第九話 面井野つみき(おもいの・つみき)


「リサちゃん、殺人鬼って」

 つなぎから着替えたリサがスクールバックを背負う。僕はそんな背中に問いかける。

「いろんな人が居るんだね?」

「それはそう。人の数だけ個性があるように、一人として同じ殺人鬼はいない……」

 振り向くリサの髪が揺れる。そのたびに僕はリサのことをきれいだなとか可愛いなと思う。けれど彼女は殺人鬼で、組合の人間で、僕の知らない世界で生きようとしていて。

「……うーん、そうとも言い切れないか。あたしが出会った中では、少なくとも、同じ能力を持つ殺人鬼はいなかった」

「……悪い人もいるのかな」

「人間だもの。殺人鬼の中にも善悪はあるよ。……組合は善と悪の間にいて、どちらにも属さないけれど」

 リサは毅然きぜんとして僕を見た。つとめて何かになり切ろうとしているようにも思えた。冷たい何か。例えばプラスチックのスプーンみたいな。例えば、陶器のコップみたいな。例えば、ナイフの切っ先みたいな。

 彼女は僕の知らない兵器つわのき最終りさとしてそこに立っていた。僕の言葉をすべて拒絶するような冷たさを伴っていた。僕は彼女が激怒しているのではないかとすら思った。暗くなりかけた吊前つりさき公園は静かに、彼女の放つ「なにか」を飽和させていた。冷たい風が吹いていた。

「あたしは殺人鬼を殺す殺人鬼。秩序を守るための力そのもの、抑止力、最終兵器サイシュウヘイキ

「……リサちゃんは、リサちゃんだ」

 僕はスクールバックの肩ひもを握りしめた。

「僕の隣の家の、可愛い女の子だよ」

「そう言うのは、知介しろうすけくらい」

リサがつんと言ったが、それに低い声が答えた。

「おい、おれのことを忘れるな」

「あれ。まだ帰ってなかったの?」

 リサは近寄ってきた人影に話しかけた。人影は人影でしかなくて、ピンク色の目印を外してしまった今は、もはや彼を見分けられない。僕は何度も瞬きをして、彼を見つめた。見れば見るほど普通の人なのに――覚えられない。彼の特徴を掴むことができない。顔も、姿も、形も。

 じろじろと見ているとその時、彼と「目がった」。

 感覚的に、のが理解できた。リサがちらりと僕を見たが、その視線が僕を通り抜けて地面に突き刺さる。

「つみき。何やってるの。知介の気配を殺してどうするのよ」

「自己紹介がまだだったと思って」

「そういうところ、律儀よね、あなた」

 彼は僕と目を合わせたまま、淡々と告げた。

面井野おもいのつみき。殺人鬼。気配殺し。よろしく」

 僕はようやく彼から目をそらした。リサの目が僕を映し、僕は大きく息を吐く。緊張したのは気のせいじゃないだろう。彼からは妙な圧を感じる。

「僕につみきさんの顔が見えないのは、気のせいじゃ、ない?」

「そうだ」

 面井野つみきは答えた。「そういう体質だ。誰一人おれの顔を覚えられない」

「な、なるほど……」

 なんと業の深い体質なんだ。

「もう遅い時間だろう。子供を二人放り出して一人帰っても仕方ない」

「子供ってなによ」

 リサがすねたようにつみきを睨んだ。人影は頭を掻いた。

「おれにしてみれば、君たちは幼いこどもなんだよ」

「わかってるけど、改めて口にされるとむかつくことだってあるんだからね」

 リサはぴょんと大股で歩き出した。僕も慌てて、その後を追う。



「リサは気負いすぎなんだよ」

 背後からつみきの声が聞こえてくる。気配はほとんど感じないけれど、声をかけられることでようやくそこにつみきがいることが分かる。僕は見えないその人に、言葉の真意をたずねた。

「どういう意味ですか」

「張り切りすぎだし、思い込みすぎだ。自分が兵器つわのき一家のきもいりだからとか。殺人鬼殺しの役目を負う重役だからとか」

「……そうなんだ」

 そうは見えない。僕の胸倉をつかんでばかとののしるリサとか、「今日団地で変なことがあったでしょ?」と突拍子もないことを聞いてくるリサとか、いきなり窓をノックして乗り込んでくるリサとか、そういう普段の彼女の姿しか見ていないから。

「おれにしてみればリサは、殺人能力のある子供だ。ただの、子供だ。でも海多さんは違う。そうは思ってない。リサは組合の構成員。ことによってはリサを使う」

「……」

 僕はひとりで十歩先くらいを歩いているリサを見た。使う。ものみたいに。……さっきの妙な感覚が、その動詞とかっちり噛み合った。彼女は――自分を殺人鬼という道具だと思っているのかもしれない。

「いろんな、見方がある」

 つみきは言葉を選ぶようにゆっくり言った。

「殺人鬼にも、リサにも。そして君にも」

「僕にも?」


 つみきからの答えはなかった。リサの甲高い悲鳴が聞こえたのは、そのすぐ後だった。

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