第13話 steam gear エピローグ


 小麦畑が広がってその穂が風に大きく一斉に揺れ動く。

 なんとも小気味良く、毎日見ているはずの光景ですのに飽きないのは何故でしょうか。

 偶に小石に跳ね上がる馬車の中で永遠とも思える時間をそこに当てていました。

 何と言いますか、あんな事があったのに酷く心が落ち着いています。

「主人様」

「ん?」

 話し掛けると号外に目を通していた主人様に返事を頂けます。

「私は……随分と恵まれているのですね」

「何だ藪から棒に」

 主人様に向き直すと号外を畳んで隣に置きました。

「カルファリエルと戦って心底身に染みました。私は主人様達に手を取って頂けましたが、彼に伸ばした者はきっと血に塗れていた。それが今回の結末を生んでしまったのです」

 だからこそ今、私はこの幸せを噛み締めている。

 いえ噛み締めなければならないと言った感じですかね。

「謎の第三者……か」

「はい。……彼はその口で示唆する言葉を放っていましたね」

 『彼奴の言った言葉が真に理解出来る』。これは疑う余地も無く協力者が居たと自ら吐露した言葉。

 その人物がカルファリエルに何をしたのか分かりませんが、ただ確かなのは、あそこまでの悪意の発露に繋がる力をその人が与えたという事。

 物質的にもそうでしょうし精神的な面は確定として良い。

 誰かも知れないですが、彼の後ろにあるものは悪意を広げようとする意思を感じます。

 もしまた不幸という溜池に石を投げ入れる様な事をするのなら……。

 今回と類似した騒動は続くのでしょうね。

「なぁヴェロニカ」

「なんでしょうか?」

「……申し訳なかった」

 そう言って主人様は両膝に腕を立てて私に頭を垂れました。

「何故そんな……頭を上げて下さい!」

 私は固まって何が起きているのか理解すると、一転背筋が凍るままにそう放ちました。

「見通しが甘かった。ただの強盗だと決めつけて完全に排除しきれないそれ以外の可能性を突っぱねた。その結果被害者を出し、最後カルファリエルに辿り着けたのは殆ど運と言っても差し支えない。……ヴェロニカ、お前をそんな姿にさせてしまった」

 主人様は顔を上げる事なく言いました。

 あぁ、そうか、そうですよね。主人様も同じく自分の不甲斐無さに心を傷めている。

 私を戦わせて、マグナリンクを使わせてしまった事に罪悪感を持っているのですね。

「……それを言うのなら、私もカルファリエルの死を止められませんでした。あの逃げ方だけはさせてはならなかったのに」

 最大の目的はコアの回収であったとしても、そのいざこざを起こした彼に生きて罪を償わせるのは責務でした。

 こちらの防犯が足りず呼び寄せた事態であるのに当の本人を死に至らしめた。

 自分の役割を結局何も出来ていないのです。

「決めていたのだろうな。上手くいかなかった後死のうと」

 主人様はやっと頭を上げて落ち込む表情の小さく言います。

「私も失敗したのです。だから謝らないで下さい……。一緒に受け止めて責任を果たしましょう」

 私は主人様の手を取ります。

 温もりも感触も分かりませんが、その分心を理解して行きたい。

「ヴェロニカが英雄的扱いに殉じる様に。……俺には俺のやり方でか」

「先代様が生きて居られたらきっと、そこを重要視される筈ですから」

「はは。父さんならそうだな。……次はもっと上手くやる。そう出来るように努力するよ」

 主人様は胸元から、回収したコアを取り出して見つめます。

「私も……もっと頑張ります」

 こうして今一度、私と主人様は決意を新たにするのでした。




⭐︎⭐︎⭐︎




 あれから一週間経ちまして、私と主人様はテーブルに突っ伏していました。

「はぁぁ。疲れました……」

「俺も……疲れた……」

 なんともハードな今週に、気力を根こそぎ奪い尽くされました。

 不意にカップが私と主人様の隣に置かれます。

「お二人とも大変だったね」

 お茶の良い香り。

 アルベルトさんが入れてくださったのですね。

 何とか重い体を押し上げてお茶を流し込みます。

 この一週間私は警察に呼ばれる度に一から同じ事を説明し、エマニエルさんの会見にも何故か顔を出し、そして記者と野次馬に袋詰めに合っていました。

 結局本庁には二.三回どころか丸々呼び出されて、その度にエマニエルの小言と助け舟に入って下さるリードキンさんの二人が私の精神を削りました。

 それでも一番大変だったのが……私にファンが出来た事です。

 握手を求められ行く先々に着いて回り、イエティ様に会おうとスラムの場所ですら後ろにその人達がいました。

 今日をもってやっと、それが落ち着きます。

 主人様はと言うと、まず今回の被害に遭われた方の治療費を丸々負担したそうです。

 イエティ様に会いに行くついでにそのお金を持たされ、中は見ていませんが重さからかなりの金額とお見受けしました。

 ……きっと私がイエティ様を気に入っているのを察して取り計らってくれた事でもあるのでしょうね。

 渡す時には要らない貰って下さいの押し問答があり、無理矢理押し付けて来ました。

 次に会うのはちょっと怖いですね。

 そして家屋の修繕の計らいや亡くなった二人の葬儀や墓を建てたり住む人へと補填をし、スチームギアの無料診断の場をきちんと許可を得た上で行ったり、忙しさで言えば私以上にてんてこ舞いだったのが主人様です。

 最早お茶に手を伸ばす力も残っていないようで、無言にて動きません。

 そんな主人様を見つつ、私は一つ悩みが無くなりました。

「アルベルトさん。私少し分かった気がします」

「おや、この前相談した悩みの事かい?」

「なんだ、それは」

 芋虫のように主人様は顔を上げます。

「あははは。実は……」

 この前洗濯物をしていた時の話をします。

「……はぁぁぁぁぁ」

 吐瀉物が飛び出るのではと思うほど深い溜息を漏らしました。

「これまた深いですね」

「それもそうだろう。……そんな情け無い事で悩んでいたとはな。アルベルトの言う通りだ。ヴェロニカを連れ歩くリスクなんて当に勘定へ入れていたさ」

「面目ありません」

 語気の強い主人様のお言葉。元の元気なお姿に戻って私は嬉しいです。

「因みにどんな考えに昇華させたのか訊いてもいいかい?」

 アルベルトさんが言いました。

「はい。もし迷惑をかけてしまうのなら、それ以上に主人様へ貢献出来れば良いのだと。それだけの単純な話でした」

 減ってしまったのなら足せば良い。

 足した事が減ってしまうのは……まぁ、見なかった事にしましょう。

「全く、紅鉄の花嫁の名が泣くぞ」

 ルビーブライド。散々大声で呼ばれ続けたのですが、未だ背筋がこそばゆくなります。

「……やっぱりまだ慣れませんねそのあだ名は」

 余りにも名前負けが過ぎますよ。

「格好いいだろ。な? アルベルト」

「全くもってその通りでございます。私にもそういった名前が欲しいですよ」

「行動が伴っていなければハリボテでしかないだろう」

「ぐうの音も出ませんね」

 ハリボテ……。

 私はその言葉で、何故か急にカルファリエルの最後の言葉を思い出します。

 根が腐っている。無自覚--。

 あの人が私と相対して何を感じたのかは最早知ること叶いません。

 それでも私の心に引っ掛かりがあるのも真実でした。

「ヴェロニカ? どうした」

「あ、いえ何でもありません」

 ……悩んでも解決する事柄では無いですね。

 まるでタイミングを見計らったかの様に、唐突に呼び鈴が遠くから聞こえました。

「どなたか訪ねてらっしゃいましたね」

 私がそう言うと唸り声を上げながら主人様が立ちます。

「きっとエマニエル殿だ。……これで本当最後の仕事だ。行くぞヴェロニカ」

「お供致します」

 そうして私は、何時もの通り慣れ親しんだ主人様の背中を眺めながら着いて行くのでした。

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steam gear 杉花粉 @sugi-kahun

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