steam gear

杉花粉

第1話 steam gear ①



 白色の煙霧が広がる街オールトの首都駅前。

 忙しなく数多の人間が行き来しておりまるで血液を模したかの様相。

 その中で簡易的な錆の見えるベンチに腰を掛け畳まれた紙束に眉間を寄せて煙を蒸す者が1人居た。

「おいおいまたかよ。ここ最近物騒だなぁ」

 そう独り言を放つと口にパイプを咥えてまた煙を蒸す。

 その言葉に誘われたのかスーツを着込んだ者が足を止め彼に近づいた。

「何かあったのか? 見せてくれよ」

 目の前に立つと友人に話しかけるが如く軽い口調でそう言った。

「うん? あいよ。スチームギアでの強盗。これで12件目だってよ」

 パイプの男もまた合わせた口調で返し紙束を差し出す

 張り付いてまじまじと目を向け、数秒の後彼は大きくため息を吐いた。

「はあー。やっと落ち着いてきたのになぁ」

「困ったもんだよな」

「本当にな。あの欠損者共碌な事しねーよ。ウチの下請けにもゴロゴロ居るけど態度は悪いし勘弁してほしいわ」

「こっちにも1人居るがどうにも使い勝手は悪いな。やっぱり犯罪者なんか雇うべきじゃ無いんだよな」

「その通りだわ。……おっと仕事遅れるからそろそろ。見せてもらって悪かったな」

「いや、いいさ。それじゃあな」

 男は手渡された物を返しそそくさと社会の血流へと向かって行った。

 直ぐ様に人混みに霧散すると見届けたパイプの男はまた煙を蒸す。

「……俺も行くか」

 吸っていたパイプを返し、ベンチの端に軽く叩いて中の灰を落とすとそれをケースに仕舞い腰を上げた。

 手元の号外で軽くスーツも叩く。

「あのぉ……」

 丁度体の灰を落とし終えた辺りでまた、そう声が響いた。

「はい?」

「その号外……私にも見せて頂けませんか?」

 目の前には給仕服に身を包んだ1人の女性が立っている。

 続く言葉は一音で止まりその異様に膨らんだ両手足は男の目を引いた様で眉間を顰めた。

「あんたフルチューンか、しかも……。もう行くからこれはやるよ」

 男は嫌々しそうに紙束を放り投げると給仕服の女は慌ててそれを受け取った。

「あ、ありがとうございます!」

 女が急ぎ早に礼を述べる頭を下げるが、立ち去るその男は一瞥もくれる事なく同じく人混みに消えていく。

 女は薄く口角を上げながら、残る灰の臭いが香る号外に手を置くのだった。




⭐︎⭐︎⭐︎




 お前は生きたいか?死にたいか?今ここで選べ。

 この言葉は鮮烈に私の脳内に焼きついて離れることは無い。

 何かを選ぶという事はとても大事で、たとえどの選択をしようともそこにある意志こそが最も尊ぶべき物であるとその人は語っていた。

 だからこそ今、私がこうやって抱えた号外を手に走っているのも私が選択したのだから尊ばなければならない。

 それがあの人の思想であるならば。

 私は勢いよく馬車の扉を開くと、勢いのまま乗り込む。

「申し訳ありません! 時間かかりました!」

「遅い。何をしていたんだ」

 金色の瞳に白い肌。そして見慣れた黒髪の私の主人が不機嫌な視線を向けてそう言った。

 私は思わず口角が緩むのを感じる。

「えへへ……ちょっとデカいブツと戦ってまして……」

「きったないなぁもう。いきなりそんな話止めろよな……」

 変に言い訳するより素直な方が良いと思いましたが、この辺りについてはどうにも隠した方がこの人の好みなようでした。

「あ、後これ頂いて来ました。今日の号外です。まだ見てませんでしたよね?」

 私はそう言って、貰った今日の号外を手渡す。

「あぁそうだな。これは助かる」

 薄く笑みを浮かべたその表情はいつ見ても私の心を打つ物がある。

 願わくば永遠にこの顔をして見せてくれたら嬉しいのになと思う。

 五分程主人様がそれに目を通していると、不意に目の前の小窓が開いた。

「主人様。そろそろ出発致しますか?」

「頼むよ」

 一切目を離すことなくそう言った。

 馬の扱いはこの執事長様が一番上手で、もっぱら遠出する際にはこの役割を与えられている。

 どうにも私にはこの才が無いのか馬の操作は苦手で改善しなければならない事柄でもある。

 何より主人様に頼られているという事実に嫉妬してしまいそうなので頑張らねば。

 馬車の車輪が甲高く軋むと徐々に私の体は後ろに引っ張られる。

 よく分かりませんがこの感覚は好きな物です。

 動き出してから体が安定して、私は主人様の横から覗く様に号外に目をやると強盗事件の欄に止まっていた。

「情報が巡るのは早いものですね。昨日の今日なのにもう載っていましたよ」

「これが仕事だからな。心底優秀とは言えるが、こちらとしてはあまり面白くはない」

 私たちの領地で起きた事をこうも大々的に書かれてしまうと主人様の立つ背がない。

 領民の安全な生活を担保するのは私達の命題と言ってもいい。でなければその信頼の心はたちまち消えてしまって後には何も残らなくなってしまう。

 この事は主人様自身が一番分かっている事なので眉間に寄る皺もこれまた一際である。

「ベルメールさんも元気になって下されば良いのですが……」

「最大限の支援はするのだから彼としても消沈しては居られないだろう。何度でも立ち上がるのがベルメール氏の人となりだ。……寧ろ気にするのであれば自分達の事だ」

「それは一体?」

「なに。すぐに分かるさ」

 私には主人様の言っている事の意味は分かりませんでした。

 考えている内に会話も無くなり、このただ静寂とした時間も悪く無いなと思っているとゆっくり馬車の速度が落ちて今度は前に体が揺れる。

「到着致しました」

「あぁ。分かった」

 私はその言葉を聴いて馬車の中から降りて反対側へと周り扉を開けた。

「足元が悪いのでお気をつけて下さいね」

「悪いなヴェロニカ」

 私は頭を垂れて主人様の足音を聴く。

 そして名前を呼んでくれたという事に対して私の心は嬉しさで張り裂けそうになるのを感じました。

 降り切ってから私は馬車の扉を閉めて主人様の後ろに立つ。

 ふと目の前の景色に見やるとそこには大きな建築物が。

 登りが立っていてそこには我が国の国旗が靡いています。所々出入りする人の特徴的な服装に私は見覚えがあった。

「ここはもしかして……警察署ですか?」

「あぁ、本庁だな」

 国家治安部隊の総本山。

 私は背筋が硬くなるのを感じていました。

「アルベルト馬車を頼む」

「了解致しました。……ヴェロニカ、しっかりとやるんだよ」

「大丈夫ですよ! 迷惑はかけませんから。万が一襲われても負ける気がしないですし」

「ここでそんな事態が起きようものなら国として終わりだろうよ」

「それもそうですね」

 主人様と私は薄く笑うと、その脚のまま本庁の中へと進んでいきました。




「うわぁ……。広いですねぇ」

 私は小麦畑を連想させる程に広くごった返した人、人、人の群れに呆気に取られました。

 違う点と言えばむせ返るほどの葉巻の煙と、隠し味の様に支える濃い化粧品の香り。

 それが鼻を刺すと摘みました。

「く、臭いな」

 主人様も同じ様に感じているらしく、鼻を塞いでいました。

 葉巻の嗜みがありながらこの反応。私は相当に空気が悪いのだと違った意味で恐怖を感じました。

「ロビーの方に要件を伝えて参りますので、外で待っていて下さい」

 淀んだ空気の中を彼に歩かせる訳にいかない。

 私はそう思って提案しましたが。

「いや俺も行った方が早く済む」

 そう顰めっ面のまた主人様には返されました。

 余計な気遣いをしてしまったようです。

 2人で奥の方まで歩みを進めると1人制服と職員バッジを胸に付けた女性の職員が私達の目の前を横切りました。

 私はよく手入れされていると見受けられる艶やかな赤茶色の頭髪が目に留まり、羨ましいなと仄かに思っていると主人様が追いかけました。

「すまない少し良いだろうか」

 その言葉に足早に過ぎ去ろうとしていた歩みを止めてこちらに振り返りました。

 現状でも分かるほど薔薇の強い香気を感じ、真っ赤な紅を差して目立つその表情はとても冷ややかで歓迎されているものでは無いと直感しました。

「傷病申請ならあちらの列ですからお並び下さい」

「いや、違う」

「でしたら被害届の列はあちら。相談事ならあちらの列。スチームギアに関連するのならあちらです」

 淡々と機械的にそう述べると職員さんは返事を待つ事無く向き直り行ってしまう。

「あ、ちょ……」

 私は過ぎ去る主人様の声を聞きながら彼女の前に走りました。

 前を塞ぐと職員さんの眉間に皺が寄ります。

「あの! 私達今日刑事さんとお約束があって此処に来たんです」

 あくまで神経を逆撫でしない様に私はにこやかにそう言葉を切り出しました。

「……刑事のお名前は?」

 面倒だと言いたげでしたがそう応えてくれました。

 問題があるとするならその質問に対する答えを私が持っていない事。

 口籠もりながらあたふたして視線を主人様に向けました。頭に手を当ててため息を吐いていました。

 不甲斐なさが身に染みる。

 私の様子に職員さんも振り返ります。

「リードキン・ケインベックだ。辺境の青二才が訪ねて来たと言えば伝わる」

「少々お待ち下さい」

 終始表情を崩さなかった職員さんはそそくさと離れて行き、人混みの中へ姿を消してしまいました。

 手持ち無沙汰になってしまった私達は近くの手頃なベンチを見つけて一休みします。

 気分の悪い砂っ気を感じると私は右足に違和感を覚えて軽く触りました。

「痛むか?」

「あ、いえ。少し引っ張る様な感じがして……」

 そこまで気になる程でも無いのですが主人様は私のさする箇所を見つめていました。

「その位置で肌と接触するものとなると……磁帯干渉ゴムだな原因は。グリスが足りなかったか劣化したのか。……帰ったら調整しよう」

「はい」

 優しさが骨身に沁みます。

 数分待ちぼうけのまま煙に耐えかねた鼻がムズムズとし出した頃合い。人混みを抜けて男性が早足で此方に向かって来ました。

 随分と筋肉質なのがスーツ越しからも伝わる程のその人は、裏腹な優しい目線を真っ直ぐに主人様に伸ばしている。

 主人様は小さく口角を上げながら両膝叩いて立ち上がりました。

「おお。アインコオル! 久しぶりだな!」

「親父の一件以来だなリードキン」

 そう言葉を交わすとガッチリと握手をしました。

「そうか。あの後一度も会わなかったか。日が過ぎるのは早いな。……そちらも元気そうで何よりだ。鉄筋の乙女」

「えっ!? あ、ありがとうございます」

 会話を振られると思っていなかったので思わず驚いて吃りが出ました。

 主人様がこれ見よがしに咳を吐きます。

「おい。うちの使用人だぞ」

「ムフフ。全ての出会いは必然、そして運命なのさアイアンメーカー」

「紳士の様に振る舞うのも良いがありきたりな言い回しは止めろ。それに鉄は作っていない」

「同じようなもんだろ? 合金なら混ざっているのだし」

 主人様の額に青筋が浮かぶのを感じました。

「同じな訳あるか。産まれた子供は親のクローンなのか? 違うだろう。そういう事だ」

「はっはー! 頑張って親の足跡に合わせ行ってる身でよく言うぜ!」

「うるせぇ!」

 そのまま口喧嘩をしながら2人は歩き出しました。

 私も立ち上がり後を追います。

 後ろ姿を見ながら私は羨ましさ……いや、嫉妬とでも言うべき暗い感情が湧き上がるのを感じる。

 主従と友。その違いの差は山とも同義であり、見上げる自分の姿を想起するのでした。

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