第六話 国滅戦車 (くにほろぼし・せんしゃ)

 そうしてごくごくありふれた金曜日がはじまった。

リサが「殺人鬼」をカミングアウトしても地球はまわり、リサが殺人を行っても学校は始まる。そして警察手帳を突きつけられても、僕は翌日学校に来て、給食を黙々と食べている。

 今朝った獄門ごくもん路九郎ろくろうは、どこか目印を見失ったみたいに茫洋ぼうようとしていた。ダイエットをやめたらしく、制服を着てとぼとぼと歩いている。僕はそんな彼の背中に声をかけた。

「おはよう、獄門くん」

「ああ、……うん。おはよう。それからごめん、首塚くん」

 彼は唐突に僕に謝った。

「なんで謝るの?」

「君にひどいことした。知らなかったとはいえ、ひどいことだ」

「え? あ。……なんてことないよ。もう平気だし」

 ああ、リサは本当のことを彼に話したのだろう。僕はつとめて何でもないふうを装った。けれど転んでついた顔の傷だけは絆創膏で目立っていたので、逆効果だったみたいだ。今思えば、どういう意味?とかいってはぐらかせばよかったんだろうけど、もう遅い。いまさらだ。

「……」

 獄門路九郎はそれっきり何も言わなかった。僕も何も言えなかった。


 考え事をしながら回っていく日常生活の輪の上を、僕はルール通りに歩く。決まった時間授業を受けて、決まった通りにやることをこなして――そして、その束縛から解放された瞬間、すぐにリサの元へ走った。

「ねえ、組合って何なの」

「聞かれると思ったよ」

 リサはクールに言った。まだごちゃごちゃとうるさい教室の中でのことだった。

「人前じゃ話せないし、あたしはこれから用事がある。……あんた、今すぐ知りたいんでしょ」

「うん」僕ははっきりとうなずいた。

「ついてきて」

 僕は荷物をまとめて立ち上がるリサのあとに続いた。聞きたいことが山ほどあり、そのどれもがリサにかかわること――殺人鬼にかかわることだったから。

 

 僕らは吊前つりさき公園のベンチに陣取った。僕はスクールバッグを地面に放り出す。リサは僕と自分の間にスクールバッグを落ち着けると、ごそごそと何かを探り始めた。僕はそんなリサへ畳みかけた。

「きのう……警察がリサちゃんのことを知ってたのはなぜ」

「殺人鬼組合お抱えの一族として名が知れてるから」

 リサはさらりと話した。「くどい言い回しすると、殺殺人鬼鬼さつさつじんきき一族として、あたしたちは殺人鬼組合に所属している。対殺人鬼を専門とする殺人鬼」

「殺“殺人鬼さつじんき”鬼……?」

「くどい言い回しだって前置きしたでしょう。ともかく、殺人障害を抱えた人間の犯罪率も高いわけよ。だから、組合に所属していれば、自然とお知り合いにもなるってこと」

「な、なるほど……?」

 リサは女の子らしいかわいらしいポシェットやピンク色の筆箱の中からどういうわけかつなぎを取り出した。ピンク色の。

「……それ何に使うの?」

「使うから持ってきてるの。ちょっと着替えてくる。荷物を見ていてくれる」

「うん」

 リサはつなぎを抱えて公衆トイレの方へ走っていった。僕は彼女の姿が見えなくなるまで見送り、そして大きく息を吐いた。結局組合とはなんなのか。肝心なことを彼女は話していかなかった。

「……ついていけない」

 平衡感覚を殺された日からずっと、頭の中が殺人鬼とリサのことでいっぱいなのだ。この上まだリサの背後に何かいろいろとあって、そのいろいろが彼女を「殺人鬼」にしてしまうのだとしたら、僕はどうしたらいいんだろう。

 僕はただ、「殺人鬼なんかやめちゃえよ、リサちゃん」って、そう言いたいのに。




「若人、何かお悩みかね」

 僕は身を縮めた。横を見ると、リサの座っていた場所に小柄な老人が座っていた。僕は思わずリサのスクールバッグを膝の上に載せた。

 ホームレスに見える。何歳なのか、ひどく年取っているように思われた。ひげは長く白くもじゃもじゃで、同じ色した髪の毛ももじゃもじゃだ。

「悩み……っていうか」

わし国滅くにほろぼしという、名は戦車せんしゃ

 自己紹介がはじまってしまった。僕は彼の顔を見詰めた。瞳は僕のはるか向こうを見透かすように遠かった。見つめあっているはずなのに、僕の頭の中を探るような目をしている。少し怖い。

「ここいらのホームレスからはボスと呼ばれておる」

「は、はあ」

「界隈が広いからの、いろいろな情報が入ってくる」

「はい」

 僕はただその国滅とかいうおじいさんの言葉にうなずくしかなかった。

「ちかごろ、不審者が出るそうだ。露出狂だ。しかもただの露出狂じゃない」

 国滅戦車の目が光った。

「男も女も、そいつのを見たら最後、動けなくなるという。何がそうさせるのか、とにかく、動けなくなる」

 僕の中に何かが引っかかった。それって……ひょっとして。

「気を付けたほうがいい。愛する女を守りたいんなら、ずっとそばにいることだね」

「そりゃ、もちろん、そうだ。そうですよ」

 僕は打って変わって心の底から頷いた。リサにそんな汚いものを見せるつもりはない。

 国滅戦車はゆっくりと立ち上がった。ちょうど公衆トイレからピンク色のつなぎをきた可愛いリサがこっちに向かって来るところだったからだ。

「戦車さん。どうして僕にそんなことを教えてくれたんですか?」

「悩める若人に、必要だと思ったからだ」

ホームレスはひらりと手を振った。


「では、また運命の導くときに」

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