は大丈夫だし、覚悟決まってるけど……亜理紗があの様子じゃ……」

 ―あんな亜理紗、久しぶりに見た……ってより、前のお父さんが死んでからは初めてかも、あんな亜理紗。


 ―感情がぐちゃぐちゃになって、何もわからなくなって、制御できなくなって……そう言う亜理紗、久しぶりに見た。そんな色んな感情でグチャグチャの亜理紗、本当に初めてだな……それだけ大好きなんだろうけど、日向君の事。


「ふふっ、頑張れ、日向君も亜理紗も……でもちょっと心配だな、本当に」

 ―何もなければ良いんだけど、何もなくすんなり告白出来て、それで……そうなれば私としても志乃さんも嬉しいんだけど。どっちの家族にも、本人同士としてもハッピーになるんだけど。


「でも亜理紗……大丈夫かな、ホント?」



 ☆


「亜理紗、星がキレイだね。今日は雨降ってなかったから、星空がすっごく澄んで見える、すっごくキレイに見える……またちょっと曇りだしたのは心配だけど」


「う、うん……そ、そうだね」

 少し曇りだしたけど、それでも星空がキレイに煌めく夜の街を、柊木と二人で歩く。

 冷たい風が、頬を撫でる……なんか気まずいな、今の雰囲気。ちょっと明るくしたい、もっと雰囲気……そうだ!


「あ、柊木! ちょっとクイズしよ、クイズ! この前お星さまの名前教えたから、そのクイズしよう!」


「日向、私、やっぱり、ひなたぁ……あ、え、クイズ? う、うん。わかった。それじゃ、私答えるね……え、えっと。あれが夏の大三角。あの辺ポーズがわし座、その近くにへび座にへびつかい座がある、確か。そんな、感じだった気がする」


「うん、正解! よくできました! よく覚えてたね、柊木! さっすが柊木だ、パチパチ褒めてしんぜよう!」


「えへへ、ありがと、日向……んんっ、星、キレイだね……あっ、んんっ……えへへ」

 良かった、柊木が笑ってくれた。

 なんかさっきまで思いつめたような、色々考えこむような……それでいて、ちょっと嬉しそうな複雑な表情をしていたから、かなり心配だったけど、笑ってくれて嬉しい! 

 やっぱり柊木は笑顔が一番、笑顔が最高に可愛い……だからやっぱり、今日告白しよう。今日大好きって言おう。


「うぅ、日向……んんっ、ハァハァ……星、本当にキレイだね」


「ふふっ、そうだね……あ、公園! 柊木、ちょっと寄ってかない、この公園!」

 そんな決意を固めながら歩いていると、小さな公園を見つける。

 柊木の事、初めて家に呼んで、初めて二人でお泊りするきっかけになった、そんな小さな公園が。


「懐かしいな、この公園。柊木、ここの下に座って落ち込んでたな。雨に打たれて、落ち込んで……ふふっ、懐かしい」


「……そうだったね。そこを鮫島に助けてもらった。日向が私の事、拾ってくれて……えへへ、嬉しかった。あの時すごく、嬉しかったし……あの日も楽しかった。日向が私の料理、美味しく食べてくれて、お泊りして……とにかく、すごく嬉しかった。今考えれば、すごく楽しくて、最高の時間だった……んんっ、日向と一緒で、楽しかったよ」


「ふふっ、ありがと。そう言えば、あの時の柊木、今とは全然違ったな。あの時の柊木はもうちょっと暗くて、臆病で、それで……」


「む、昔の話は良いでしょ、もう!」


「アハハ、それもそうだな。他にもさ……」


「う、うん……そうだね、そんな事もあったね……あんっ……」

 二人でベンチに座って星空を眺めて、思い出話を続ける

 月が雲にかかって見えなくなってもそんな話をずっと続けて。


「日向……鮫島。あの時も楽しかった……本当に、楽しかったよ」


「俺もだよ。俺も楽しかったし、幸せだった。柊木と一緒で、すごく嬉しかった」


「あ、あうぅ、そんな……え、えへへ。わ、私も……うぅ……」

 ……そろそろ良いかな?

 雰囲気もいい感じだし、それにこれ以上話してると心地よくて逃げちゃいそうだし。告白のタイミング、逃しちゃいそうだし。

 だから覚悟、決めよう。本当にするんだ、今から……今から亜理紗に告白、するんだ。


 とんとんと胸を叩く。

 そして、亜理紗の方をまた向き直す。

「うん、楽しかった。本当に嬉しかった……それでさ、柊木。話があるんだ」


「ううっ、日向、やっぱり私……え、は、話? は、話があるって、も、もう結構話したよ? 私と鮫島、もう結構話したよ!? だ、だからさ、今日はもう、その……きょ、今日はダメ! も、もう帰ろ、今日は? ね?」


「ダメじゃない、大事な話だもん。俺と柊木の、大事な話……だから亜理紗、ちゃんと聞いて。俺の話、ちゃんと聞いてほしい」

 あわあわ焦ったように、少し強がったおどけた表情の亜理紗の顔を真剣に見つめて。

 二人の間にぽつぽつと水滴がかかる。


「ひ、ひなたぁ……だ、ダメだって……今日は、帰ろ、本当に……そ、そんな話、今する話じゃ……」


「ダメ、今しないと。大事な話なんだから、今しないと。俺と亜理紗の、大事な話なんだから……あのね、亜理紗。俺は亜理紗が……」


「うわぁぁ、ひひひ鮫島! 雨降ってきた! 早く帰らないと! 早く帰らないと、ずぶ濡れなっちゃう、帰んないと! 帰んないと、その……私、ずぶ濡れなっちゃうよ」


「んっ、これくらいの雨いつもじゃん、これくらいなら遊園地行ったときも降ってたでしょ? だから大丈夫、慣れっこだよ。だから聞いてよ、俺の大事な話。亜理紗にちゃんと、聞いてほしいから」

 降り出した雨を言い訳にして、帰ろうとする亜理紗の腕を掴む。


「だ、ダメだよ鮫島……明日学校だよ? 朝早いよ? 朝早いよ……今やっても、私、私……」


「大丈夫、こんな雨で風邪ひかない。だから亜理紗、俺の話……」


「ダメ、ダメ、帰らなきゃ……帰って、それで……私、帰らなきゃ、帰らなきゃ……今、言われたら、今は……」


「帰っちゃダメ、ちゃんと聞いてほしい! 俺の話、ちゃんと聞いてほしい!」


「ダメだよ、鮫島。ダメだよ、やめて、ダメ……ひなたぁ……」


「ダメじゃない、やめない!」

 亜理紗の震える腕を掴んで。

 逃げ出してしまいそうなその細くてか弱い腕を握って、離したくなくて。


「亜理紗、俺、亜理紗の事! 亜理紗の事、俺、俺……」


「ダメ!!! ダメだって、日向!!! もうやめて、ダメダメ日向……もう、ダメだよぉ……ひなたぁ……!!!」

 息を目いっぱい吸い込んで、亜理紗に言おうとした瞬間。

 亜理紗に俺の気持ち、全部伝えよとしたその瞬間、お腹にずぼっと当たる柔らかい感触。


「ダメ、日向、ダメ……それ以上、ダメ……おかしくなっちゃう、私……私ダメになっちゃう、おかしくなっちゃう……それ以上ダメ、ひなた……ひなたぁ……!」


「……!?」

 俺のお腹に飛びこんで、顔を埋めた亜理紗が、震える声でそう絞り出した。



 ★★★

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