第10話 steam gear ⑩


 スラムの中を駆けて私達は先日の歩いた道を逆に向かいます。

 イエティ様のお家を出たのは良いのですが……。

「主人様、理由を尋ねても構いませんか?」

 最中私はそう主人様に声を掛けました。

 何故今この状況でスラムを離れるのか、そしてオールトの街の方に目的を定めたのか。そこが知りたかった。

「……まず前提としてカルファリエルの取り巻く現状を再認識しよう。彼は元兵士のスチームギア義足を纏う男。そして生活の為行う仕事が宙ぶらりんとなっており、苦したのか盗みに手を染め始めた」

 走る中息を切らせてそう語り初めました。

「このスラムではそれが広まっていましたね。イエティ様も含めて相手を選んでいなかった」

「そうだ。その結果盗みがし辛くなったと想像出来る。だから外にその悪行を向け始めた。その果てに我が領地へと足を踏み入れ今回のコアを盗まれる事と繋がった。……彼が一番求めてやまない物は金だ。『貧乏人共が』この言葉との関連性がそれを保証すると同時に、そして一つの確信も浮かぶ」

「……今回のこの行動も何かしらの利がある筈。という事ですか?」

「その通りだ。強盗にしてはあまりにも広く大きな被害を出したこれは彼の思想にはマッチしないだろう不可解だ」

「混乱の最中に乗じて行っていた……という可能性はありませんか?」

「それなら何十人と襲う必要はない。金品の回収時間も考慮すれば精々二.三人で抑えれば効率が良いだろう。持ち運びを考えた場合それ以上は手に余る可能性も出るし捕まるリスクが大だ」

「なら……何故……?」

 そこで一旦私達は立ち止まりました。

 流石に主人様の息は保たず、肩を大きく上下させながら酸素を取り込んでいます。

「第三者。彼を焚き付け高価な大型スチームギアを譲渡した何者か。その入れ知恵を考慮する」

「……もしや、暴れる事自体が目的?」

「この様な事件が起きれば警察、特にスチームギアの犯罪に関わる者は向かわざるを得ない。……これはブラフの可能性がある。襲った相手を揶揄した言葉も自身が成功する夢に酔っていたのであれば、金の集まる街を本命として動いているという考え方が出来る」

「仮定を重ねていますね」

「外れたならまた新たに考え直せばいい。しかし合っているのであれば、警察の到着時間から見てそろそろ事が起きるだろう。一時間回って痕跡の一つも無ければ引き返す」

 その言葉を皮切りにしてまた走り出します。

 当たっているのか外れているのか。この行動が徒労に終わってスラム側でまた事件が起こるとも限らない。

 ですが私は歩みを止める事が出来ませんでした。きっと主人様も同じだと思いますが、焦っているんです。

 先代様が作り上げられた物で大多数の人に危害が加わる事になった可能性。それだけで居ても立っても居られない。

 兎に角動くしか無いんです。

 暫く走ってスラムと街の境を越えました。

「オールト街道に入りましたね。何方へ走りましょう」

「そのまま距離として一番近いローデンバーグ宝石店に向かう。真っ直ぐだ」

「畏まりました」

 一足先にと走る速度を上げると、不意に視界の端に人を捉えました。

 私は加速しつつあった足を止めます。

「あ、主人様。人が……」

 複数人。まるで何かから逃げて来たかの様に左の道から現れて、角の方でお店の店員に追い縋っています。

 もしや。

「あの先は……確かコーラル銀行の支店が……」

 主人様は絶え絶えにそう口にしました。




⭐︎⭐︎⭐︎




「……それにしてもこうも上手く行くとはな。先にスラムを大々的に襲えば警察も其方に手が向かう。その間に……預金場を襲って一気に国外へか」

 暗闇とそして少しだけ臭いの籠る中、俺はそう独り言を喋る。

 体の中で唸るこの動悸は激しく、まぁあんだけの事したんだからそりゃ心臓も慌てるか、と納得する。

 滴る汗を拭うとその水気が嫌に気持ち悪かった。

 そういや結局名前も聞かず仕舞いだったが、あの女はどうしているのやら。

 見守るとか言ってたから何処かで覗いてはいるんだろうが。

「……余裕があれば誘ってみるか」

 変な奴だが、たまに飯を食う仲になるのはそれ程悪く無い。

 あれもあれで目的があるから忙しいのだろうが、成功の暁にはそれくらいの時間は取って貰わなきゃな。

 失敗したのなら……まぁ考えるまでもないか。

 俺は裾に入れ込んだソレを握りしめた。

 ……女について考える度にいつも思い浮かぶ言葉がある。

 迷惑を掛けたい。

 何故かこの一言だけが異様に俺の脳裏に張り付いて剥がれない。

 奇妙なもんだ。

「さて、時間的にもそろそろか」

 もう充分待った。

 騒ぎを起こしてから数時間。連中はその事態の対処に勤しんでいる筈だ。

 俺は一息付くと、予定の出入り口に設置した遠隔操作用の爆薬を点火する。

 3.2.1……轟音に伴って設置先の上から破砕物が落下し外の光が漏れ出した。

 よし、成功だ。

 俺はプアフールを動かしてその光の先へ這い出た。

 まるで未来の暗示をするかの様なその光に呼び寄せられて俺は思わず笑みが溢れる。

「目の前の大当たりだな」

 よじ登ったその先にはコーラル銀行の金の掛かったビルが立っていた。

 それを前にして、プアフールは余剰蒸気を排泄しまるでイキリ立つが如く熱気を纏う。

 こいつもやる気満々だ。さて……。

「邪魔するぜ」

 プアフールの外声装置のスイッチを上げて、防犯もクソも無いガラス張りの入り口を押し破った。

 すぐさま警報が鳴り響き、中にいた客と思しき奴等は声を上げて外へ走り出す。

 そうそうそれでいい。邪魔だからとっとと出て行け。

 そうしていると奥の驚いている職員の中で、一人身なりの整った奴が前に出る。

「い、一体これは……」

 ここの偉い奴だな。分かりやすい。

「ただの強盗だ。まぁその割にゃいくらかデケーが。……そんでまぁ、ありきたりだが、死にたくなけりゃ金出しな」

 俺の言葉に職員共は震え上がり始めた。

 そりゃこえーわな。そこに居たら俺でもそうだ。

 返事を待っているとその偉い奴は鋭い視線を向けて来た。

「……お断り申し上げる」

 意地の張った言葉だな。

 思わず溜息を吐いた。まぁすんなり行くとは思って無いが、いざこうなると面倒臭ぇな。

「命の方が大事だと思うが」

 俺の言葉に更に顔付きを険しくする。

「この国の血流の大元。それがたかがスチームギアを振り翳す飯事に屈したとみれば世間様はどう思われるだろうか。……物事全て暴力に訴える貴殿は勤め人の覚悟を軽視していると見える」

 難しい言い回しをして、さも自分の方が上だと言いたげだな。

 苛ついてきたぜ。

「覚悟……覚悟ならこっちもしている。この仕事をやり通して、毎日遊んで暮らしていく“夢”と言うなぁ!」

「叶わぬ夢を覚悟と説くか! 夢見も甚だしい! 警備員こっちだ!」

 頑とした男の声にスチームギアと制服に身を包んだ武装者達が現れる。

 成程、こいつらを待っていたと。

 その為の会話か。

「フルチューンが雁首揃えてさぁ! ノーパンク共に媚びへつらってんじゃねーぞオンボロが!」

 その勢いのままプアフールのギアを回し警備に腕を振るった。

 潰れろと。もう後腐れは無い。

 だが接触する振動を感じるとその腕は固められたかの様に停止した。

 レバーも動かず振り切れない。

「……こっちは最新式だ」

 その言葉と共にプアフールの腕は弾き返される。

「へぇ、多少はやる様だな。……正直詰まらない所はあったんだよ順調過ぎて」

 そう来るなら……設定変更だ。

 関節駆動部のポンプ圧力を高め、コアからギアに伝達するナノスチームの弁を広げる。

 そして踏み込みのペダルを押し込んでレバーを振り切った。

「おっ……うわぁぁぁ!」

 思いっきり振り上げ、その余裕ぶっていたボロクズは宙に舞う。

 決まったのになぁ、ざまぁねぇぜ。

「馬力が違いすぎらーな。世の中力にゃ敵わんもんよ」

 そうして一人、二人、三人と蹴散らして、余計なゴミが増えたが、また俺と目の前の男の二人となった。

「くっ……」

「多分、もう一度同じ事言ってもあんたは聞かんだろうな」

 表情と同じく意志も固そうだからな。

「当たり前だ……!」

 変わらずそう言った。

「ならこうしよう。あんたが5分以内に有り金全て用意できなけりゃ、外の通行人を老若男女差別なく引き殺していく」

「何!?」

「目に入った者一人残らず危害を加えると約束しよう。……仮にこうして警察が来るまでの時間を稼いでいるのであっても、それだけは必ず。もうこっちは一人殺しているからな」

 ここまで来た以上後がねぇんだわ。

 俺の言葉に目の前の男は驚きつつ次第に怒りに震える様に体を揺らす。

「お前は……! なんて!」

「卑劣な奴だってか? 俺に言わせりゃその言葉はこの国に丸っきり当て嵌まるものだ。さぁ、後4分。急いだ方が良いんじゃないか?」

 悔しさに汗を滲ませながら男は奥の固まっていた職員の方へ目配せする。

 すると中から恐る恐る若い兄ちゃんが現れ一人走り寄って来る。

「支店長……」

 そしてそう声を掛けた。

「仕方がない……金庫を開けろ……」

「宜しいのですか」

「……命を犠牲にし得た汚名は生涯晴れるものではない。早くするのだ」

「わ、分かりました……」

 戻ると幾人かを連れて姿を消した。

 このまま逃げるんじゃ……とも考えたが、まぁ2分以内に帰って来なきゃ直接出向いて掻っ払おうと考える。

 やるまでの事は決めていたが、やった後の事は正直抜けていた所があるな。

 想像力が足りない。これも耳が痛い程聞かされた言葉だ。

 丁度二分後。動き出すかとレバーを握るのと同時に息を切らせた数人がケースを複数抱えて戻る。

 そして其れ等を俺の前に投げ渡した。

「……これが全てだ」

 全てねぇ。

「随分と少なく感じるが、本当にこれで全部か?」

「信用ならんのなら自分で見て来るがいい。正しく此処にある全てだ」

「そうかい。ま、生きていくだけなら充分か……」

 他に望む物も無いしな。

 俺はプアフールのバックパックを開いて、その中に一つを残して仕舞い込む。

 残り一つは叩き潰した。その鈍く腹の芯に響くだろう破裂音に職員共の肩はすくみ上がる。

 飛び出た中には希少な金属を用いた装飾物であったり、紙幣が混ぜこぜに包まれているようだ。

 今までの盗みで培った目で見れば間違いなく本物と言って良いだろう。

「あまりにすんなりと行くもんだからてっきりダミーでも用意してるんだと思ったぜ」

 砕いたそれも仕舞い込む。

「お前は、本当に逃げきれると思っているのか!」

「これがあれば可能だ。プアフール。名前勝ちし過ぎて似合わねぇな。……あばよ」

 そう言い残して俺は砕いたガラスを踏み抜いて外へ出た。

 このまま急いで国外へ--。

 と最後を締め括る逃避行にプアフールの加速を上げるが、不意に目の前に人影を捉えてブレーキを掛ける。

「あぶねーな! おいおい嬢ちゃん、そんな所に立ってちゃ踏み潰すぞ!」

 ギリギリ停止出来たがこいつは……女給服。何処かの使用人か? 何か強い意志の宿る瞳がモニター越しの俺の視線と合致する。

「そんなに柔に見えますか? --マグナリンク。起動開始です」

 そう言って後ろで黒髪を纏める女は金属質な四肢を先頭態勢に持ち込んだ。




⭐︎⭐︎⭐︎




 先程目を見張る程の大型ギアが飛び出た社屋に入って行く。

 横目で一瞬見えた胸の位置には良く知ったコアが取り付けられていて、やはりかと歯を食いしばる。

 ……怪我人とそして死人。俺の不甲斐無さが起因して無関係な人々に実害を被らせてしまった。

 中は粉々のガラスが辺りに散乱し、タイルは砕け、怪我人と思しきギア使用者達が其処彼処に横たわっていた。

 彼等にはせめて生きていてくれ。そう願わざるを得ない。

 奥の社員と見える人々が怯えた様子を見せている中で、そこから少し離れ介抱されている様子の者に近付く。

「大丈夫ですか?」

「貴方は……?」

 初老の男性と、その部下であろう俺と同年代な男に頭を下げる。

「通りすがりの者です。故あってあの巨人を駆ける者を追って居たのですが、どうも話が拗れてきてしまった」

 結果的には当たっていたが、仮に都市部を襲うとなって最大の疑問が残っていた。

 その悪目立ちする巨体を進ませながらどう盗みを成功させるのかという事。

 入る前に地下へ大きく陥没した地面を見てそれは晴れた。

 下水道はかなり広く作られているみたいだ。そこを経由して向かうなら人の目に曝されず近い位置まで行く事が出来る。

 ……本当運任せで行き当たりばったりだな。父さんならもっと上手くやれるだろうになんて体たらく。

 自分の不甲斐無さに心底落ち込むよ。

「警察への連絡はしましたか?」

 砕けた心持ちのまま俺はそう言葉を放つ。

「それが通報はしたのですが未だ来ないのです」

 介抱していた若い職員が返す。

 朝の騒動に人を引っ張られているようだな。

 でも一人もいないという訳では無いだろうからそろそろ現れてもおかしくは無い。

 ……コアの回収だけは必ず済ませなければ。

 せめてもう他人の手には渡らせないとしたこの考えだけは成し遂げる必要がある。

 思案していると初老の男性が立ち上がる。

「しかしあの女性ではあれ程の巨体を止められる術がない。なんと命知らずな事をするのか……」

 先で相対しているヴェロニカを見て焦っている様子であった。

 事情を知らなければ仕方ない当然の言葉だ。

「問題はありませんよ。あの子、ヴェロニカなら止められる」

 俺の言葉に怪訝そうな瞳をぶつける。

「知り合いの様だが……どうして言い切れるのかね」

「俺の従者だからです。そして……あの子のスチームギアはオーダーメイドだ」

 ヴェロニカの決意と今の俺に出来る集大成。

 その二つの歯車が噛み合って稼働するマグナリンクは決して遅れを取るものじゃない。

 そうだよなヴェロニカ。

 俺は殴り掛かるヴェロニカを眺めながらそう思うのだった。

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