第三話 茶菓柱古家 (さかばしら・こいえ)
僕はふらふらのままリサに保健室に連れ込まれた。養護教諭の
「保健委員だっけ?」僕はベッドに寝かされたぶざまな状態でリサに尋ねたが、リサはそんなことどうでもよさげに、茶菓柱先生の座っていたパイプ椅子を引きずってきて、ベッドの隣に椅子を置くと、カーテンをしゃっと閉めた。
「茶菓柱古家は人避けをしてくれてる。担任への説明とか、あと、いろいろ。……いろいろやってる」
先ほどから――つまり赤信号に誘引される僕を引き留めたときから、
「リサちゃん。ひょっとして僕に何か隠してた?」
「今から話そうとしてるの。少し待ってよ」
リサは額に手を当てて目を伏せた。長いまつげが際立つ。ふらふらのままの僕は、そんなきれいな女の子の顔を間近から見上げている。役得である。たとえ身体の芯がぐにゃぐにゃのままで起き上がれなくってもだ。このシチュエーションはおいしい。
リサはつやつやした唇を開いた。
「
「え?」
「
「待って、何言ってるのか全然わかんないよリサちゃん」
「私だって全く無知な人間相手にこの説明をするのは初めて。少し待ってよ。整理するから……」
リサは額に手を当ててうつむいたまま、瞼は伏せたまま、考え込むようにつぶやいた。
「殺人鬼、っていうのは。殺人障害を持つ人間のこと」
「人間を殺す人間のことじゃないの?」
「黙って」
僕は黙った。愛しのリサは、ゆっくりゆっくり言葉を頭の中から拾い上げては、僕の前に晒した。
「殺人障害っていうのは……知介の好きな漫画ふうに言うなら『異能者』のこと。殺人能力を持っていて……その殺人能力を行使することによる代償を背負う人たち。それが、あたしの言ってる殺人鬼。命を奪う『人殺し』とは、少し違う」
僕は黙っていた。まるでリサが、先週から始まったジャンプの新連載の話をしているんじゃないかといぶかしみながらも、黙って聞いていた。
「あたしたちの言ってる『殺人』っていうのも、すこし意味がちがう。命以外にも、人には殺されるもの……奪われるもの、失くすものがあるってこと」
本当に、ジャンプの新連載なのかもしれない。設定が細かい。でも「そんなのありえないよ」と僕には言えない。僕の愛する
「さっき言ったよね。あんたは
「……信じたいんだけど、つまりどういうことなんだ。よくわからないよ、リサちゃん」
「つまり」
リサは目をあけた。
「獄門路九郎は異能者・殺人鬼・『平衡殺し』。何らかの代償を払ってあんたの平衡感覚を殺した」
その時、忘れかけていたチャイムが鳴り響いた。リサが時計を見た。
「きっかり一限ぶん。さすが茶菓柱古家」
思い出したように保健室に生徒たちが訪れ始める。リサはカーテンをざっとあけると、僕を促した。
「知介はそれが治るまでそこにいて。あたしは授業に出る。そろそろ勘違いされちゃうからね。茶菓柱先生のパワーはここまで」
「僕は勘違いされても一向に構わないんだけどね?」
「あたしが嫌」
すげない返事すらカワイイ。僕は殺されたという僕の平衡感覚について考えた。まだすこし頭がくらくらする。だけど、そんなくらくらふらふらでも、気になることはあるのだ。
「獄門くんが仮に、……そうだったとするじゃん? 獄門くんはどうなっちゃうわけ?」
リサは内履きのつま先をとんとんと床につけて、僕を振り返った。指を一本立てて、しーと息を吐く。
「秘密。ここから先は、あたしの仕事だし?」
にや、と笑うリサ。やばい、死んじゃいそうなくらい可愛い。ちょうかわいい。
「教えていいと思ったら教える。今はここまで」
「リサちゃん」
「何」
「好きだよ」
リサは何も言わなかった。ただ、手をひらひらと振っただけだった。「ないない」と。
その程度で僕はめげない。今日一日でリサに何回惚れ直したと思ってるんだ?
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