第4話 steam gear ④


 最近考える事がやたらと増えたと実感する。

 父さんが突然に亡くなってからの引き継ぎも目紛しく四苦八苦となんとか熟したが、どうにも最初の苦労だけで後をどうにか出来る程簡単なものじゃないらしい。

 今回の事例は特にそうだ。農民の害獣問題の相談や近隣のいざこざレベルなら細々とあったが、まさか他所から盗みに入られるとは思っても見なかった。

 結局はある程度平和を維持しようとしても、少しの粗を突かれて無惨にも散り行くのか。

 なんとも諸行無常だ。そう思いながら俺は目の前の扉を開け中を進む。

 俺の部屋に充満する薬品とはまた違った、ある種の品というものを感じる薬の香気が鼻を包む。

 嗅いでいるだけで疲れが霧散するようだ。

 暫く歩くと右手の半開き扉にノックをする。何故しっかりと閉めないのだろうかと非常に気になる。

 こういった細かい所に目くじらを立てるのはもはや性分とも言えるな。

 中からしわがれた返事を受けて、俺は半身だけ覗かせた。

「ベルメール氏に会いに訪ねたのだが、面会は叶うだろうか」

「領主様。ええ、経過の方は順調でして面会に関しては何も問題ありません。朝目を覚ましていましたので今も起きているかと」

 白衣に身を包む初老の人は言葉色を変えずそう言った。

 その手には書類が握られている。

「今回は助かったよ本当に」

「いえいえこれが仕事ですから」

 それだけ言葉を交わし扉をしっかりと閉めると、俺は入院患者の住まう棟へと更に進んで行く。

 あまり患者はいないのか無音のまま。廊下には自らの足音のみがこだまする。

 数分もしない内にベルメールが療養している部屋まで来ると確認してその中へ。

 集合的に患者を一纏めにするであろう広さとベッドが多数並んだ此処は、奥の窓際で布団を膨らませている一人が独占しているようだ。

 そこ以外は綺麗に掛け布団が折り畳まれているから。

 鼻息を一つ吐いてから其方へと向かう。

「ベルメール」

 声を掛けると少しだけ体が揺れたような気がした。

「……領主様ですか?」

 そう返事があると仕切りされた白地の布を退ける。

「身体の方は大丈夫か?」

「命には別状無いそうです。その代わり暫く杖を付く生活になりますが」

 俺の眼前には右手首と、左足を太腿から丸々コルセットで覆われたベルメールが横たわっていた。

 顔にも受けた傷はバンドや包帯に包まれている。

 俺の前だからか辛さを誤魔化そうと笑みを作ってはいたが、震える口先から、隠そうとしていても分かってしまうものだ。

 取り敢えず誤魔化さなければと配慮出来るくらいには元気で安心する。

「切る事にならなくて良かったよ」

 俺の言葉に彼は無言のまま目線を天井に向けてしまう。

「私は……何とも不甲斐なく……」

 食いしばる様に瞳を閉じるとそう言った。

 軽口のつもりが皮肉と捉えられてしまっただろうか? と内心焦ったがそうではなくて安心だ。

 邪魔にならないよう壁側へ置かれた簡易的な椅子を引っ張り出してそこに座った。

「気にするな」

 ただ一言だけを残した。

 何故ならベルメールが感じる必要のある非等無いからである。

 逆に言えば謝らなければならないのは此方の方だ。

 父さんが領主の時代はこんな事無かったのに、俺の代で起こさせてしまった。

 これは偏に俺の力不足が招いたのだと疑う余地もない。

 ……目に見えない所で努力を重ねていた父さんの姿を想像出来なかった。それが大元の原因であると言ってもいい。

 今回そういった隙を突かれてしまったからこその事態、解決に勤しみ、そしてその結果で領主としての真価を問われると言っても過言ではないからこそ動いている。

 俺の言葉にベルメールは一つ体を震わせた。

「……領主様違うのですよ。あの時……私の家でコアを手に持った暴漢を前にして私は、あの遺産を守る為に動く事と自分の命を天秤に掛けてしまいました。結果この様です。倒れて、まだ余力があったのにも関わらず、私は恐怖から逃げて立ち止まってしまったんです」

 重苦しく語る彼の言葉には後悔の念が端々に感じられた。

「結果として残った事実は先代様のコアをむざむざ明け渡し、自分の身だけを守り抜いた不義理者。意地汚くもこうして醜態を晒して、そして何よりも安心している自分が許せない」

 そして続ける。

 安心か。実際に生きるか死ぬかの立場に立って、運良く得られるであろうその感情は如何ばかりか。

 きっと目を覚ましてからずっと不甲斐無さについて思案していたのだろう。

「ベルメール。貴方が恥を押し殺して自分の命を選択した事を俺は誇りに思う。何故なら、命には換えが無いからだ。切った貼ったの出来る機体部品とはまるで違う」

 実際にスチームギアを創作している者として、技師としての言葉だ。

 命は機械化出来造れないのだ。それだけは永久不変で覆す事はならない。

 命より重い物は無い。だからこそ換えが無いモノを守り切った彼を責め立てる言葉は俺には持てなかった。

「それでも先代様の遺産は代えが利きません。到底釣り合う物を持たない私には誇りに思って頂く価値はない」

 確かに代えがないという意味ではあのコアも共通しているかもしれない。

 だがあれは造れるのだ。造った物なのだ。

 比べるべくも無い天と地ほどの境がそこにはある。

「自分を卑下し過ぎているぞ。俺がサードシーズンコアを貴方に任せたのはその特徴や性質までも熟知しているからだ。この領地の中ではベルメール貴方にしか出来ない事なんだ。……貴方が俺の託した物が原因で命を落としたとなれば父さんに顔向け出来ない」

 色々と乱雑に述べては来たが、詰まる所この一点に集約される。

 父さんに恥はかかせられない。

 それだけなんだ。

 俺は未だ納得がいっていないベルメールの表情にもう一押しかと、ベッド横の棚の上に寝そべるペンを取って垂直に目の前で立てる。

「それにだ、必ず取り返すのだから実質失っていない。部屋の中でペンを無くすようなものさ必ず見つかる。だから不義理と思うな」

「領主様……」

「犯人に繋がる目星も付いている。貴方は安心して療養に励んでくれ」

 根負けしたとも取れる、一つの整えようと吐いた息を耳にして俺はペンを一回し。そして戻した。

「……この汚名は必ず行動で晴らして見せます」

「期待しているよ。これからも」

 ベルメールの肩に手を置いてうなづいた。

 さて、ここからが本番だ。

 今日訪ねたのは見舞いは勿論の事、他に襲われた際の状況についても聞きたかったからだ。

 襲われ、そして発見され此処に運ばれる時に俺を呼んでくれと叫んでいたそうだ。

 そして治療の最中、事のあらましを彼から直接聞かされた。

 朝方の近い深夜、眠りの中にいたベルメールは突然大きな物音がして目を覚ましたらしい。

 何だと思って見に行くとそこには顔を隠した男が一人立っていた。足元にはひしゃげた金庫が。

 手にはその部屋で保管していたコアが握られていて、考える間もなく取り返そうと殴りかかったのだが強盗はスチームギアの義足で応戦。生身であるベルメールは難なく蹴り飛ばされそのまま暴行を受けた。

 この時相手の声色から男であると確信し、その後再起不能と見てか相手は立ち去った。

 襲った人物の風体。そして状況等に間違いはないのか。

 切羽詰まった中での会話であった為、勘違いや間違いがあるとそれは困る。

 俺は一つ咳を吐く。

「……改めて一つ聞かせてほしいのだが、最初に私に話した被害状況について補足や訂正などはあるか? 直後に聞いたから動揺してる可能性も考慮しての事だ」

「いえ。あれが私の経験した全てです。……今にも脳裏に焼き付いている光景ですので、勘違いしているというのは万が一にも」

 どうやら正確に伝えてもらったようだ。

 杞憂だったか。

「そうか。なら変更せず当初の算段のまま続けるとしよう。……両足がスチームギアの男か、何とも忌々しく感じるな」

「全くです」

 会話が途切れると見計らったかのように近づく足音が耳に入る。

 院長だろうか。そう思っていると仕切りが開いた。

「こんにちは」

「ヴェロニカ、来たのか」

 相も変わらず着古した女給服を身に纏う、見慣れた者がそこには居た。手には何かを抱えているようだが。

 俺の視線はその物品よりも彼女の手に吸い寄せられた。

 ……丹精込めて造り上げた特製のスチームギア。いつ見ても美しい。

 普段は鈍い銀錆色だが、今は陽の光に当てられて白光りする。

 その様になんとも言い難い高揚感が心を打った。

 今思ったが彼女が近付いても金属を叩き鳴らす音は響かなかったな。配慮して静かにやって来たのだろうか。

 音があれば直ぐに見当ついたのだが……。

「主人様どうして勝手に行ってしまわれるのですか? 私も共にすると昨日お呼びかけした際に話しましたよね」

 色々と思案していると、少しだけ怒気の孕む色で言葉が返って来た。

「あぁ、うん。……忘れていた」

 しまった。確かにそう言っていたのだがすっかり忘れていた。

 俺の言葉にヴェロニカは溜息をこれ見よがしと吐いた。申し訳ない。

「何かあってからでは遅いのですから単独行動は控えて下さい」

「気を付けるよ。で、その手の物は何だ?」

「病気になってしまった人に対して見舞いの品を持つのは当然です」

「そうか、普通な事か」

「普通です」

 これも失念していた。

 先々の事を考え過ぎるせいか、如何にも近くに目が向かない。

 あちらが立てばこちらが立たずとはよく言ったものだ。

 俺達の会話を見聞きしていたベルメールは小さく笑う。

「相も変わらずお二人は仲がよろしいですね」

「そう見えるなら良かったよ」

 補い合う関係。というのが正しいのかもしれないな。

 ヴェロニカの心根は分からないが。

「ベルメールさんお身体のほどは……」

「あぁ何とか生きてますよ。腕も足も折れてはしまいましたが治ります」

 腕を少しだけ振り上げて見せるが、やはり痛々しさは隠せない。

「そうですか……。いっその事スチームギアに交換出来れば直ぐに復帰出来たのに」

 後半小さく放ったその言葉は緩やかに温かみの在る空気が一瞬で凍り付く。

「…………」

「…………」

 俺は返す言葉が無かった。ベルメールも同じなのか黙って固まってしまった。

「もしかして不味い事言いましたか?」

 あっけらかんと飲み込めていない様子のヴェロニカに溜息が溢れる。

「……ヴェロニカ、俺は俺で大概だと自負しているが君も相当だぞ。たまに恐ろしくなる」

「ええ」

「思えば昨日馬車に戻る時のあの、照れ隠し? か何かあっただろう。あれも一般的な感覚で言えばアウトだ慎みを覚えたまえよ」

「でもめちゃくちゃ形が良かったんですよ」

「解説は要らないから。もう少し場に則した発言を心掛けてくれ」

「努力します」

「あぁ努力してくれ。それも普通だ」

 普通とはなんぞやと思わないでもないが、まぁ今回に至っては体面を保つ為で纏まるだろう。

 互いに難儀するものだ。

「は、はは。まぁでも領主様のスチームギアを頂けるのであれば冥利に尽きます。ならば換えても良いかもしれませんね」

 苦笑いの気遣いに痛み入る。

「ベルメール、五体満足でいられる幸せはもっと噛み締めた方が良い。なったらなったで定期メンテナンスは要るし金も掛かるし、それに比べて人体はある程度の傷なら自己修復してくれてメンテナンスも勝手にやってくれる。強度を度外視すれば完璧なものなんだよ」

 生まれ持った体に勝る代替物は無い。

 そういった物の製作で日銭を稼いでいる者が何を言うのかと呆れられるかもしれないが、それでも不便な事の方が多いのはヴェロニカを見て実感している。

 従事しているからこそ、当たり前な事柄を再認識出来るのかもしれないな。

「主人様。言葉尻を捉えるようで申し訳ないのですが、それはスチームギアの使用者が不完全だと捉えられてしまうのでは?」

「……確かに道理としてはそこから外れてしまった君達は不完全と取れるだろう、否定はしない。しかし、決してそれは当人が望んだものではない筈だ。状況や事故、思惑に乗せられて成ってしまった者が大半だ。それは分かるだろう?」

 俺の言葉にヴェロニカは大きく二.三頷いた。

「……そして溢れてしまったからこそ俺達が代わりに完璧へと、そしてその先に向かわせられるのさ。因果を生業としているのは否めないがな」

 そしてそう締め括った。

 ヴェロニカは「おー」と感嘆の声を漏らして両手を甲高く鳴らす。

 返しとしては悪くないと思うがどうだろう。

「“人は五体を持って人たらしめん、されど機体を持ってそれを凌駕する”ですね」

 ヴェロニカはそのままの口でそう言った。

「あまり人には聞かせられない家訓だけどな。どうしても曲解されてしまう」

 まるで人にギアを推奨している様な、そんな意味合いで取られてしまうが本質はまるで違う。 

 失って初めて得られる尊き物は、元のままでは決して手に入らない。というのを分かり難く言い換えただけ。

 柔軟性がないというか、杓子定規というか。お祖父様はそういった欠けのあるお人だったのだろうと想像出来る言葉だな。

「……久々に先代様と会った気分になりましたよ。やはり会話にはその血が宿るものですね」

「父さんの方がもっと人情味があると思うがな」

 まだまだ足下にも及ばない。

 人柄以外にも運営力、技術力。そのどれを取っても劣っている。

「主人様も大概かと。……意地の悪い横割りを失礼致しました」

 ヴェロニカはそう言って首を垂れる。

 そんなに畏る程でもないだろうに。謝るべくは先程のギアに替えてしまえば〜の辺りだが、流石に拗れるからやめておこう。

「半機半人の君がそう返すのは当然だろう? 気にする必要は無いさ」

 そうだ。そこは気にしなくて良い。

 俺は談笑を続ける二人を見て、いつの日か人と機械を分断する分厚い壁を払えれば良いのだがと純粋な心持ちが表層に浮かぶ。

 ……もしかしたら俺が父さんを超える為に尽力すべきなのは此処なのかもしれないな。

 新たな気付きとは日常の中で鳴りを潜め、往々にして会話の中から顔を出す。

 その喜ばしさに頬が緩むのを確かに感じていた。

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