第九話 面井野つみき(おもいの・つみき)
「リサちゃん、殺人鬼って」
つなぎから着替えたリサがスクールバックを背負う。僕はそんな背中に問いかける。
「いろんな人が居るんだね?」
「それはそう。人の数だけ個性があるように、一人として同じ殺人鬼はいない……」
振り向くリサの髪が揺れる。そのたびに僕はリサのことをきれいだなとか可愛いなと思う。けれど彼女は殺人鬼で、組合の人間で、僕の知らない世界で生きようとしていて。
「……うーん、そうとも言い切れないか。あたしが出会った中では、少なくとも、同じ能力を持つ殺人鬼はいなかった」
「……悪い人もいるのかな」
「人間だもの。殺人鬼の中にも善悪はあるよ。……組合は善と悪の間にいて、どちらにも属さないけれど」
リサは
彼女は僕の知らない
「あたしは殺人鬼を殺す殺人鬼。秩序を守るための力そのもの、抑止力、
「……リサちゃんは、リサちゃんだ」
僕はスクールバックの肩ひもを握りしめた。
「僕の隣の家の、可愛い女の子だよ」
「そう言うのは、
リサがつんと言ったが、それに低い声が答えた。
「おい、おれのことを忘れるな」
「あれ。まだ帰ってなかったの?」
リサは近寄ってきた人影に話しかけた。人影は人影でしかなくて、ピンク色の目印を外してしまった今は、もはや彼を見分けられない。僕は何度も瞬きをして、彼を見つめた。見れば見るほど普通の人なのに――覚えられない。彼の特徴を掴むことができない。顔も、姿も、形も。
じろじろと見ているとその時、彼と「目が
感覚的に、何かが失われたのが理解できた。リサがちらりと僕を見たが、その視線が僕を通り抜けて地面に突き刺さる。
「つみき。何やってるの。知介の気配を殺してどうするのよ」
「自己紹介がまだだったと思って」
「そういうところ、律儀よね、あなた」
彼は僕と目を合わせたまま、淡々と告げた。
「
僕はようやく彼から目をそらした。リサの目が僕を映し、僕は大きく息を吐く。緊張したのは気のせいじゃないだろう。彼からは妙な圧を感じる。
「僕につみきさんの顔が見えないのは、気のせいじゃ、ない?」
「そうだ」
面井野つみきは答えた。「そういう体質だ。誰一人おれの顔を覚えられない」
「な、なるほど……」
なんと業の深い体質なんだ。
「もう遅い時間だろう。子供を二人放り出して一人帰っても仕方ない」
「子供ってなによ」
リサがすねたようにつみきを睨んだ。人影は頭を掻いた。
「おれにしてみれば、君たちは幼いこどもなんだよ」
「わかってるけど、改めて口にされるとむかつくことだってあるんだからね」
リサはぴょんと大股で歩き出した。僕も慌てて、その後を追う。
「リサは気負いすぎなんだよ」
背後からつみきの声が聞こえてくる。気配はほとんど感じないけれど、声をかけられることでようやくそこにつみきがいることが分かる。僕は見えないその人に、言葉の真意をたずねた。
「どういう意味ですか」
「張り切りすぎだし、思い込みすぎだ。自分が
「……そうなんだ」
そうは見えない。僕の胸倉をつかんでばかと
「おれにしてみればリサは、殺人能力のある子供だ。ただの、子供だ。でも海多さんは違う。そうは思ってない。リサは組合の構成員。ことによってはリサを使う」
「……」
僕はひとりで十歩先くらいを歩いているリサを見た。使う。ものみたいに。……さっきの妙な感覚が、その動詞とかっちり噛み合った。彼女は――自分を殺人鬼という道具だと思っているのかもしれない。
「いろんな、見方がある」
つみきは言葉を選ぶようにゆっくり言った。
「殺人鬼にも、リサにも。そして君にも」
「僕にも?」
つみきからの答えはなかった。リサの甲高い悲鳴が聞こえたのは、そのすぐ後だった。
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