第2話 望まぬ婚約

「ウソでしょ!?なんで!?絶対嫌よ!」


 久しぶりに実家に戻ったアンジェラ、いやアンジェリーナを待っていたのは、文字通り『あり得ない縁談』だった。


「なんでストーン侯爵家の当主がうちに縁談ふっかけてんのよ!前に一度断ってるのに意味分かんないでしょ!」


 グロウスター伯爵家うちに、というよりウチに、か。

 いやまあ、先方の魂胆は見え透いているんだけどさ。


「そう言わないでおくれアンジー。私としても断りようがなかったんだ」


 もうすでに泣きそうなお顔のブランドンお父様。私が激高して蹴っ飛ばすのが分かり切ってるのに、それでもこの縁談を受けざるを得なかったわけで、さすがにちょっと可哀想になってくる。

 まあそもそもの話、しがない伯爵家が上位の侯爵家からの縁談を断るなんて普通はできないしね。一度目は何とかできても二度は無理でしょ。


「………ねえ、“対策”は済ませてるのお父様?」

「全てではないが、最低限の根回しは済んでいるとも。まだ安心は出来ないから、引き続き動くつもりだがね」

「じゃあ、想定通り・・・・にやるけど構わないわよね?」

「お前が嫌がるのなんて分かり切っていたことだからね。心配せずともいいから、好きなようにやりなさい」

「分かりました。ありがとうお父様、愛してる」


 そう言って父の首に抱きついて頬にキスをすると、軽くハグされ優しく髪を撫でられた。ホントうちのパパカッコいいわ。顔はおっさんだけど心は超イケメン!


「アンジー」


 声をかけられて父から身を離してそちらを見ると、兄のエドワードが玄関ロビーに顔を出してきたところだった。


「ただいま帰りました兄様」

「うん、お帰り。それで?お前はどうするんだ?」

「そうね、ひとまずはエトルリアを目指すとするわ」


 エトルリアならレギーナ先輩やミカエラ先輩のツテも頼れるし、なんならその先のスラヴィアにも行けるし。さすがに自由自治州スラヴィアまでは追いかけて来れないでしょうし。


「あ、お母様と姉様は?」

「母上は今日は陛下のお茶会に呼ばれておいでだ。キャロルはヨークシア侯のお邸で、いつもの昼餐とお茶会に行っている」

「そう。ならその両家はおふたりにお任せしていいわね」


 おそらく、キャロライン姉様がヨークシアの次期侯に輿入れが決まったからストーン侯ヤツも動き出したんだろうなあ。今までの縁談は『姉より先に嫁ぐ訳には参りません』って断ってたしなあ。

 しまったなあ、こんな事になるならもっとハッキリ断っとくべきだった。

 ま、いっか。今度は二度と嫁にしたいなんて思えなくなるほどやっちゃえ・・・・・ばいいだけだし。相手はあの・・ストーン家のボンボンだし、好きにしていいって言われたし、遠慮は良くないよね?


「アンジー、悪い顔になってるぞ?」

「あらやだ、失礼しました兄様」


 さて、じゃあ私も動きますか。

 まずは部屋に戻って、伯爵家の紋入りの便箋に陛下宛ての親書を手早く書き付けて、インクを乾かしてから宛名と署名をしたためた封筒に入れて蠟封。指をパチンと鳴らすと、どこからともなく現れたのは私付きの専属侍女。侍女ながら護衛としても隠密としても極めて優秀な、私のお気に入り。


「オーロラ、これを陛下にお届けして欲しいの」

「畏まりました。ですが陛下には今、サマンサ奥様がお願いしておられるはずですが?」

国外逃亡・・・・だからね、私からも一言お詫びを申し上げないと」

「なるほど、確かにそうですね」


 顔色ひとつ変えずに頷くオーロラ。もうホントうちの人たちみんな私が何しようと驚かないし、何しようとしてても肯定してくれる。みんな大好き!

 オーロラは親書を受け取って一礼したあと、前触れもなくいきなり消えた・・・。彼女に任せておけば確実に陛下まで届けてくれるから安心だ。



 と、そこで表が騒がしくなる。何事かと窓から正門の方を見て、


「げ」


 思わず下品な声が出た。

 だって、そこにいたのはストーン侯の私設騎士団の騎士たち。それもひとりやふたりじゃない、一部隊単位で揃っていたのだ。

 ちっ、私が戻ってるのをこんなに早く嗅ぎつけるとはね!敵ながらなかなかやるじゃないの!


 しかしこうなると、迂闊に部屋から出られない。私が居ないとなればアイツらの事だ、格下の伯爵家・・・・・・に多少の狼藉くらい当たり前のように振るうだろう。私は冒険者としても鍛えてるし、包囲を突破して逃げるくらいならできるけど、お父様や兄様は普通の貴族で荒事は向かないし、使用人たちの大半もそうだから奴らに抵抗する術がない。

 しばらく待っていると、廊下が騒がしくなる。私の周りにはオーロラ以外の侍女や護衛たちが控え室から集まって来ているが、まあそれも戦力にはならない。なのでソファに腰を下ろす。ひとまず腹を括るしかない。


 部屋の扉はノックもなしに開け放たれた。念の為鍵かけてたのに、その鍵ごとドアノブをぶち壊しやがったな。


「伯爵家次女のアンジェリーナ殿とお見受けする」


 入ってきた騎士は、いきなりそう言った。ドアを壊した詫びもなく、自らの名を名乗ることもなく、跪いて礼をすることもなかった。ストーン侯の威を借りて、こっちが下手に出ることを疑ってもないその態度に虫唾が走る。そんな所までご主人様に似なくてええんやで?


「不法に侵入した無礼者に名乗る名はありません。出ていきなさい」


 だからちょっと令嬢らしく撥ね付けてみた。とは言っても帰ってきたばかりで旅装のままだし、令嬢らしさは微塵もないけどね!


「ストーン侯ショーン様が直々に、当家へお迎えするようにとの仰せだ。早速逃亡を図ろうとしたようだが、大人しく従うほうが身のためですぞ」


 先頭の騎士の男は偉そうに胸を張って私を見下ろしながら言った。偉いのはオマエじゃない、オマエのご主人様だ勘違いすんなオッサン。オマエせいぜい部隊長クラスだろうが。

 いやそのご主人様も権力を履き違えた痛い子なんだけどさ。前のストーン侯は話の分かるいい人だったのに、どうして息子はこうなるかなあ。


 無視したままソファに座って、控えている侍女にお茶まで言い付けてる私にイラッときたのか、騎士が一歩近付いてきた。

 だからこれでもかと冷徹な声を出して言ってやった。


「寄るな、下郎」

「げっ、下郎だと!?」

「私設騎士ごときが伯爵家に対するこの無礼、覚悟はあるのでしょうね?お前たち全員の素性を調べて家族ともども破滅させるくらい、わけないのですよ?」


 グロウスター家はこれでも高位貴族の一員だし家が困窮しているわけでもない。田舎貴族だが歴史は古いし、使える伝手も自前で揃える武力も財力もそれなりにある。さすがに侯爵家には及ばないが、それでも私設騎士程度なら何人だって破滅させられるのだ。

 まあお父様はお優しいからそんな事なさらないけどね!


 私の言葉に隊長の騎士が僅かに怯む。いやこの程度でビビるのかよヘタレか!と思いながら立ち上がる。


「とはいえ、ここで貴方達ごとき下賤の者共をいくら誅したところで我が家の損失にしかなりません。いいでしょう、案内なさい。貴族の令嬢をかどわかすのがどれほどの罪になるのか、侯爵様にみっちり・・・・教えて差し上げないとねえ?」


 だいぶ悪い顔で笑えたと思うんだけど、隊長は明らかに怯んだからまあ上手く出来たんだろう。


 そうして大人しく私設騎士に囲まれて私は部屋を、邸を出て、彼らの用意した馬車に乗り込み王都の侯爵邸に連れ去られた。お父様や兄様が心配そうな目で見てたから、安心させるようにウインクしてあげた。

 いや待って、兄様のその顔は私がやり過ぎるのを心配してそうな気がするんだけど!?

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