第2話 steam gear ②

 リードキンさん主導の下後ろを着いて行くと、区分された職員スペースの中を進んでいく。

 時偶に一瞥されながらも重苦しい金属製の扉の前までやって来ました。

 難なくそれを開けて先へ。

 最後尾ですので音が立たない様にゆっくりと閉めました。

 私のその行動に「レディーなのだから気を遣わなきゃ駄目だろう」「これが彼女の仕事なんだ」と会話が耳に入りました。

 小競り合いになりそうでしたので宥めてよく喧嘩になるものだなと思わず笑ってしまいました。

 扉の先は従業員通用口の様なもので上下へと続く階段が広くあり、上階に向かうと伝えられました。

 2階、3階と登ると先程と同じ扉が。

 重厚なそれを前にリードキンさんの足が止まりました。

「一応言含めておくが、俺はあくまで繋ぐだけだからな。他は期待するなよ」

「充分だ。……平のお前にはその辺りが限度だろう」

「この野郎言いやがったな。……ま、精々頑張るこった。いけすかない人だからな苦労しろよ」

「前もって聞いてはいたが、そこまでか」

「綺麗な女性を紹介すると言われても断るレベルでね」

「相当だな」

 どうやら随分と気難しい方との立ち合いになりそうで、私は思わず背筋を縦伸ばしました。

「君が緊張してどうするんだ」

 私の様子を見られていたのか淡々とそう言われてしまいました。

「あはは……。横で聴かされるのも中々心労を感じるものですよ」

 張り詰めた空気というものを想像するだけで身体は強張ってくるものです。

 リードキンさんが一歩私の前に出ます。

「ならどうかな? 話が終わるまで私とブレイクタイムでも」

「お断りします」

「身持ちは硬い方が俺の好みだ。彼女の心の鍛鉄はいつか私という情熱の炎で……」

「はいはいはい、ありきたり。もう後にしてくれよ。先行ってるからな」

 リードキンさんの言葉を切るように主人様がそう言って、一足先に扉を開けて向かってしまいました。

 私もそそくさと後を追います。

「あ、ちょ待てよ」

 そうリードキンさんの少し慌てた声が迫ってくるのを感じて。

 下の階とは打って変わってここは空気が多少澄んでいました。

 少なくともむせ返りはしないので楽です。

 職員のみで構成されてるであろう一区画は騒がしくも無く人は少なめ。進むのに苦労せず金色の装飾の強い扉の前に辿り着きました。

「……この部屋だよ」

「大仰な扉だな」

 主人様はそう感想を述べました。

 私も同意見です。

「まぁ難があろうと、この課の長である事に変わりは無いから。見てくれは権威の象徴でもある。対等に話し合う為にも重要さ。その辺りはお前にも分かるだろう? 領主様」

「そうだな。身に染みるほどに理解しているよ」

「正直で結構。開けるぞ」

 そう言ってリードキンさんはコツコツと扉を叩きました。

「誰だ」

 数秒の後、気怠そうな声色に、喉が澱む様な濁声で言葉が。

「お忙しい中申し訳ありませんリードキンです。先週お話しした私の知り合いであるアインコオル殿をお連れしました」

「あぁ? アインコオル? 知らねぇぞ」

 また数秒の沈黙がありました。間が空くのが気になりますね。

「いえ確かにお話しは通した筈です。此度の連続窃盗事件による被害がメタルスラグ地方で出た際にそちらの辺境伯が訪ねてくると」

「あー二代目の若領主か……ッチ、入れ」

「失礼します」

 このやり取りだけでも癖が強いんだろうなと思わせるのに足ります。

 舌打ちが鳴った際に主人様の瞼が少し震えたのが印象に残りました。

 立場上私は表に立つ資格がありません。物凄く歯痒さを感じます。

 心内で頑張って下さいと祈りながら私達は一室に足を踏み入れます。

 中はそこまでごちゃついている訳では無く、どちらかと言えば殺風景。良く片付いた部屋。

 簡素なカーペットに奥には横長の机。そして整えたお髭を蓄えた初老の男性がそこに座していました。

 表情は強張ってその瞳は猜疑心を隠す事もなく私達に真っ直ぐと向けられています。

「はぁ、これはこれは。良くぞいらっしゃいました。私本庁付けのスチームギア犯罪対策課のエモニエル・レバレストと申します」

 気怠さは依然、前面に。

 軽い口調ではありますがその表情に出る本音は建前でも隠さない。

 アルベルトさんと蓄えたお髭という点で共通してますが、彼と比べると余りにも人としての差を感じます。

 主人様が前に出ると胸に手を当てて頭を下げました。

「知っておられるとは思いますが、アインコオル・チターニア・メタルスラグです。この度はお忙しい中貴重なお時間を頂き感謝のしようも御座いません。」

「それはそうですなぁ。本当に貴重な時間を貴方に割いている訳ですからねぇ」

 空気がひりつくのを感じました。

「ええ正に。お礼を申し上げます。早速ですが、本日は巷を騒がせている件で……」

「随分上から目線ですな」

 主人様の言を遮ってそう言いました。

「と、言われると?」

「なぁ若旦那、アンタはお礼で腹が膨れるたちなのか? ありがとうと家を借り続けるのか? 助かったと言えば服が出てくるのか? 違うだろう、感謝感激はゴールドの雨あられを介して返されるもの。名の威光で如何にかなると思って来たのであれば残念でしたな。ここは積み上げた者たちが見れる景色。脚立でも用意せにゃ蹴飛ばされますぜ」

「生憎、価値のある物に待ち合わせはありません」

「そうですか。なら、テーブルに着く以前のお話だ、お引き取りを。田舎者の小旅行としては上等でしょうよ」

「貴方にとっては金が第一なのですか?」

「正に七光が言いそうなセリフですな。隠しているつもりでも熱が篭れば端々に外皮が落ちる。随分と浅はかな問いだ。……あぁ大事ですとも金は大事。困る事のない者に言っても仕方ありませんがね。そこの女給の末路なんて良い例でしょう。四肢換装のフルチューニングなんぞの生き恥はとても私には耐えられませんがね。飼っているならお分かりになられませんか」

 エマニエルの視線が私を突き刺す。

 総称してスチームギアと、人においては侮蔑も含まれた呼び方をされる義手義足。普段耐えていますが、それでも主人様や先代様が作り上げて下さったこの"ギア"は私の誇りでもあります。

 思わず開きかけた口をそっと飲み込みました。

 すると小声で「理性的なのもまた俺好みだ」とリードキンさんの声が。

 冷や水をかけられる様に一気に全身が怖気立つのを感じました。

 エマニエルは無反応である私の様子に面白くもないと言いたげな様子です。

「人に何かをして欲しい、させたのであればそれは返さなければいけない。1には1を、2には2を。金はそれを簡略化してくれるし、身分や見てくれなんぞの入る余地がそこにはない。だからこそ私は金が大好きなのですよ。愛していると言ってもいい」

 続けてそう語りました。

「貴方の仰ることには確かに一利があると思えますね。恵まれて育った私には今一つ理解出来ないのも事実。でも交渉事において現物的な物が全てに優先されるという事は無いでしょう。人によって変動する価値を持った物もある」

「情報を売るとでも言いたげですな。顔付きで大体見当は付きます。私等を舐めとりませんか? そちらが得られる物に我々が届かないとでも?」

「そこまで思い上がるつもりはありません。これは私達が追っている事件とは別件のものですが……簡潔に述べるならモールドバンクとルージェル商会」

「えっ」

 主人様の語った言葉に最初に反応したのはリードキンさんでした。

 私にはその二つで連想出来るものはありません。

「……まさか」

 エマニエルも有り得ないと言いたげにそう言葉を残しますが、私は蚊帳の外にいる気分。

 考えますが如何にも欠片も引っかかりません。

「戦後にして類を見ない程の巨額な金銭被害を出しましたね。あなた方は着々と真実に近づいていますが、ここ最近は一つ二の足を踏んでいるのではないですか? 興味はお有りと確信していますが」

 主導権得たりと主人様の声色が上がって、エマニエルはため息を吐くと眉間を抑えました。

 私自身繋がりは見えませんでしたが、今の主人様の言葉で優勢になったという事は分かります。

「……聞くだけはします。はぁ、詳細と要求を」

「資金保管庫の1つが我々の領地の隅に。今回の事で内々の見直しを行った事が幸して発見に至りました。見張り役であろう者を1人捕えています。要求は此度の我々の領地で起きた事件から一切の足を洗う事」

「公僕に足を洗え、か。一つ一つが癪に障る男ですな貴方は。目的は面子ですか」

「ただの意地ですよ。示さなければいけないでしょう、領主が領主たらんとする様を。でなければ引継いだ意味がない」

 主人様の言葉の後、暫く沈黙が続きました。

 そして堰を切るエマニエルの溜息がわざとらしく広がると腰を落としていた椅子の軋みが一つ。

「……追っている訳ではない、関係が無いからこそ別口で辿り着けたと。どうにも運に恵まれているようですな妬ましい。……詳細は追って伝えて頂けるという事で?」

「ええ」

 苦虫を噛み潰す様な表情をエマニエルは浮かばせました。

「……はぁ、まさかこんな若造からもたらされるとは。不条理極まりない」

「そういう世界なのだから仕方ないでしょうエマニエル殿。……最後に私の女給への差別的発言を撤回して頂ければ御の字ですが」

「君は他人の野糞を見せつけられて謝るのかね。だとしたら奇特に尽きる」

 淡々としたその嫌味は正に醜悪な人間性を前面に押し出したものでした。

 主人様は小さく笑います。

「貴方の優秀さには人間性が追い付かなかった様ですね。とても残念です」

 そう言って踵を返し、晴れやかなお顔で私達に「行こう」とだけ言い、この部屋を後にします。

 着いて行って最後に扉を閉めると

「ッチ。2度と来るな田舎者が」

 そうエマニエルの捨て台詞が耳に入りました。

 来た道を戻っていく最中、リードキンさんは主人様と並ぶ様に走って肩を叩きます。

「アインコオル。グッジョブ!」

 労いの言葉。私も口を開きます。

「主人様……」

「何だよ……」

「最初は心配でしたけど、捨て台詞を吐かせられたのなら私達の勝ちです」

 勝ち負けではないのでしょうが、彼が最後に残した言葉は余りにも敗者のそれでした。

 主人様はなんとも含みを持った顔を私に向けましたが、その表情は良く分かりません。

「というか、条件に出していた例の話、ホラを吹いてないよな? 嘯いて虚偽だったのなら冗談じゃ済まされないぞ?」

「大丈夫だ。語った言葉に嘘はない」

 リードキンさんは「なら良いけど」と納得した様子でした。

「色々言われたが……まぁ下馬評に比べたらおかしい人とは思わなかったな」

「マジかよ」

「あぁ、彼の語った言葉は皮肉と悪意に塗れていたが確かにと思わせる物もあった。俺自身も反省せざるを得ない事も。唯一差別的な言動は如何と思ったがな」

「……当て擦りなんだろうな」

「だろうな。余程我々に敵意があると見える」

 スチームギアを用いた犯罪はここ最近増加しているとの話は小耳に挟みます。

 特に対策課の長を名乗っていたあの人からしてみれば、私達は疎ましい事この上ないと思うのは想像に難くない。

 理解は出来ますね。

「この後はどうするんだ? 俺が知っている程度なら教えてやれるが限度もある。お前等だけで探すのは色々骨だろう。これ以上は課長も利になる事はしてくれないと思うぜ」

「こっちはこっちでやれる。心配するな」

「アテがあるって事でいいんだな? ならもう何も言わないが」

「あぁ」

 そうこう話している間にあの鼻が曲がる煙臭いロビーへと着きました。

 やっぱりここは慣れません。

「じゃ、俺はここで。君にもまた会える事を期待しているよ」

「機会があれば」

 少しリードキンさんの言動に慣れてきました。

「今日は色々と助かった。今度礼をさせてくれ」 

「なら酒場にでも行こうか。これまた俺好みの女性が接客していてな……」

「ダシに使う気だろ?」

「バレたか。お前の奢りだからな」

 男性という物は下世話なお話がお好きな様で、そこに関しては身分や年齢に違いは無いのでしょうか。

 主人様には小綺麗にしていて欲しいというのは我儘な考えだとは思いますが、こういう悪への道に通じる者から守るのもまた私の役目であると信じています。

 なのでリードキンさんを睨みつけますが、彼はどこ吹く風で一つのウィンクを残しこの場を去って行きました。

 ……ここ暫くは外出する際に必ず着いて行こう。

 そう心に決めました。

 少し寂しくなった空気の中で私達は馬車へと戻ります。

 その時不意に、エマニエルの言葉が脳裏に浮かびました。

 "生き恥"。

 この言葉が頭の中で駆け巡りました。

「主人様私は……恥だなんて思った事はありません」

「知っている。皆まで言わなくてもいい」

 主人様は私の言葉を両断するかの如くそう言い切りました。

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