第4章 第1話

 陸の生活が始まって、僕は毎日のように朝一番に学校に来て、奏と会う。

家を近くにしてよかった。

あんまり早く来すぎると学校の門が開いていなくて、時計の針が7時にならないとダメだって学校の人に追い返された。

教室を開けてもらうのも待って、誰もいない奏の席に座っている。


 海上でも浅い海の中にいても、太陽の光は感じるけど、陸の上だとその光はまた違って感じる。

空に浮かぶお日さまは、何にも変わっていないのにね。

いつも見下ろしていたゆらゆらと揺れる海藻の森の代わりに、今は頭上で知らない木の葉の裏を見上げているのも、新鮮だった。

海の海藻みたいに、色んな種類がある。

僕にはそれをただ立ち止まって見上げているだけでも楽しい。

僕は閉めきった窓を開け放つ。

外から新鮮な空気が生暖かい教室に流れ込んできた。


 その窓から見えるのは、どこまでもどこまでも人間の住む街で、これだけの沢山の数が狭いところにひしめき合っているのだから、陸の生活とは、同じ仲間と過ごす日々とは、どんなに楽しいものなんだろうかと思う。

広い海に孤独に暮らしていた自分が、もう想像出来ない。

僕はここで生まれ変わったんだ。

これからはこの世界で生きてゆく。

窓の下にやっと登校してきた奏を見つけて、思い切り手を振った。


「おーい。かなでー! おはよー」


 彼女は一瞬ビクリとして、チラッとこっちを見上げたけど、手を振り返してくれることはなく、足早に校舎へ消えた。

奏は恥ずかしがり屋さんだな。

だけどもうすぐ、僕のいるこの場所にやってくる。

他の人間たちが「寒いから早く窓閉めて」って言うから、仕方なく閉める。

僕は席へつくと、うきうきしながら彼女の到着を待っていた。

当然のように、ちゃんと迷わずすぐに僕のところへやってくる。


「おはよう、奏。今日は一緒に何する?」

「ここは私の席だからどいて」


 彼女は乱暴な物言いで、鞄の中にある本を取り出すと、がしがし机に突っ込んでゆく。


「どうしたの、奏。怒ってるの? なにかあった?」

「別に!」


 もちろん僕は、彼女に席を譲る。

だってこの席は奏の席で、だから僕もここで待ってたんだから。


「ねぇ、このあたりで一番の、奏の好きな場所を教えて。僕もそこに行ってみたい。この場所で、奏の一番のお気に入りの景色を、奏の好きなことを僕に見せて」

「そんなことして、どうすんの?」

「僕も好きになりたいから」


「あのさぁ!」


 彼女は作業の終わったらしい鞄を、ドカリと机の上に置いた。


「今日も明日も明後日も、もうずっと学校にいる間は、普通にしっかり授業を受けて、普通に部活よ。筋トレ。あんたも入部したんだったら、ちゃんと行かないとね」

「奏と一緒なら、どこへでも行くよ。いつでも、どこにでも」


 他のみんなは、やっぱり僕たちを見てくすくす笑っている。

どうしてそんなに笑うんだろう。

笑うことは好きだけど、ここの人間の笑い方はなんだか好きにはなれない。

きっと距離が近すぎるんだ。

海にはもちろん、僕以外にも人魚の仲間はいたけど、こんな身近でくっつき合って、ずっと同じ時間を過ごすことはあまりないから、それがうれしくもあり、ちょっと窮屈な気分にもなる。


「ねぇ、なんでみんなは、笑ってるの?」

「さぁ、なんでだろ」

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