第7話 steam gear ⑦
「--コアを売りに来た両足がスチームギアの男。うーん、ちょっと分からねぇな」
「そうですか」
薄く影の差す銀に彩られた店内。
私達はお借りした地図を頼りにお店を巡っていました。
……どこのお店もそうなのですが、何となく主人様の自室を思わせる要素があって初見の気がしないです。
主人様と話していた筋骨隆々な店主さんはその太い腕を胸の前で組みました。
「力になれなくて申し訳ねぇな。……イェッティエンツォさんの知り合いなら何か助けになってやりたいんだが」
「いや、気にしないでください。……ところで、彼から貰った地図なのですが、ギア関連で営むお店に抜けはないでしょうか?」
「どれどれ。あー、ザラストんとこが抜けてるな。先生はあいつを診た事無いから知らないんだ。他は……俺の知ってる限りじゃ抜けはないぜ」
「ありがとう。……ここは良い品物が揃っていますね」
主人様は店内を見渡しながらそう言いました。
「お、分かるか? 人も悪けりゃ場所も悪いからな。せめて物は良くなくちゃと思ってよ」
「流石です。正直この地区の見る目が変わりました。……ここから部品を買っても良いと思うくらいには」
「そうかい。今は急いでそうだからあれだが、機会があれば頼むぜ」
「ええ。また寄らせて頂きます」
そうして私達はお店を後にしました。
これで10件巡り終わりました。残りは7……いや、先程増えましたので8ですね。
淡々と距離の近いお店に目星を付けて、またスラムの中を闊歩していきます。
「主人様。購入店を変えるのですか? 前はキッパリと言い切っていましたが」
私はそう声を掛けました。
「考えが多少変わる事はある。部品も見た事が無い物が数点合ったから試してみたいだけだ。……惹かれている自分がいるのを隠せないな」
「此方に引っ越したいとか言い出さないで下さいね」
「…………」
「主人様?」
「あぁ。分かっている」
本当でしょうか? 怪しいものですね。
暫く歩いていると不意に後ろから、
「……なぁ。兄ちゃん方」
と声を掛けられました。
「はい、なんでしょうか」
振り返ると薄汚れ着ている物も所々穴の空いている男性が此方を無表情で見つめていました。
杖を突いていて右足だけギアに替えているようですね。
ついに私の出番がと身構えましたが、特に攻撃性のある物は握られているわけでもなく、何をするでもなくその者はただ立っていました。
あ、でもスチームギアは確か鈍器として扱いでしたね。
それなら持っていると言えなくもないのでしょう。
「少しでいいんだが、金を恵んではくれねぇか? 何か食える物でもいいんだが……」
その方は申し訳なさそうにそう言いました。
ただの物乞いでしたか。それなら……。
私は周囲に人が居ないのを確認して、ポケットの中の紙幣を数枚取り出します。
この抜き身のお金は私のお小遣いなのですが、まぁ良いでしょう。
「ヴェロニカ」
主人様の静止の声色を含んだ言葉が投げかけられますが、私は物乞いの方の空いた手を取ってお金を握りさせます。
「……これ、良かったらどうぞ」
「ありがとう。ありがとう」
私の行いに頭を下げて深く感謝している様子でした。
そしてそのまま去ろうと踵を返すのですが、杖をを叩くのに混じってギアから金属の食い縛る嫌な音が響きました。
「ちょっと待て、あんたのスチームギア軋んでいるぞ」
一早く反応したのは主人様でした。
「あ? あぁ金が無くてな修理出来ねぇんだ」
「ちょっと見せてくれ」
主人様は有無を言わさずに相手を座らせて、服の内ポケットの中から分解用のドライバー等数点を取り出します。
いつの間にそんな場所へ工具を仕舞っていたのでしょうか。
主人様少し膨らんでいるようなと発つ前に印象はありましたが、結構重たいでしょうにどうして。
そう思った所でこの前本庁のロビーで足の違和感に気付いた時の事が浮かびました。
もしかして私の為……ですかね。
出先でも整備出来るように準備をなされた、とするなら態々重い体を引きずるこの行動にも納得が行きました。
愛を感じますね。ニヤニヤが止まりません。
「……中の配線が一部断裂して焦げ臭い。それに流体貯蔵庫に穴が空いてるし、蒸気排泄ラインは塞がり掛けている……。コアも見せてくれ……うわっ、駆動部が黒い。良く動いているなこんな状態で」
手際良く開いてそう診断する主人様。
並べている文句に比べてその実、子供が新しい玩具を貰った時の様子そのままな感情が上擦った声でした。
「あんた技師か何かかい?」
物乞いの方はそう言います。
「そんなようなもんだ。……あーくそ見てしまったからには無視は出来ん。応急処置くらいしか出来ないが直そう」
「いいのか? さっきも言ったが金は……」
「要らない。礼をしなければ気が済まないというのであれば、俺はイェッティエンツォの友人だ。あいつが困った時にでも手を差し伸べてやってくれ」
「あぁ、あんた先生の知り合いか……」
行く先々の皆様方はイェッティエンツォさんの名前を出すと何かしらの反応を見せてくれます。
このスラムでは欠かせない方なのでしょうね。
暫く作業が続くと物珍しくその様子を眺める人や足を止める者達が現れ始めました。
ちょっと不味いですね。
「よし、こんなものだろう。後はなるべく早く部品の交換諸々をやってくれ」
ある程度納得出来るくらいには修理出来たのか主人様はそう言いました。
物乞いの方は恐る恐る立ち上がり、杖を立て掛けると軽く足踏みをします。
徐々に顔色が晴れていきました。
「すげぇ、こんな楽に動くのは久々だ。ありがとう。ありがとう」
「いや、いいんだ。いいんだが……そりゃこうなるよな」
気付いていない訳ではなかった様で安心しました。
主人様の横には数人が今か今かと待っていたようで、終わったと見るや近づいて来ます。
どの方も凶器に類する物は抱えていませんでしたが、一応警戒は続けます。
「先生、私の腕も……」
「俺も足が全く動かなくて……」
「肩が回らないんです……」
思いも思いに話し始めました。
あの方達の目的もやっぱりそうなのだと納得致しました。
その感情を一手に引き受ける主人様は頭を掻きむしります。
「あぁ〜。急いでいるのに!」
「先生。私は全身快適でございます」
「乗るな!」
主人様の始めた事ですので、それは仕方がないですね。
私はそう思いながら集まった人々を並べ直して、そして嬉しそうにギアの外装を外す主人様を見つめていました。
「これで終わり。後は出来るだけ早く接合部の溶接をし直して貰え」
「はい! 本当にありがとうございました」
途中キリがないからと場所を変えつつも最後の一人がやっとの事終わりました。
大体二時間くらいですかね。中々掛かりました。
「疲れたし無駄に時間を浪費した……」
主人様は平屋の材質が所々違う壁に背中を預けました。
お召し物が……と思いましたがそれを一番気にするであろう主人様がそうした事ですので、よっぽど疲れたのでしょうね。
私は一つ笑顔を浮かべます。
「その割には随分楽しそうに調整していましたよ」
そう言って、そして目の前の主人様は項垂れます。
「プライベートならそれでも良いだろうが、今は仕事の時間だ。趣味に走るべきではないんだ」
「主人様の場合仕事=趣味では?」
私の言葉に主人様は固まります。
「……ぐうの音も出ない事を言うな。続く言葉がない」
「失礼致しました。先生」
「それ次言ったら
……少し調子に乗りすぎましたね。反省します。
少しだけ休憩を取った後、また動き始めます。
今度は変な横槍が入らないといいのですが……。
そう思った矢先に前方から此方へ走りながら近付く方が。
「おい! あんた達!」
呼び止められて足を止めました。
「……今度は誰だ」
主人様ももう勘弁してくれと言わんばかりに表情に曇りを見せます。
「さっきギアとコアの点検を無償でやっていたというのはあんたらか?」
「そうだが……」
息を切らせながらそう訊ねてきた小綺麗な男性は一瞬にして怒りの形相に変わります。
「困るよ勝手にそういう事して貰ったら! ここにはそれで日銭を稼いでいる者も居るのだから、手を出されちゃ今日の飯だって怪しいやつが何も食えなくなっちまうだろ! 見るからに余所者だろうが、もうちょっと考えて行動してくれよ!」
「あ、あぁ。申し訳ない……」
どうやら私達の行為はこの場所ではあまり良くない事の様でした。
暫くお叱りが続いて私達の目的について話す過程の中イェッティエンツォさんの名前を出した所、そこからすんなり態度が変わり解放されました。
本当にありがとうございますイェッティエンツォさん。
全て私達側から行なったので何の弁明も出来ず、良かれと思ってやった事が人によっては逆の意味を持つ辛さは骨身に沁みました。
この出来事に足取りは重くなり、正にトボトボといった具合。
「踏んだり蹴ったりだ」
少し涙目の主人様。
泣き顔は先代様が亡くなられてお部屋で涙を流した以降、お久しぶりですね。
あぁ、イェッティエンツォさん風に言うのであれば心にくる。という事なのでしょうね。
前は事が事でしたので考えにも及びませんでしたが、今回は……ペロッと行ってしまっても良いでしょうか……。
でも流石にそれは気持ち悪いですかね……。と葛藤の中気付いたら次のお店の前へ来てしまいました。
「……次のお店が此処ですね」
「善行足る所の過ぎて悪行と成す。と言った感じか。轍は残さずだな」
「主人様、入りましょう」
「……あぁ」
前に普通を心掛けろと釘を刺されましたし、よくよく考えて普通に嫌われそうですね。
それだけは絶対に嫌なので我慢しましょうか。
私達は目前のお店の扉を開けて、鈴の鳴る音を聞きながら入りました。
「いらっしゃい」
渋い嗄れたお爺さんの声が。
奥の方から少しだけ顔を覗かせて、そして足取り穏やかに表のカウンターらしき場所へ姿を現しました。
私はカウンター前まで進みます。
「……あの、此方のお店はギア商品を扱う場所でお間違い無いですか?」
私の言葉にお爺さんは一つ鼻息を吐きます。
「あんたら余所者だな。随分と上品な言葉使いをする。……間違ってねーよ」
お爺さんは随分と荒々しい雰囲気に包まれていました。年齢では分からないものですね。
「私達とある人を探していまして、イェッティエンツォさんを経由して教えて頂いたお店を周っているんです」
「先生か……。何が聞きてーんだ?」
「この辺りでは見かけないようなコアを売りに来た両足がスチームギアの男の人に心当たりは無いですか?」
「コア……両足のスチームギア……。あぁ、カルファリエルだなそれは」
「え! 知っておられるのですか?」
ここに来て遂に手掛かりが。
「アンティーク品と見紛う随分とオンボロの旧式コアを持って来たからな、よく覚えてるよ。……そうか、彼奴あんたらの所から盗んできたんだな」
「あぁ。出来れば彼に関する事柄を教えて貰えると助かるのだが」
沈黙していた主人様は水を得た魚の如く店主さんに食いつきます。
「お、おお。食い気味に来るなあんちゃん。……あれだ、しょうもない野郎だよ。仕事を始めても何一つ続かなくて、挙句は盗みを働きにし出した元兵士さ。何かと有名でこの辺りでも被害に遭った奴は多い。証拠が無いから詰められなくて大抵泣き寝入りするんだが、入られた家の回りで彷徨くのは見られているからな。……まぁ、此処にはそんな奴等がごまんと居るから、取られる方が悪いってのが常套句でもあるんだが」
「それは此方のルールだ。外では通用しない」
「違いねぇ。……家の場所も知っているが、多分居ないと思うぜ」
「仕事か?」
「いんや、最近帰ってないんだと。また何か企んでいるのか下手かいておっ死んだのか……まぁ住所は教えるよ」
「ありがとう」
カルファリエルという方が今回の騒動を引き起こした方なのかはまだ確証される訳ではありませんが、これで一歩前進と言ってもいいです。
待っていて下さいベルメールさん。もう少しかもしれません。
そんな心持ちでいる私と相反して、主人様は戸棚の金属製部品に目を向けています。
「主人様。真面目にそろそろ欲は抑えましょう」
「…………」
主人様は何を言う事もなく一つ頷くのでした。
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