第12話 steam gear ⑫


「……それで最後、搭乗者は自ら自分の命を絶ったと」

「はい。これが事の顛末でございます」

 とある一室内にて私は女性の警務官の方から取り調べを受けておりました。

 一日拘束が続いて流石にただの鉄塊と化した片腕を維持するのに難儀する頃合いとなりました。

 警務官は怪訝そうな顔つきのまま何かの書類を書き記しているようです。

「貴方方があの男を追っていたのと、今回の事件は関連性があると思うのですがねぇ……まぁ、被害に遭われてますし主導していたとは考えませんが」

 関連……はありますね。コアの事で。

 私はあれから何とかコアを回収し主人様に預ける事に成功致しました。

 その事情を伏せながら辻褄を合わせるのは些か大変でしたが。

「あの、これから私はどうなるのでしょうか」

「街の方では怪我を負った方はいても死人は出ておりませんからね。メタルスラグ家の使用人である貴女の保護者が現れたら引き渡して終わりですよ」

「でもスラムの方では……」

 拍子抜けしましたが、それでも無惨にも亡くなられた方が出たのは変えようのない事実です。

 このまま帰って良しではどうにも納得出来ません。

 警務官は頬杖を付きます。

「身元すら不明な者が一人二人死んだ所で何にもならない。というのが一日で出した結論です。加害者当人が生きていたなら一切を含めてその人が刑罰の対象になりましたがね。……スチームギアを纏う者はこれ国家における治安維持に至る責任を負う場合がある。それを全うしたという事となります」

「そうですか……」

「複数の証言からもそれは裏付けられていますから。まぁ、二.三顔を出して頂くとは思いますが」

 私の様子に気遣った言葉なのは直ぐに分かりました。

 スラムの住民達は居ないも同然なのですね。

 彼等だって生きているし感じるものも同じ人間なのですから変わりませんのに。

 命を絶ったカルファリエルも、亡くなられた方もそうです。

 ……誰も祈らないのならせめて私達が弔いをしなければなりませんね。

 項垂れているとノック音が耳に入りました。

「はい。どうぞ」

 警務官はそう言うと扉が開きます。

「失礼します。身元引受人の方が来られたので、案内に」

「分かりました。後はこちらで」

「はい」

 訪ねた方が横に引くと見知った姿が現れます。

「ボロボロだなヴェロニカ」

「主人様。面目ありません」

「気にするな、早く修理してしまおう。……それで、この子の進退はどうなるのだろうか」

 主人様はそう投げかけます。

「このまま帰って頂いて結構ですよ。災難でしたね今回は」

「まさか、ただの泥棒の為にこんな大事となるとは思ってもみませんでしたよ」

「盗まれた物だと確証がある物でしたら、捜査が済んだ後お返し致しますが」

「いや、スラムの店に売られていたらしいのだが、これまた誰かが買って行ってしまったらしいのでな。行方不明だ」

「そうですか、それは残念でしたね。遺失物の届出なら五番窓口で行ってますので」

「物自体はそんなに価値のある物ではないし、まぁ構わないさ。今回のヴェロニカの活躍に比べたらお釣りはある」

「違いないです。……ヴェロニカ・サベージさん。貴女暫くはこの街の英雄ですよ」

 笑みを浮かべてそう言いました。

 私はこの二人が何を話しているのかまるで見当が付きません。

「どういう事ですか?」

「表に出れば分かりますよ」

 結局直接的な事は教えて頂けず、しこりが残るままに部屋を出ます。

 モヤモヤしますね。一体私が居ない間に何があったのやら。

 覚束ない足取りで主人様の肩を借りながら進んでいると。

「人間万事塞翁が馬とは良く言うな。まぁ、色々と複雑ではあるが……」

「???」

 これまた含みのある言葉を放って尚更私を悩ませるのでした。

 暫く歩くと見覚えのあるロビーに着きました。

 前に来た時と相も変わらず空気はとても淀んでいて、体調が芳しくない現在酷く気持ち悪さを感じます。

 そんな中出入り口の辺りで腕を組む方に目が向きました。

「あっイエティ様。来て下さったのですね」

 私が声を掛けると慈しみを孕んだ様な落ち着く笑顔します。

「当たり前だよ。背中を押した手前顔を出さないのはナンセンスさ。……怪我とかさせられていない?」

「大丈夫です。ギアが少し壊れてしまったのは悲しいですが……」

 主人様が「少しね」と意地の悪さを感じる相槌を打ちます。

 動かない方の腕に関しましては何の申し開きも出来ませんね。

 その状態をイエティ様に見せます。

「それも勲章だよ。早く直して貰うといい」

 優しいお言葉ですね。

「おーい! アインコオル!」

 談笑していると主人様を呼ぶ声が。

 これは、リードキンさんですね。  

 私達が通った道を駆けつけて、目前に着くと荒れた息を整えています。

「今忙しいだろうに見送りに来てくれたのか」

 主人様がそう言いました。

「合間を縫ってな。本当大変だぜ、スラムの大規模な傷害に加えて銀行強盗の処理。後者に至っては未遂で済んだけどな。課長も大慌てに声明の段取りを組んでいるよ」

 エマニエルさんも大変そうですね。

「本当に帰ってしまって良いのでしょうか……」

「また来てくれと言われただろ? それに今拘束し続けるのは得策じゃないと判断したんだ」

 何か不都合があるみたいですね、今私が此処にいる事が。

「成程。世論を誘導させるのか」

 主人様がそう言いました。

「暴走する巨人を制した聖なる紅鉄の花嫁ルビーブライド。この八面六臂の大活躍に夢中になってもらう必要があるのさ」

「まさか英雄というのは……」

 私はこの発言で一つ合点が行き、主人様に目配せをすると黙って頷きます。

「半ばで防いで大捕物を街中でやってしまったからな……それに、人を守った所をバッチリ撮られている」

 ああああぁぁぁ……。だから警務官の方はあんな言葉を最後に残したのですね。

 相手をするのに手一杯で周りがどんな動きをしているだとかは目にも入りませんでしたが、きっとその中に記者の方が居て撮られてしまった。

 そういう事なのでしょうね……。

「ルビーブライド。名付けのセンスに嫉妬するぜ。ほら、後でこれ読んでみな」

「あ、ありがとうございます……」

 号外を頂くとこれ見よがしにでかでかと戦闘中の私の写真が飛び込んで来ます。

 私にどんな役割を求めているのか分かりますがそれでも……。額に手を打ちました。

 恥ずかしく顔を上げられません……。

「ヴェロニカちゃんに道化を演じさせるのかい? 本当にいけすかないね」

 黙って見ていたイエティ様は不機嫌そうに喋りました。

「ごめんな。でも頼る他ないんだよ。まだまだ俺達は過渡期に居て全てを賄うにはあまりにも足りないものが多い。仮初で容易く吹き飛んでしまうものでも、それを守らなければもっと不幸な人達を生み出してしまう。だから情け無いが力を貸してほしい」

 リードキンさんは頭を下げました。

 悩むまでもありません。

「別に構いませんよ」

 そう答えます。

「即決か……」

「だって主人様ならそうしますから」

「まぁ……そうだが……」

 主人様がなさるのなら私もそれに倣らうというのが道理です。

 勿論嫌々という訳ではなく理由はあります。

「戦っている時の言葉は他の人にも聞かれてしまっていますよね。主人様達はその場にいなかったから分からないと思いますが、相対した者の、カルファリエルの言葉には心に響く力がありました。鬱屈した感情を底から発露させた想いは連なる人々を作り上げてしまう」

「……ヴェロニカちゃん」

「私は知っています。そういった噴火が引き起こすものの先を。殴り合い、潰し合い、殺し合い、そして……あるのはゼロです。全てを捏ねくり合わせても最後は何も残らないんです。そんなの悲しいじゃないですか。……共感出来るから、犠牲になった人を無かった事にはさせられないんです。それが引き上げて頂いた私の責務でもあります」

 カルファリエルは謂わば救われなかった私。

 彼に影響されてこの蛮行が広がってしまえば、その人の感じた悲しみや痛みは埋もれる事すら無く正しさの業火に焼かれ塵と残らない。

 燦然と輝く暁光の矢面に立ち、その暗闇は日の目を見ない様に人柱となりましょう。

 何時の日かそういった人達が救われる事を信じて。

 ……まぁ少し恥ずかしいですが。

 私の言葉に皆様固まっていました。

「人を惹きつける喋り方はお前譲りかな」

「何だかんだ長く共にしているからな。多少は似るだろうよ」

 そう言って何処か遠い目をして私を見つめて来ます。

「……もっと早くに会っておけば良かったと後悔するよ」

 イエティ様も私の手を握りしめて、如何にも少し照れを覚えますね。

「きっと今まで会えなかった事に意味があるのだと私は思います。このタイミングが大事なんですよ」

「それが運命か。次やってきたら僕の所にも寄っていってくれ」

「はい必ず」

 そうして私と主人様は二人に別れを告げて後にします。

 外に出ると記者と思しき集団と野次馬で人がごった返しその中を歩いて行きます。

 途中に気付かれて話を訊かれたりと色々ありつつも、覚えのある馬車にアルベルトさんが手を振っていました。

 来て下さったのですね。

 乗り込んで段々外の音が遠くなると安心したのか一気に疲れが襲って来ました。

 目がボヤけて来ます。

「疲れただろうから今は寝るといい」

 主人様の気遣いに私は甘えて、馬車が動き出す心地の良い感覚に身を包まれながら眠りに着くのでした。

 

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