第3話 鮮やかな救出劇

 馬車に揺られて街道を走る。うちの領地はけっこう僻地だからある程度距離を移動するのに、今どき脚竜車・・・じゃなくて馬車だってんだから、カッコつけのストーン侯らしい。でも馬車だと足が遅いから今日中には王都に着かないな。途中で何泊か宿を取るか、それとも野営でもするんだろうか。

 まあ野営だろうな。街中だと人目につくから暴れるわけにもいかないし、私が逃げ出して路地にでも隠れれば見つけられなくなるでしょうし。

 つうか王都の侯爵邸からうちの領都までわざわざ馬車を差し向けてるってことは、縁談を受けて私が家に戻るのを見越して動いてたってことじゃない。チクショウ全部ヤツの手のひらの上かよ!ああなんかムカつくぅ!


 そんな事を思いながら、アンジェリーナは窓から街道の景色を眺める。その視線の先、遠くに見える森の入り口のあたりに一騎の騎馬ならぬ騎竜が目に入った。


 ん、あれ?今のオスカーさんじゃなかった?ずいぶん遠くて青豆ソイの粒ほどにしか見えなかったけど、咄嗟に魔術で[感覚強化]して目を凝らしたから、多分見間違えじゃないはず。

 しかもこっち見て笑ったような気がするんだけど!?気のせい?気のせいじゃない?どっち!?


 と思ってもう一度見たときにはそこにはもう誰もいなかった。

 何なんだろう一体。見間違えじゃないとして、もしかしてまだ私を追いかけて来てるの?実家バレしたくないって私言ったよね!?



 結局その後はそれらしい姿を見ることもなく、夜になって一行は街道から逸れて森の中で野営の準備を始めた。案の定街で宿を取るつもりはないようだ。

 まあ私設騎士だけで十数人いるからね、それだけの数を泊まらせるだけの資金も渡されてないんだろう。

 ていうかさ、これ、コイツらが私を襲う気になれば軽くピンチなんだけど?まあさすがにご主人様が嫁にしようとしてる女を手篭めにしたりはしないだろうけど、目撃者は出ないだろうし口裏を合わせればどうとでもなりそうな。襲うったってエッチな意味じゃなくて殴る蹴るの方だってあり得るしね。


 まあそうなればこっちとしても存分に冒険者としての実力を披露するだけだけどね!武器も鎧も持ってこれなかったけど、いざという時に備えて隠した暗器はちゃんと懐にあるし。普段からソロで動いてるんだから、そういう備え・・・・・・はいつだってあるのよ。ふふん。


 …………とか思ってたのに、何事もなく普通に食事が用意されて別に毒も入れられてなかった。なんか拍子抜け。


「すいませんねお嬢さん。こんな暗い森の中で不安でしょうけど」


 私設騎士のひとりが、私に食事を運んできた際にそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。なんだ、アレな侯爵の私設騎士なのにマトモな人もいるじゃない。


「大丈夫よ。私慣れてるから問題ないわ」


 なんで慣れてるのかは言わない。私が冒険者をやってるってことは社交界ではひた隠しにしてあるから、末端の私設騎士が知ってるはずもない。

 まあ察してる勘のいい貴族はいるかもだけどね。〈賢者の学院〉の“力の塔”出身で、勇者候補の「候補」に挙がったことがあるって経歴は周知されてるから。

 ていうかストーン侯の狙いもほぼ間違いなくそれだろう。力の塔の卒塔者ってだけでも国家の柱石となれるレベルの人材だし、それが卒塔後2年も出仕せずに結婚もしないでフラフラしてるんだから、それを押えれば自分の権勢をさらに増せると考えててもおかしくない。

 まあそれならそれで真っ先に陛下が動くはずなんだから、少し考えればなぜ私がフリーで遊んでられるのか分かりそうなもんだけどなあ。


 ま、それが分かんないからあのボンボンは駄目なのよね。


「え、慣れてるんすか」

「そうよ。うちは辺鄙な田舎領地で森も野山も多いし、無駄に領地も広いから護衛たちと一緒に視察途中で野宿ぐらいするもの」

「ああ、そうなんすね」


 私設騎士はそれだけで納得したのかそのまま下がっていった。多分この人平民の出だなー。いい人だけれど、そんなんじゃコロッと騙されるよ君?世の中世知辛いんだからね?


 とまあ、そんな事はさておき私は据え付けられた仮設テントに潜り込んだ。これは私のために用意された寝所で、ちゃんと毛布も用意してある。そしてさすがに中までは騎士たちは入ってこない。だから個室だ。

 まあ入って来られたら、それはそれで大問題だけどね。

 テントに入る際にそれとなく周囲の様子を伺ってみる。騎士たちはそれぞれ寝袋を用意して潜り込んだり、火の番をしたり見張りに立ったりと色々だ。隊長の姿が見えなかったので、多分アイツは馬車で寝るんだろう。

 いや間違ってるだろオイ。護衛対象(連行対象ともいう)の私をこそ馬車に入れとくべきだろうが。


 まあ文句を言っても始まらないので、寝るか。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 毛布に潜り込みつつ夜が更けるのを待っていると、案の定というか周囲が騒がしくなる。馬の嘶きと人の怒号、それに剣戟の響き。

 ホントに来たんだ。何の実入りもないだろうに、ご苦労様だねえ。


 てなことを考えつつじっとしていると、テント入り口の合わせ布を突然はぐられた。


「おいアンジェラ、無事か」


 聞き覚えのある低いバリトンボイス。中を覗き込む豪奢な金髪。マインだ。


「わざわざ来なくたって良かったのに」

「それが助けに来た相手に対する言葉か。いいから行くぞ」


 だってあの侯爵が相手だし。逃げちゃったら色々面倒なのよ?しかもアンタってばブロイスの人間でしょ。仮想敵国に来て騒ぎを起こしてるって自覚ある?

 私が動きが鈍いからか、痺れを切らして入ってこようとするマイン。だからそれを手で制して立ち上がる。乙女の寝所に許可なく踏み込むんじゃないわよ。


「まあいいわ。で?この後どうするの?」

「それはまずここを脱してからの話だろう。早く来い」

「はいはいそうですねーっと」


 仕方ないからテントを出る。出てすぐに片手剣ショートソードを手渡された。

 あらやだ、準備いいじゃない。


「近場の街で買った数打ち物だが、お前なら充分だろ」

「いやあ、何人か斬ったら終わりでしょコレ」

「文句を言うな」

「分かりましたよ」


 そんな悠長に喋っている間、誰も私たちに向かってこない。それもそのはずで、テントの外では縦横無尽に暴れ回るオスカーさんに騎士たちが面白いくらいに翻弄されていた。

 いやアンタ達たったひとりに不甲斐なくない?さてはあれか、普段は格下を寄ってたかってイジメるような仕事ばっかりで強敵との戦闘経験皆無な感じ?なんだよハリボテかよ!


 そしてそんなへっぽこ騎士たちは、私たちが参戦したものだから一気に総崩れになる。隊長が必死になって立て直しを指示していたけど、熟練者エキスパート級冒険者3人を相手に劣勢が覆るはずもない。

 ていうか私昇格試験をサボってるだけで事実上もう凄腕アデプトだし、今まで見た感じだとマインも凄腕級の力はある。なので全く危なげないし、正直負ける気は全然しない。



 オスカーさんが森に隠してた騎竜を二頭曳いてきて、マインとともにそれぞれ跨る。私は隊長の馬を分捕ってやった。


「よし、逃げるぞ」

「ま、待て!」


 マインの言葉に追い縋ってきた隊長の言葉が被った。


「貴様ら、こんな事をしてただで済むと思うな!」


「ほう、ではどうするつもりだ、言ってみろ」


 マインがそう言って睨むと、隊長は目に見えてビビる。もう絶対敵わないのは骨身に染みてるはずだとはいえ、ちょっと弱々すぎるぞおっさん。


「まあタダで済ますつもりがないのはこっちも同じよ」

「な、なに?」

「だからあのボンボンに伝えてちょうだい。アンタのせいで私は国を出るハメになった、って」


 私の言葉に隊長の顔が驚愕に歪む。


「な……まさか貴様……、祖国を捨てる気か!?」

「そうさせたのはアンタのご主人様。で、学院卒塔生の国外流出は国家の損失。ということはよ?」


 わざわざ一旦言葉を切ってやる。

 そして隊長が意味を飲み込んだのを見計らってから宣言してやった。


「その損失を招いた元凶を、陛下がお許しになるかしらねえ?」


 そして馬首を巡らして駆け出す。その両サイドにマインとオスカーさんの騎竜がサッと並ぶ。まるで私を護衛するかのように。


「ま、待て!待ってくれ⸺!」


 隊長の懇願には、もう誰も応えなかった。

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