第八話 四辻寡不可 (よつつじ・かふか)
リサが口を開く。
「平衡殺し、
海多は頷いた。「茶菓柱からは先に報告を受けている。殺人障害の発症のきっかけは?」
「周囲のゆるやかなダイエット強要とみています。彼はいじめを受けているわけではありませんが、ここのところ「痩せる」といった意味合いの言葉を掛けられ続けたようですね。彼は変わらなければならないと思ったのでしょう。
リサは静かに言った。
「彼の性格、周囲との関係性、すべてを考えあわせた結果、彼の「
「なるほど」
聞いちゃいけない何かがリサの口から延々と出てくるのがわかる。でも耳をふさげない。ゴメン獄門くん。
「おとといの午後、これを殺し、平衡殺しを無効化したと断定します」
「わかった。茶菓柱の報告ともおおむね一致する」
「平衡殺しの件に関しては以上です。……もう一つ」
リサはちらりとぼくを見た。
「
「それは、おれが」
ピンクつなぎの男が口を開いた。……ようだった。彼の口がどこにあるか、僕には判別がつかないから、声でそうとわかった。彼の声は極めて中性的だ。低いけれど、男とも女ともとれる。艶のある声だと思う。
「
「つみきも知ってたの」
リサが目をぱちぱちさせた。かわいい。
「きわめて危険な殺人鬼と言える。局部をみせびらかすという行動自体、人に害は加えないが、能力の使い道次第では殺人を行いやすい。そもそも、殺人能力が「すべての行動を封じる」という点で、最悪だ」
「いや、ちん……丸出しの点でだいぶ迷惑ですけど」
「知介は黙って」リサに叱られる。「つみき。それで殺人鬼の身元は割れてるの?」
「割った」
つみきと呼ばれた人物は、懐からメモ帳を取り出した。
「
つみきは海多のほうを見た……気がした。
「その気質は、過多な性欲です。このままだと彼は性犯罪に走る可能性がある」
「うわ」僕は声を上げてしまった。けれどリサは、今度はとがめなかった。
性犯罪。魂の殺人と呼ばれるそれは、この国では死刑よりも重たい罪を課せられる。ぼくらは科学的に生まれ変わることができると言われているから――死刑は、再出発を意味する。死ぬ間際まで罪を償う無期懲役のほうが、重たい刑なのだ。
「よくもまあ、罪を犯さずにここまできたものだわ」
「まったくだな」
海多が苦笑しつつ額に手を当てた。リサもまた頭を抱えていた。「その四辻とかいう男の節制の賜物というべきか、奇跡というべきか」
「なぜこの街にやってきたのかは不明です。引き続き監視を続けますが……」つみきはそう締めくくって、口を閉ざした。……のだと思う。それ以上の情報はないという意味だろう。
海多は気を取り直したように、話題を変えた。
「名前のない殺人鬼については、何か進展はあったか」
「ありません」「ないですね」
二人が口をそろえていった。ぼくはすなおに、海多に尋ねた。
「名前のない殺人鬼とはなんでしょうか」
「文字通りの、夢の中に出没する殺人鬼のことさ。不思議なことに、誰もそいつのことを知らない。けれど、知っている」
「どういうことです?」
「夢を見た人は口をそろえて言うの」リサが言葉を引き継いだ。「あんたの家に来た、あの警官みたいにね……」
「え?」
「知っている人が知っている人を殺す夢を見る。でもその人が誰なのかが全く分からないって。全然わからないのですって」
リサはじっとぼくを見た。「あんたはその夢を見ていないんだよね?」
「うん、ぜんぜん」
海多は腕組をした。「名前のない殺人鬼については、長い調査になりそうだ」
「今のところ、特に害がないのが救いですね」とつみきが続けた。リサが、ふうとため息をついた。
「知介、大体わかったでしょ。これが殺人鬼組合。全国二千人はいると言われる殺人鬼の、
海多が頷いた。「殺人障害を抱えるものが、道を踏み外さないように。日常生活をできるだけ円滑に過ごせるように――サポートや介入を行う。これが殺人鬼組合の仕事だ」
「なるほど……」
獄門君のことも、その露出狂のことも、それからリサのことも、見えないけど、つみきさんのことも、「彼ら」は守ってくれるんだろうか。
ぼくはなんとなしに「喫茶おーるぼわ」のマスターをみた。彼は僕らの存在なんか気にもしないでずっとグラスを磨き続けていた。ああ、と僕は思う。
茶菓柱先生の殺人能力って、こういうことなのかと。
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