第七話 海多生厭 (うんだ・しょうあく)


「さっきの人だれ?」

 リサは可愛い。ピンク色のつなぎを着て、可愛さが増した気がする。

国滅くにほろぼしさんっていうんだって。ここらへんのホームレスのボスらしいよ」

「何かされた?」

「なにも。話は聞かされたけど」

「ふうん」

 なにもされてないと聞いて、リサは露骨に安心したように見えた。そんなリサに、国滅戦車くにほろぼしせんしゃという老人がもたらした情報を、僕はそのまま聞かせる。

「露出狂の局部を見たら動けなくなる? そんな話、組合じゃまったく上がってないけど」

「いやでも、なんかそれっぽくない?」

 僕は獄門くんに殺された時のことを思い出している。「獄門くんのあれよりも、何かされてる感は強くない?だって……見せられてるし」

 リサは小さな顔に手を添えて考えていたが、やがて何かを見付けたように瞬きをした。

「――よし合流成功。とりあえず、組合にも情報提供をしておきましょうか……なんて言ったっけ?その人」

「国滅戦車?」

「そうそれ」

 リサはスクール鞄に制服をしまい込み、それを背負って僕を促した。

「いくよ、

「たち?」

僕はリサの視線の先を見た。

「あっ」

 リサと揃いのピンクのつなぎを着た誰かが、うつむいて立っていた。




 リサはずいずいと先を行く。僕はといえば、三歩後ろをついてくる新キャラに気が気でない。あのう、なんて声をかけるわけにもいかず、かといってその存在を無視することもなんだか申し訳なくて、ちらりちらりと後ろを振り返って、彼あるいは彼女がついてくるのを確認していた。

 信号待ちの間にちらりと隣を見ると、その人物が口を開いた。

「……おれがこわいか」

「あひゃっ」

 間抜けな声が出てしまった。ピンクのつなぎの人物は、見れば見るほどモザイクがかかったようで、特徴を掴めなかった。その声からようやく男性らしいことがわかる。しかも声が――。

「あれ、もしかして、ちょっと前に僕にシャープペン貸してくれた人ですか」

「……。よくわかったな」

「あ、あとで返しますね。忘れないようにしないと」

 そんなやりとりもそこそこに、リサが「ついたよ知介」と声を上げたのは、一軒の喫茶店の前だ。

 ぼくはゆっくり、看板を読み上げる。

「喫茶、おーるぼわ?」

「組合の行きつけなの」

 短く説明を加えたリサはそこへ入っていく。謎のピンクつなぎの男も入っていく。僕はためらいながら、一人だけ制服だったことに今更気づいた。

「入ってもいいの?ねえ、リサちゃん!」

「入って!」リサの声が飛んでくる。「早くしないと入れなくなるよ」

 僕は中学生の格好で喫茶おーるぼわの扉をくぐった。冷汗はびしゃびしゃ、やっとのことで顔を上げると、真正面に美魔女が立っていて、「時間ギリギリよ、首塚くびづかくん」と叱るように言う。

「えっ、茶菓柱さかばしら先生!?」

「じゃあ、……

 そうして茶菓柱先生は扉を閉めた。前はわからなかったけれど、きっと茶菓柱先生も殺人鬼なのだ。何か金属音のような、澄んだ音が響いた気がした。それは鍵がかかる音にも似ていた。

「さて、はじめようか」

 奥の方に座った男性が声を上げた。

「よく来たね、首塚知介くびづかしろうすけくん。我々は君を歓迎する」

「えっ」

 リサは黙ったまま、ピンクのつなぎの男も黙ったまま、おのおの好きな席に腰を下ろす。僕はうろうろして、リサに手招きされて、ようやくリサの隣に落ち着いた。

 喫茶おーるぼわは、純喫茶らしい上品な内装で、ほんのりと暗い照明や、壁に掛けられた絵画や、飾られたアコースティック・ギターや、ブルースの円盤のジャケットなんかから、とにかく僕のような中学生の入るようなところではないことがよくわかった。マスターらしき初老の男性はグラスを磨き続けており、僕らには注意を払っていないようにも思える。彼も殺人鬼なんだろうか。

 たくさんのテーブル席を挟んで、僕の真正面に、その男は座っていた。つなぎでもなければ制服でもない、特別なところのない普段着だ。しかし、首から何かの会員証らしいカードを提げていた。

「俺は海多うんだ海多生厭うんだ・しょうあくという。殺人鬼組合で、この地域のエリアマネージャーをしている」

「組合……」

「俺自身は、殺人鬼ではない。君と同じだ。まあ、ここでは、、と言った方がただしい」

 海多生厭は集まった面々を見渡した。そして、改めて口を開いた。


「これより報告会をはじめる」

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