第7話 無自覚かつ盛大なやらかし
翌朝。
朝食を取るために朝食室へ出向くと、食卓にはなぜかマインの姿が。見慣れた冒険者の姿ではなく、簡素ながらも上質な服装で、地位に相応しい貴公子然とした見目麗しさ。どこからどう見ても立派な皇弟殿下である。
「あら、どういう風の吹き回し?顔見せるなって伝えてもらったはずだけど?」
朝っぱらから嫌なもんを見たとばかりに嫌味を言ってやると、彼の態度が若干おかしい。
「その、なんだ…………おはよう」
いや朝の挨拶は大事だけどさあ!それ以前になんか言うことあるでしょ!?
「おはよう。…………じゃ、おやすみ」
「ま、待て!」
顔も見たくないと言った手前、自室に戻ろうと踵を返すと途端に慌てたような彼の声。焦りに満ちたその声が少々意外で、思わず足を止めてしまった。
「その、怒っているのか……?」
疑問形なのアウトだぞマインくん。
「どう解釈したら怒ってないと思えるのかしらね?」
まあきっと、今まで思い通りにならなかった女なんていなかったんでしょうけどね!
「その、済まない。まさか怒るとは思わなくてだな」
「貴方さあ、助けに来てくれた時の私の状態、正確に説明できる?」
振り返らずに問いかけだけを投げる。
初級問題、点数は5点だぞ。
「あの時は……お前が望まぬ婚約をさせられそうになっていた、か?」
また疑問形だからマイナス2点ね。
「有り体に言って拉致されかけてた、ってところね。
で?そのあと君は私に何してくれたのかなあ?」
「……………………。」
おいサービス問題だぞ!?解けなくてどうする!?
なんだコイツ、意外とポンコツなの!?
しばらくイライラしながら答えを待っててやると、ようやくポツリと呟く声が聞こえた。
「まさか、私もお前を拉致したことに……なる、のか?」
「なんで疑問形ばっかなのよ!?拉致そのものでしょうが!」
我慢しきれなくなって振り返り、言葉を投げつける。
助けたフリして実はストーン侯爵と全く同じことをしでかしてただけだって、なんで分かんないの!?
だってアルヴァイオンの海岸からブロイスの北岸まで、船で少なくとも3日はかかるのだ。私は船内で
行き先を知られたくなかったのだろうが、それにしたってふざけた話だ。手酷い裏切り以外の何物でもない。
私の剣幕に驚いたのか、彼はひどく気まずそうな顔をして、俯いてしまった。
「その、済まない。喜ぶとばかり思っていたものでな……」
「ずいぶんおめでたい頭してるのね、貴方。少なくとも『冒険者のマイン』は頭のキレる奴だと思ってたんだけど?」
「私の何が悪かったのか教えてもらえないだろうか。改善できるものなら何でも改める。だから機嫌を直してはくれないか?」
「…………それを私に聞いてる時点で0点だよ」
「だ、ダメなのか?」
「ダメに決まってるじゃない!そもそもアンタの中で私はどういう位置づけだったのよ!?」
みるみる彼の顔が驚愕に歪む。
え、なに?まさか
ふと視線を感じて周りに目を向けると、給仕のために待機していたメイドたちがハラハラするやら狼狽えるやら。これはアレか。皇子さまが見初めて連れてきた婚約者だって話だったのに、予想外に聞いてた話と違うんでアワ食ってるパターンだな。
「だいたいさあ、私がアンタに惚れてるとでも思ってたの!?今までそんなやり取りした憶えもないんだけど!?」
だからハッキリ言ってやる。そんな要素は1ミリもなかったぞ!
………………いや1ミリはあったな。なんなら絶対もっとあった。ぶっちゃけこのまま流されて彼の妻になってもいいかとさえちょこっと考えてるし。
でも声に出して貴方とそういう話したことは無いはずよね!?
彼の顔が驚愕から絶望に変わる。
この端正な顔がコロコロと百面相するの、意外とオモロイな。今までこんな狼狽えた姿も見たことなかったし、ちょっとなんか楽しい、っていうか意外とカワイイかも。
まあでも、それで絆されたら何が悪かったのか彼は気付けないままになるし、ここは心を鬼の一択だ。
「マインラート・フォン・フォーエンツェルン・ブロイス皇弟殿下」
スッと心を鎮めて、表情を消して背筋を伸ばし、伯爵家令嬢としての矜持をできる限り全面に押し出して外見を作ってから呼びかけた。それもわざわざゲール語で呼びかけてやったぞ。
フルネームで正確に呼びかけられたことに彼はまず驚愕し、次いでキョロキョロと周囲を見渡す。居並ぶメイドや使用人たちが一斉に首をブンブン左右に振って(言ってません)(明かしてません)(ちゃんと隠してました本当です!)と目で訴えるのを見て混乱している。
「隠す気がおありなのでしたら、せめて隠蔽は完璧になさいますよう。わたくしを軟禁せず、このハノヴェル城内を自由に出歩かせて下さったご厚情には感謝申し上げますが、それならそれで最後まで隠し通して頂きとうございましたわ」
「な……、どこでバレた!?」
「どこでも何も。使用人たちはゲール語で会話し、
その程度、国際情勢が一通り頭に入っていれば誰でも分かることです。わたくしをグロウスター伯爵家の者と知った上でそれに気付かないとでもお思いなのでしたら、大層侮られたものですわ」
グロウスター伯爵家は昔から海運と貿易で立身してきた家系である。地理関係はもちろんのこと、各国の特産や輸出入、政情など関係情報は当然押さえてある。そしてアンジェリーナはそこに生まれた娘として、当然のごとく教育されて頭に叩き込んでいた。
つまりマインは、彼女を貴族の務めも果たさずに冒険者などやっている放蕩娘だと侮ったも同然なのだ。
「いや、そのようなつもりは……」
「無いとでも?そのほうが問題だとご理解なさっておられませんの?」
そう、無自覚な方がなお悪いのだ。
そして無自覚に盛大にやらかしたのだと、彼には自覚して反省してもらわねばならない。全てはそれからなのだ。
だからアンジェリーナは逃げなかったのだ。オーロラとともに逃げ去って縁を切っても良かったのだが、どうせなら彼には気付いて欲しかった。きちんと気付いた上で、さらに一段と男を上げて欲しいと、そう願ってしまったのだ。
これだけのハイスペックイケメンなのだから、どうせならパーフェクトヒューマンを目指して欲しい。そうすれば彼に影響を与えた女として、この先一生自慢できるだろう。
マインラートは顔を歪めて、俯いたまま黙ってしまった。それ以上何も言い返せないと悟ったのだろう。
「だから申し上げたのですよ。まずはきちんと口説いてからになさいませ、と」
入り口の方から声がして、アンジェリーナが振り返るとオスカーが顔を覗かせていた。「外まで声が響いておりましたよ」と言いながら彼は室内に入ってくる。
「もしくは最初から身分を明かして、正式に婚約を申し込むべきでした。下手に
「オスカー……」
あ、オスカーさんは本名なんだ?
私の
「とにかく、こうなってはお披露目は延期ですな。夜会自体はもう開かないわけには参りませんが、アンジェリーナ様のお披露目とするわけには参りますまい」
「まあ、そうですわね。お受けしてもおりませんのに、既成事実だけ作られるのも困ります」
既成事実、という言葉に彼が反応する。
まるで、そんなつもりは無かったのだとでも言いたげに。
だから無自覚なのがダメだっつってんのに、まだ分かんないかなあ?
「ならば、ならばどうすれば良いのだ?そなたは何をすれば私に靡いてくれるのだ」
「ご自身でお考え下さいませ。婚約を望んでいるのはわたくしではなく、貴方様でしょう?」
そこまで言って、今度こそ私は朝食室を後にした。食べ損ねた朝食は、あとで自室に持ってきてもらおうっと。
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