第11話 steam gear ⑪
私は前足を踏み込んで地を蹴り上げ、そのままの勢いで黒鉄色の装甲に拳を撃ち込みます。
まるで鐘を打った衝撃と共に、反発した力は跳ね返され振動が生身にまで及ぶ。
「かっったッ……!」
思わずそう漏らしました。少しは凹ませられましたが、何という固さ。
これは通常のスチームギアに使われる金属より高度。私と同じ特異な合金で仕上がっているようです。
「嬢ちゃんもフルチューンかよ……今日はどうにも半機半人に縁があるな。止めようとしてんだろうが、その程度でこの装甲を抜けるわきゃねーだろ」
巨体は動かず、余りにも馬鹿にする様な物言いでした。
……これで済めば臨界点まで押し上げる必要は無かったですが、効かないのであれば致し方なし。
まだ温度が上がるには時間が掛かる……。
どう彼を押し留めるか考えていると、私を大きく跨いで先に行こうとします。
「あっ。待ちなさい!」
そう言って片足を両手で掴みます。
「構ってる暇はねぇよ」
言い残して去ろうとする中、私の足は引き摺られて行きます。
金属同士だから掴み難い……。
そう思って形を変えて抱き付き、踵に重点を置いて後ろに投げ飛ばす勢いで引っ張るとやっと進みが止まりました。
よし! このまま押し留めます。
「おいおい嘘だろ……その体格でプアフールを止められるのかよ。さっきのオッサンが泣くぜ」
驚いている様子でした。
当たり前です。主人様が作り上げた物なのですからこれくらい出来なければ。
「行かせません!」
そのまま後ろへ摺り足に引き摺るが、張り合うようにして男は反対に力を込めます。
「離せって……! てかどんな馬鹿力したスチームギアだよ!」
敵の方もフルスロットで回しているのか雲雲とした市街の中でも分かるほど熱の高まる蒸気を噴出させます。
私は大きく息を吸い、
「主人様謹製です!」
と叫びました。
「誰だよ!」
返った言葉は彼にしてみればご尤も。
そして踏ん張っていた力が急に行き場を無くして浮つきます。
「くそっ。ぶっ潰れろ!」
その続いた言葉と共に私の体躯と同じ位の片腕が飛んできました。
掴んでいた足を離し、ばつ印に腕を組んで後方に跳ねますとそれが接触。
感じた圧力はそれ程でもなく受け流せ、私は腕を開き指で地面を削りながら着地するとそのまま彼に指し向けました。
「主人様と、そして先代様のコア! 返していただきます!」
やっと言えました。私の言葉に彼は固まった様子です。
「……お前メタルスラグ地方の人間だな。くそっ領主自ら追ってきたって事かよ」
ご名答ですね。
「察しがよろしい様で。……今ならまだ引き返す事が出来る、とは言いません。ベルメールさんやスラムに住む方々他、行ったその蛮行の数々を私達は許さない。だから此処で貴方を止めさせて頂きます」
自分で起こした事態の責任を取らず逃げるなんて絶対に認められません。
痛みを及ぼすものなら尚更。
怪我をされ、そして亡くなられた方への責任は私達側にも言える事だからこそ、一刻も早く止めなくては。
「罪を償えとでも言いたげだな? 俺に行った精算すら果たさねぇのに犯罪者と罵るつもりか? そんな事、断じて認めるか」
語気を強く放った彼は、急に地面を叩き軽く砂埃を上げます。
何をするつもり……。
そう思っていると煙を突き破って飛んでくる物が。
咄嗟に弾くと瓦礫の様な砕けた一部が砂糖菓子の様に霧散します。
続いて規則性も無くまばらに襲いかかって来ます。
「くっ……」
理解しました。砕いた路面を乱雑に投げ飛ばしているのですね。
やぶれかぶれにも見えますが一呼吸置く間もない。これでは近付けません。
「今なら彼奴の言った言葉が真に理解出来る。そうだ! 俺も! 迷惑をかけたいのさ!」
「何を言っているのですか!? 彼奴とは誰の事ですか!」
第三者の存在。ここに来てそれを補完する言葉が本人の口から聞けました。
なら尚の事止めて問い質さなければ。
「教えるかよ馬鹿。自分の管轄すら碌に守れず、こんなポンコツに良いようにやられる低脳な奴等になぁ!」
一際巨大な破片に私は高く飛んで後方に下がります。
彼の言葉に頭に熱が籠るのを感じます。
署に話を通して被害者にも気を遣って、全部見ない振りをして貴方だけを追えていればどれだけ楽な事か。
少ないながらの手掛かりで間違う事もありましたが、ここまで辿り着けた主人様を低脳と揶揄される謂れはありません。
例え運が良かっただけだったとしても、それは私達の行動で手繰り寄せて掴んだのです。
「……しがらみも無く自由にやれるなら、何もこんなに困って無いのですよ。例え拙くとも! 貴方みたいな人が笑って良い人ではありません!」
「面白くって仕方ねぇさ! ……痛みのいの字も知らねぇこんな奴等を潰す時は特にな!」
彼は逃げ遅れて地べたを這う高貴な装いの女性に腕を振り上げる。
どうしてあんな所で! いけない。
駆け抜けて寸前でそれを受け止めます。
ギアの軋む音。なんとか稼働には耐えられる程度の損傷で済ませてほしい。
せめて臨界点を維持出来る程には……。
「早く逃げて下さい!」
そう声を掛けます。
もう見境が無い。早くケリを着けなければ。
「こ、腰が……」
「それが何だと言うのですか! 自分の体でしょう!」
私の発破が効いたのかふらつきながらもその女性は離れて行きます。
良かった。とホッと胸を撫で下ろすと、同時に横から衝撃と痛みが加わり、宙を浮く感覚が襲いました。
まぁ、殴り飛ばされますよね。だってあんな事すれば隙だらけですし。
そのまま地面を転がって肌とギアが削れ、やがて停止すると私の手が目に入りました。
折角綺麗にして頂いているのにこんなにボロボロ。合わせる顔がありませんね。
私は重い体を持ち上げて内部機構に損傷が無いことを確認します。
特別頑丈に作って頂いている。その光景が脳裏に浮かぶ様でした。
「……貴方は、気付いていません」
私はそう語り掛けます。
「何?」
「底無しの泥濘の中でもがき苦しみ続けた貴方にはどうしたって見えないのです。上から手を伸ばしてくれる者達が」
「見えねぇんなら居ねぇのとおんなじだろうがッ!」
気に障ったのか彼は私に向かって来ます。
「お前だって分かるんじゃねぇのか!? 骨の折れる感触! 肉を裂く焼ける様な痛み!。そんな目にあって、戦った所で誰も見向きもしねぇ! 役目を果たして帰って来ても待っていたのは蔑みだ! それなら俺が他人を害して何が悪い!」
「悪いに決まっています! 悪意に悪意で返せば、待っているのは地獄の巷ではありませんか!」
「結構だ! ハリボテに苦しむくらいならなぁ!」
同じ痛みを共有した過去を持っても、生き方の違いでこうも変質してしまうのですね。
離れたのであれば逃げれば良いのにそうしない理由は分かります。彼には彼なりの主張があり通したい意地があるから。
ならばこそ正しさにある私が受け止める必要がある。
同じスチームギアを纏う者として。
向かって来た彼のスチームギアに飛び掛かり肩を蹴って後ろ側に周ります。
背中側には膨らんでバックパックの様な物が取り付けられていますが……駄目ですね。今のままでは抜ける所が無い。
もう少しなんです。もう少し粘れば。
歯痒く見据えているとその時、私のスチームギアが真っ赤に煮える様な色合いに変化し始めます。
来た!。
「マグナリンクっ……臨界点です!」
「なんだよそれ……」
空気を焼く様な熱気に視界は歪み、吹き荒れる蒸気の奔流は私を衣替え。
汗が噴き出して私は……主人様の愛に包まれる。
これこそマグナリンクの戦闘特化形態。外放熱性合金で出来たスチームギアにナノスチームを媒介とした熱量を与え、その数百度を持った超高温にて敵を葬り去る主人様の傑作。
規定時間30秒。限界稼働1分。
服が焼けて私の体に熱傷が襲うまでのタイムリミットです。
「目を開けるのです! たとえ恐怖が身を包み怒りが心を焼くとしても! さすれば、その先に人の情はある!」
「そういう奴らから死んで行くんだがなぁ!!」
そうして今度は両の手が挟む様にして私を襲って来ます。
最早避ける事は有り得ない。
蕩けて定まらない地面に力を込めて、腕を開きその暴力を受け止めます。
「この大恩。そして私の愛は……マキシマムでございます」
私と触れた彼の両腕の一部は飴の様に滴り、その中に張り巡らされるパイプを握り締めて引っ張り上げます。
すると千切れた中から湧き立つナノスチームがお湯を沸かすかの様な甲高い音とパイプの圧力に暴れさせ、力無く落ちて行きます。
「くそっ腕が……! その赤みがかった状態! 金属が熱を帯びているんだな!」
此方もタダでは済まない諸刃の剣。
主人様に降り掛かる火の粉を灰燼に帰す為ならこの身がどうなっても構わない。
ですが、それが主人様を悲しませる……。
「早々にケリをつけさせて頂きます!」
私があのコアを巡った事で怪我を負う前に必ずカタを着ける。
今度は私から! と殴り掛かろうとしたら、彼は私から距離を取ってその腕をパージします。
「少し頭に血が上りすぎたな……。ならこっちはギアチェンジだ。早々に立ち去るぜ」
そう言って背を向けて逃げ出しました。
しまった。この形態になった事が彼の冷静な判断を取り戻す一助に。
「待って!」
「
足に車輪が付いている様で馬車をも超える速さで離れて行きます。
絶対に逃しません! 絶対に絶対に!。
私も後を追います。
数百メートル程街中を駆け抜けて何とか姿を捕捉。両足の蒸気排泄量を上げて瞬間的に加速し横に並びます。
「……おいおいまじかよ」
「追いつきましったっ!!」
飛びかかりますが寸での所で回避されました。
「一体何なんだよそのスチームギアは!? 機能盛り過ぎだろう!」
「これが貴方の気付けていないものの集大成です! お覚悟を!」
更に大きく彼の前に出てその巨大な片足を引っ掛けます。
そして支えが無くなって大きく頭側から転びました。
「くそ、まだだ!」
器用に転んだ勢いを反転させ、逆に私へ飛びかかって来ました。
「キャッ……」
お、重い……。
金属の塊が私に覆い被さり、私は腕を組んでそれに耐える。
「いくら多機能スチームギアでも、この重量には耐えられないだろう! 人のままが、溶けた金属で焼けないといいなぁ!? ぶっ潰れろ……!」
潰れないし、怪我もしません……!。
「……ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!」
自分でも驚く程の絶叫を上げて彼のスチームギアを持ち上げました。
「嘘だろ持ち上がんのかよ! ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!」
そうして大通りに放り投げました。
アドレナリンの過剰分泌による火事場の馬鹿力。
血中温度も上げるマグナリンクはそれを促しやすいのです。
私はやっとの事停止した彼に近付くと急に右腕の感覚が無くなりました。
動かそうとしますがうんともすんとも言いません。
そろそろ限界の様ですね。つい昨日整備してもらったのに壊してしまいました。
動きの一つも見せない敵方にもう大丈夫ですねと私はマグナリンクを切ります。
目の前まで来ると不意に上手の蓋の様な物が開いて、目付きの優しそうな男の人が現れました。
「……やっと、お顔を拝見する事が出来ました。貴方の所の大家さん、まだ家賃を待っていてくれてますよ。早く返して上げて下さいね」
もうこの方は表に出て来られないかもしれない。
それでも大家さんの心根を慮ると言わずにはいられませんでした。
「へっ……。顔を直接見て分かったぜ。お前は……俺達とは根本から違う」
達観とした憑き物が落ちたかの様子に私は安心を覚えました。
「同じですよ……。ただ救われたか自覚出来たか、それだけの違いなんですから」
「随分と頭がお花畑だなぁ。……根が腐っているのにも気付かず、よくもまぁ咲かせるもんだ。同じ様な境遇でここまで無自覚になっちまったのはその救いとやらが原因か」
「何を……言っておられるんですか」
私は……カルファリエルが言っている言葉の意味が分かりませんでした。
でも、何か……心の底を突かれる様な、妙な感覚が体に広がります。
「後はてめぇで考えろ。……せいぜいそのメッキを大事にすればいいさ」
カルファリエルは自分のこめかみに何かを押し当てます。
「あっ! 駄目ッ」
「あばよ」
そして止める間も無く大きな銃声を伴って、彼の体は人形の様に落ちていきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます