第4話

 あの瞬間、僕の世界はひっくり返ったんだ。

長い間暮らしてきた大好きな海を、生まれて初めて、本気で出ようと思った。

この衝撃と共にいられるのなら、どこにだって行けるし、何にでもなれる。


「僕は本当に、奏が好きなんだよ」


 そう言ったのに、長い髪の女の子は眉間にしわを寄せ、岸田くんは盛大に白く息を吐き出した。


「だってよ奏」

「つーか、答えになってないし」

「どうすんの、コイツ」

「私にそんなこと聞かれても困る」


 岸田くんと黄色い長い髪の女の子につつかれて、奏はスッと一歩前に進み出る。

僕と同じ真っ黒いくるくるした髪と目で、真っ直ぐに僕を見つめた。


「私は宮野くんのこと知らないし、今日初めて会ったばっかりで全然どんな人か分かんないし。悪いけど、正直ちょっと迷惑してる」

「それは今から、仲良くなるから大丈夫」


 僕は外灯に照らされたくるくるした短い黒い髪を、指に巻いて引っ張ってみたいのをずっと我慢してる。


「奏は僕と、仲良しにはなってくれないの?」


 今日一日はなんか何にも出来なかったけど、明日からはもう大丈夫。

今日は奏に会えただけでよかったんだ。

僕たちはこれからお互いを好きになる。

それなのに彼女は、首に長いふわふわしたものを巻き付けたまま、困ったようにうつむいた。


「そ、それは大丈夫だと思う。仲良くはするよ」

「ふふ。じゃあよかった。これからよろしくね」


 奏はかわいい。

なんかずっと彼女が顔を真っ赤にしてもじもじしてるのを、いつまでも見ていたい。


「ねぇ、もう帰ろう?」


 黄色い長い髪の子は、うんざりした様子で岸田くんの袖を引いた。


「ねぇ岸田くん。悪いけど、奏と一緒に駅まで行ってくれる?」

「いいよ。どうせ俺もそっちだし」


 岸田くんが歩き出すと、奏ともう一人の子も歩き出す。

校門まではついていったけど、僕の家とは方向が違うみたいだ。

残念。


「じゃあまた明日! 学校でね!」


 本当はずっと一緒にいたいけど、さすがにそれは無理だよね。

だけどまた明日も学校で会える仕組みなのは、とても便利だ。

広い海の中みたいに、探しにいかなくてもいいから。


 僕は精一杯の笑顔で、大きく手を振った。

三人はちらりとこちらを振り返っただけで、そのまま明るく照らされた道を行ってしまう。

人間は目もあまりよくないっていう話しだから、見えなかったのかな。

もう外は真っ暗だし。

僕はまだこの世界のことも、人間のことも分かってないんだから、仕方がない。

まだ始まったばかりだ。

僕は彼らの姿が見えなくなるまでそこで見送ると、与えられた陸の家に戻った。

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