第8話 steam gear ⑧

「--随分とスムーズに乗りこなす事が出来て来ましたね。組み込んだコアも過不足なく機能している様で」

 目の前のモニター越しで女は淡々とそう述べる。

 幸か不幸か俺にはこの才があった様で、まるで自分の手足かの様に屑鉄擬きプアフールを動かす事が出来た。

 それに感嘆する女は毎日見に来ては喜びの声を上げていた。

 よく飽きもしないものだなと感心するよ。

 俺はそろそろかと倉庫内で動き回っていたプアフールの稼働を止め、狭苦しいピット内の頭上に付いた乗降口を開いた。

 外から入る空気が肌を冷やす。

「もう慣熟走行はこの辺りで充分だろう。後は……覚悟だな」

「そうですね。この子を使ってしまったら最後止まる事は出来ませんので。私も夢が潰える事になるのは勘弁願いたいですので、一度始まったらサポートは出来かねますよ」

 女は申し訳無さそうに眉を落としてそう言った。

 一挙手一投足演技クセェんだよな。まぁ癪に障る訳でも無しどうでもいいが、態とらしさはいちいち引っかかる。

 だが言ってる事は分かる。

 本番は俺一人で全てやらなきゃならねぇ。途中で投げ出しましたじゃお笑いもいい所だ。

「……決めなくちゃいけねぇ。本当にやるのかやらないのか」

 ただその決意をどうしたら示す事になるのか。

 それが分からない。

 女は維持の悪い笑みを浮かべる。

「ふふっ。後押し、という訳ではありませんがここまで乗り熟して頂いた貴方に感謝を込めて、一つプレゼントがございます」

「怪しいな」

「よく言われますよ。少し待っていて下さい」

 言われた通りに待っていると、女は何やら重たそうな馬鹿でかい袋を引っ提げて戻ってくる。

 軽々しく扱ってどんな筋力してんだよと思ったが、もしかしたら言ってはいないがコイツもスチームギアに換装してるのかもしれないな。

 女はこれ見よがしにそれを乱暴に破いた。

「んー! んー!」

 中には腕と足を鎖で巻かれた貧相な男が呻いていた。猿轡を噛まされているのか言葉が出ないようだ。

「こりゃ……攫ってきたのか?」

「はい。昨日の帰り道にまた襲われたので丁度良いかと生け取りに。この方の命をもって、貴方の選択の一助になればと思い至りました。私、偉くないですか?」

「偉……いかどうかは分かんねぇけど、サポートってんなら上等だろーよ」

「うふふ。ありがとうございます。……これをどうするかは良くお考えの末に。処理は致しますので」

「分かった」

 そうしてまた女は倉庫から去って行く。

 ……さてどうしたもんか。

 半ば流されるように来ちまった所もあるが、結局はそうなったのも至らない俺自身が原因というのは拭えない。

 あの時点で後がなくなりつつあったのは事実だ。

 このまま行けば遅かれ早かれ俺は捕まっていただろう。  

 もし今回やらなかったとしても、その結末は避けられない。

 それならばもうこのチャンスに賭けて、一発デカい盗みを成功させてさっさと手の届かねぇ国にまでトンズラするのが賢い選択だ。

 なんだが……人を殺さずに上手くやれる手は無いかどうしても考えちまう。

 この土壇場に来てまでどっちつかずかよ。呆れるぜ本当。

「……やっぱり、ごちゃごちゃ考えるのは性に合わねぇな」

 考え無しに邁進するっていうのも時には必要なんだろうな。

 俺はその意志を固めて操縦桿を握る。不思議と恐怖は無くこれならば行けると感じた。

「もしかしたら、そこに居たのは俺の方かもしれねぇが、まぁ災い転じて福と成すって言うからな。……俺は覚悟したぜ、お前も腹括れや」

 雪玉。投げるぜ。

 俺はプアフールを動かすとその足で目の前の男を……。




「心地良い音が耳に入りましたよ。素晴らしい事この上ありませんね」

 事が済んだのを察したのか女足取り軽やかに戻って来た。

 演技ではない感情を携えて。

「……福というよりは、禍だな」

「? 仰っている意味が分かりませんが……」

「何でもねぇよ。これで俺の道は一つだ。デカい花火を上げてトンズラさ。国を出りゃ金持ちの出来上がりだ」

 プアフールから飛び降りて女の前に出る。

 血生臭い匂いが鼻に突いたがこれも受けいれなきゃあな。俺のやった事だしこれからもっと流れるものだ。

 女は俺の手を取ると両の手で包み込んで笑みを浮かべた。

「お互いの夢の為に努力に励んでいきましょう。陰ながら見守らせて頂きます」

 ……本当、よく分からない女だぜ。

 妙に小っ恥ずかしくなり半ば振り解く感じで腕を戻す。

「なぁ、あんたのプラン。本当に上手く行くんだろうな」

「この世に絶対なんてありませんよ。幾ら努力を重ねても一つのミスやイレギュラーで破綻する事はままあります」

「……そうだな。俺自身それは身に染みてたぜ」

 その躓きがどの時に発生したのかまるで検討がつかねぇけどな。

 極論言っちまえば生まれたのが間違いだって事にもなるだろうが、まぁ不毛だな。

「もし失敗した時の為にこれをお渡ししておきます。心苦しいですが……」

 そう言って女は厚着に隠れる胸元から一つ何かを取り出した。




⭐︎⭐︎⭐︎




「……戻ってきませんね。カル……なんとかさん」

「カルファリエルだ。弱ったな、もうそろそろ日が暮れるぞ」

 あれから店主さんに教えられた住所まで足を運んで集合住宅に辿り着きました。

 大家さんに事情を説明したら快く協力をして下さいまして、少し離れたカルファ……リエルさんの自宅が覗ける位置で見張っていましたが空の色が変わるこの時間まで姿は見せませんでした。

「街の方はオレンジ色にキラキラしてて綺麗ですね」

「そうだな。この景色は美しい」

 思わず目を奪われたそれは、滞留している蒸気に夕焼けが当てられてなんとも幻想的な風景でした。

「あんたらまだ居たのかい」

 目を奪われてる最中そう声が掛かりました。

「あ、大家さん。待ってはみたもののやっぱり駄目みたいで」

「もう帰って来ないかもしれんね。一年も家賃待ってやったっていうのに全く」

「お優しい事ですね」

「……放り出すには忍びないだろう。あんたらももう早く帰んな」

 そう言葉を残して大家さんは姿を消していきました。

 私は主人様に向き直します。

「主人様、今日の所は一旦帰りますか? 宿も取っていないですし、夜はもっと危なくなるというのが常ですよ」

 これはスラムに限らず古今東西、田舎だろうが都会だろうが当て嵌まる暗黙の理。

 私はどうなっても構いませんが、暗闇の中で主人様を守り切れるのか不安がありました。

 主人様はため息を吐きます。

「ここまで突き止めたのに歯痒く感じるな。……いや、イェッティエンツォに頼み込んで泊めてもらうか?」

 思い付いたと言った表情ですね。

「アルベルトさんが心配しますよ」

「電話を繋いで貰えばいい」

 ……今日はイェッティエンツォさんに助けられてばかりですね。

 申し訳無さを感じつつ私達はこの場を後にしました。

 戻る途中に段々と日は沈んでいって、大丈夫でしょうかと心配と神経を張り詰めながらイェッティエンツォさんのお家まで辿り着きます。

「やぁやぁお帰りなさい。どうだった? 見つかったかい?」

 扉を開けて貰った第一声にそう声を掛けて頂きました。

 私と主人様は顔を見合わせて何とも言えない表情を浮かべます。

「それが……」

 主人様はそう切り出します。

 場所を居間に移して今日起こった事を語るとイェッティエンツォさんは感情豊かに一つ一つを聞いて下さいました。

「……カルファリエルが今回の犯人だとした訳か。確かに手癖が悪い人だった覚えがあるよ。ここの薬も持っていかれたしね。効果なんて分からない筈なのに」

 そう淡々と述べましたが端々には不満が残っていると分かるものでした。

「明日の早朝にまた訪ねてみるつもりだ。……そこで相談なんだが」

「皆まで言わないで。泊めてくれってことでしょう? 唐突だけど構わないよ。でもふかふかのベッドは期待しないでね」

「寝床を貸してもらえるだけで御の字さ。地図、助かったよ」

 主人様は取り出した地図をテーブルへ。

「はい、確かに返してもらったよー」

 そしてイェッティエンツォさんは受け取りました。

 「さて」と言って立ち上がります。

「ヴェロニカちゃんこれからご飯作るから手伝ってほしいな」

 ご所望のようですね。

 私も笑顔が溢れながら椅子から伸び上がります。

「喜んで。手となり足となります」

「……ちょっと笑っていいか悩むね」

 普通に喋ったつもりでも、裏の意味も含んだ言葉になる事ってよくありますよね。

 主人様もゆっくりと立ち上がりました。

「俺はアルベルトに連絡を入れてくる。借りていいか?」

「いいよー」

「何から何まで恩にきる」

 イェッティエンツォさんのお家には電話機が設置されているのですね。

 固定費が中々お高いので難儀すると思うのですが、お医者様ならやっぱり使う場面は多く重宝するのでしょうか。

 主人様が出払うのを見届けて私達は料理の支度を始めました。

 肉を切り野菜と炒めミルクで煮る。火の番はお任せします。

「ふふんふーん」

 イェッティエンツォさんは鼻歌を歌いながら効率良くパッパと進めて行きました。

「あの、イェッティッつっ……舌を噛みました……」

「呼び辛いよねー。イエティってあだ名があるからそっちで呼んでよ」

 木製のオタマで鍋を二.三かき回すとそう言いました。

「イエティ様……しっくりときますね」

「でしょ? これアインコオルが付けてくれたんだけど、結局フルネーム呼びなんだよね。よく分からないよ」

 成程主人様が……。

「……多分ですけど、お恥ずかしいのかと」

「照れ隠しって事かな? 自分で与えておいてそれはないよ。責任を取ってほしい」

「あはは。でもそういう所ありませんか? 主人様」

「そうだね。きっと何かを変える事が好きな性分なんだけど、その後はあまり興味が無いからおざなりになってしまう。良くも悪くもね」

「若しくはもう大丈夫だと思われたから。とかもあり得そうですね」

「大丈夫……なんでだろう?」

「そこは分かりませんが、主人様は安心感を得られると興味が薄くなる傾向にあると感じていますので」

「なるほど流石メタルスラグ家の従者。よく見ているね」

「そう言って頂けて光栄です」

 そろそろ出来上がりそうなのに主人様のお電話が妙に長いですね。まだ帰って来ません。

 急な事でしたのでアルベルトさんからお小言の一つでも貰っているのでしょうか。

「……ねぇ。アインコオルの事好き?」

 唐突にそう仰いました。考えるまでもありません。

「大好きですよ。私を救ってくれた方ですから」

「おぉ〜、言うねー。なら安心だね。……正直心配していたんだ。お父さんが亡くなってから」

「…………」

「自分のやりたい事と、やらなきゃいけない事の板挟みになってるだろうな。一領主なんて大役は務まるのかなって」

「イエティ様も相当主人様がお好きなのですね」

「……頼ってほしい時には頼るし、頼りたい時には二言で手助けしてくれるからね。僕だけじゃないさ」

 物思いに耽るイエティ様の様子。

 昔の主人様との記憶に舌鼓を打っているのでしょうね。

 ……そうか。私だけの筈ないですもんね。

 血の底から引っ張り上げて下さった主人様の手が他の方にも伸ばされてきたのは想像に難くないです。

 イエティ様、そして恐らくリードキンさんにも自分だけではどうにもならない時に救ってもらった過去があって、そのおかげで今回手を貸して下さる事に繋がった。

 恩義、ですね。

「昔のお話、聞かせて頂けませんか? あまりそういった機会がありませんので……」

 私はイエティ様にそう声を掛けました。

 それに優しい声色で、

「いいよ。いっぱい話そう」

 そう返って来たのでした。

 それから主人様のお話に花を咲かせつつ談笑していると、居間の扉が開く音に耳を取られます。

「……済まない今戻った。俺も何か手伝わせてくれ」

 主人様が戻って来ました。

「えー? もう完成だから座ってなよ」

 イエティ様がそう言います。

「皿ぐらいは出させてほしいが」

「彼女よく動けるからもう準備してあるよ。気にしない気にしない」

「まぁ、邪魔だよなそりゃ」

 少しいじける様にそう言いました。

「あまり気に留めないで下さい。イエティ様もこう言って下さっていますし」

 皿に盛られる料理を並べると何故か主人様は固まっていました。

「……おい、イェッティエンツォ。そのあだ名は」

「そうそう。折角付けてくれたのに君はあまり使ってくれないからね。ヴェロニカちゃんにこれからそう呼んでもらう事にしたよ」

「主人様。何故フルネームのままで?」

 私の問いに深い溜息を吐いて、

「……物々しいだろう女性に付けるにしては。心苦しさがあっただけだ」

 後悔しているといった雰囲気を纏わせつつそう言うのでした。

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