敵要塞との戦闘

第11話 爆弾艙開け

 十月四日の未明、アヴァターラ号は航空機展開のため突っ込んでいく戦闘母艦シャクラ・インドラと戦艦ヴァーマナで構成された第一航空突撃戦隊に出発時間にして十五分先行し、ナクロ空域に進入した。アヴァターラ号は雲の切れ目に滞空しており、切れ目のずっと下には敵要塞が潜む積乱雲がある。先行してパノラモートから送られた第百二十九特設哨戒隊に属するレーサーボートを改装した高機動哨戒艇「オベロン」が送信する情報を受けながら反ムガロ連合浮遊要塞上空へと忍び寄っていた。

「爆弾艙、投下準備よし!精密投射機、角度調整完了!」

「砲術科、全準備完了!爆撃照準器、位置情報共有完了。オベロンからの情報とレーダーによる測的情報の統合データ測定、タイムラグ許容範囲。想定爆撃誤差範囲、測定不能」

「こちら砲術科、係留型風速センサーワイヤの展張許可を求めます」

 砲術科からの提言に、ハル艦長は、承認操作を行いながらマイクをつかむ。

「勿論だ。爆撃用風速センサー展張用意、センサー展張ハッチ開口!展張長さは爆撃照準手の指示に従って決定せよ!」

 風速センサーが隙間なく取り付けられた長いワイヤーが、先端に取り付けられた錘の重量に引かれて下へ下へと伸びていく。船体に対し逆風になっている気流になびくセンサーは徐々に船体に追い越され、砲術科では風速の計測が完了する。

「風速計測、予測修正。想定前後誤差、プラスマイナス一メートル半。想定左右振れ幅、プラスマイナス一メートル。照準データおよび命中精度計算確度、許容範囲内。風速センサー揚収、爆撃準備完了」

 ハル艦長が手を前に振って、命令を発する。

「爆弾艙投下口扉、開け!」

 船体下の装甲板がスライドして、爆弾艙の扉が露出する。扉はゆっくりとシャッターが巻かれるように開いて、爆弾投射機が展開された。

「開扉、完了しました!」

「投下コースに入る。操舵手、針路は問題ないか」

「はい!」

「よし、爆撃照準手へ。照準を定め、爆弾を投射せよ!」

 砲術科全体に緊張が走る。砲術科の兵士たちがみな固唾を飲んで見守る中、爆撃照準手は投下開始レバーを注意深く引いた。艦底部からは多数の地中貫通爆弾が投射され、風を切る鋭い音を立てて落下していく。

「爆弾艙閉鎖、離脱開始!反転、百八十度!」

「弾着まで二分、推進剤への点火を確認」

「誘導機能正常、弾着まで百秒」

 ハル艦長は操舵手が百八十度反転し、上昇しながらジャミング航法を行っているのを確認して命令を下した。

「オベロン及び第百二十九特設哨戒隊からの情報を受けつつ、第一航空突撃戦隊との合流ポイントに向かえ!敵の空中戦艦が防備に出てきている可能性がある、十分警戒せよ!」

「了解!見張り員、些細な情報と思っても敵らしきものに関する情報なら逐一報告せよ!」

 見張り員たちの間の空気が張りつめる。と、砲術長が声を張り上げた。

「弾着、今!」

 その声と同時に敵要塞がある方角から轟音が響き渡った。対艦砲の砲弾が雲を突き破り、アヴァターラ号とは見当違いの方向に飛んでいく。

「敵は我々の位置が把握できていないものと思われます!対空砲を適当にぶっ放しているようです」

「なるほど、この周辺には敵艦はまだ展開していないものとみて良さそうだな。航空隊の突撃まで三分を切るぞ、合流ポイントへの到着を急げ!」

「了解!」

 と、船体に何かが猛スピードで当たるような甲高い衝突音が響いた。

「なんだ!?」

「敵の砲弾を食らいました!右船体底部アブレーティブバルジに破口発生!内部装甲板の表面も削れており、アブレーティブバルジの形状回復まで二十分を要します!」

「くそ、速度が落ちるぞ!艦長、安定性が低下しています!操舵困難、操舵困難です!」

 操舵手が速度計をにらみ、袖を捲って舵と悪戦苦闘し始めた。ハル艦長はそれを見てマイクをつかみ、命令を下す。

「離脱しつつ応急修理を行う、アブレーティブバルジ形状回復装置に電力を回せ!推進器停止、慣性力と浮遊機関の斥力による移動に移行する!」

「了解!」

 アヴァターラ号は艦首を下げて浮遊機関の斥力を後下方に向けると、惰性と浮遊機関の出力で速度を落としながら飛行を続ける。アブレーティブバルジの修復が完了するまでの三分間、ハル艦長は進行方向に砲弾が飛んでこないかと気が気ではなかった。

「修復完了まであとわずかです!」

「わが方の航空隊が発艦しました!敵要塞との戦闘に突入します!」

 無線には多数の航空機から発せられるコールサインを呼び合う声が乗り始め、敵要塞の対艦砲の砲撃が停止した。

「修復完了、アブレーティブバルジの外部整形完了しました!」

「よし、スラスターを再起動。合流ポイントに急行せよ!」

 ハル艦長の号令とともにアヴァターラ号はその船体を雲海の下、第一航空突撃戦隊との合流ポイントへと推し進めていった。

「こちら三番機、我敵哨戒艇と交戦す」

「こちら五番機、敵砲台の破壊に成功」

「こちら八番、敵要塞北端に火災発生。延焼している模様」

 無線から流れる情報と観測機のデータをもとに、図上に示された敵の対空中戦艦砲陣地の上に一つ、また一つとバツが付けられていく。アヴァターラ号はその声を聞きながら雲にもぐり、下へ下へと急いだ。

「あと十分ほどで航空隊が離脱する、入れ違いに間接射撃で狙撃砲を射撃し、対艦砲の制圧ができるよう用意しておけ」

 ハル艦長の命令に応じて、砲術長が細かな指示を飛ばす。砲術科の兵士たちがあわただしく艦内を往来しはじめ、狙撃砲が動き始めた。

「砲撃準備、砲撃可能距離まであと二百!」

「敵要塞との高度差、プラス五百。射程圏内まであと百十……三十、狙撃砲射程圏内に敵要塞を捕捉!間接射撃開始!」

 船体側面の砲郭から射撃が開始され、要塞の方角に砲弾が雲を裂いて飛んでいく。

「一般通信回線に敵軍の通信が乗り始めました!傍受を開始します!」

 無線の向こうは敵要塞の艦艇格納庫で、通信兵が退避命令を叫んでいた。

「こちら第八艦艇格納庫管制室、暗号回路破損により通常回線にて通信する。第八ブロック上層で火薬庫が爆発し、要塞内部で火災が発生している。以後艦艇の入港は認可しない。停泊中の艦艇は直ちに格納庫を出港せよ、これは司令官命令である」

「こちら重仮装巡洋艦ドレスデン、艦橋に火災が延焼した!船体炎上中、ダメージコントロール不能!船内はまるで地獄だ!」

「だめだ、機関冷却区画に火が入った!退艦だ、総員退艦!」

 一般回線に被さるようにして、オベロンからの無線が艦橋に入電する。

「こちらオベロン、敵要塞の対空中戦艦砲は全て沈黙せり。繰り返す、対空中戦艦砲は全て沈黙せり」

 アヴァターラ号の通信兵は一般回線を切り、汗をぬぐった。

「敵要塞の対空中戦艦砲、沈黙したようです」

「わかった。砲術科、砲撃やめ」

 ハル艦長の命令で、狙撃砲は射撃をやめて後方を向く。船体はゆっくりと降下しながら、合流位置を目指していた。

「敵要塞の状況は悲惨ですね。見よ、地獄が燃えている……といったところですか」

 ヴォロス副長がそう言うと、ハル艦長はうなずいて応じた。

「あの地獄がパノラモートに降りかからないためにも、我々は地獄にさらなる燃料を放り込まなければならない。味方航空隊の収容が始まり次第、第五戦隊の重戦艦二隻が敵要塞への砲撃を始める。味方艦隊に敵艦隊が接近している可能性もある。見張員諸君、敵艦らしき艦影を見たらすぐに報告せよ!」

 通信士官が隣に座る電探士官の肩をたたき、手信号で何か話している。

「どうした、モール通信士官」

 ハル艦長の質問に、通信士官はハキハキとした声で応じる。

「はっ、旗艦からの通信です。航空隊が敵艦隊らしき電波をキャッチした、あと二分以内に合流せよとのことです」

「電探士官、味方艦隊の位置は」

「本艦から直線距離にして十キロ程の積雲の中にいるようです」

 ハル艦長は「そうか」と言って少し考えた後、航空士官に合流ポイントまでの直線コースを図上にプロットした上で図上のコース通りに航行するよう自動航法装置に入力するよう指示する。

「船体加速、自動航法装置の指示に従って合流ポイントへ急げ!」

 アヴァターラ号の船体がぐっと加速し、ハル艦長の外套の内側では体を温めているスキットル型をしたブリキ製の水筒に入ったホットコーヒーが体の側に偏った。

「あちっ」

 コーヒーに不意打ちされたハル艦長は小さな悲鳴を上げた。隣に座っていた副長が悲鳴に気づき、ハル艦長の方を見る。

「スキットルのコーヒーだ、驚かせてすまない」

 ハル艦長はそう言って、何事もなかったかのように水筒を取り出しコーヒーを直接口に流し込んだ。

「本艦の現在速度は六百キロ毎時、合流ポイントまであと三十秒です」

「スラスター停止、合流ポイントで逆噴射を行い船体を制動せよ」

「了解、スラスター停止」

 スラスターが停止し、アヴァターラ号は空気抵抗と落下の兼ね合いで速度を徐々に落としながら合流ポイントへと飛行していく。合流ポイントに到着した瞬間スラスターの逆噴射装置が起動し、逆噴射が始まった。船体はみるみるうちに減速し、雲の中に指定された座標で停止した。

「味方艦隊、合流します」

 その通信とともに、味方艦隊が雲の向こうから姿を現した。各艦の甲板には雲の水分が雨となって叩きつけている。嵐のような雨と風に襲われる高速母艦の甲板上では雨合羽を着けた作業員たちによって着艦の準備が進められ、航空突撃を行った航空機隊を迎え入れるべく様々な機構がガチャガチャと動き出していた。

「攻撃隊、着艦予定空域まで八分二十秒。残燃料は三十分、被弾機十を含む」

 艦隊が着艦予定空域まで航行していく途上の雲の外側を飛ぶ哨戒艇から緊急連絡が入ったのは、航空隊の帰還直前のことだった。

「距離五千、雲の外側に敵戦艦一隻を確認した。敵艦は臨時混成機動艦隊に向かって航行中、あと三分で雲に突入する模様」

 艦橋内があわただしく動き始め、旗艦から重戦艦アンシャへの呼び出しが開始された。

「こちらヴァルナ、アンシャへ命ずる。艦列を離れ敵艦針路側面より全力間接射撃を開始せよ。ヴァルナは針路を保ちつつ十字砲撃を開始する」

「こちらアンシャ了解、敵艦針路の側面に入る。哨戒艇へ、砲撃データの送信を願う」

 アンシャは艦隊から徐々に離れていき、視界外に消えた。しばらくしてヴァルナの砲塔が動き出す。

「撃ち方用意、二隻交互撃ち方!射撃序列はアンシャを一、ヴァルナを二とする!」

「こちらアンシャ、射撃準備完了!射撃データ修正完了!射撃を開始する!」

 号令とともに雲を揺るがすような衝撃とともに砲撃が開始され、爆風が雲を破り閃光が遠くにぼんやりと見える。ワンテンポ遅れてヴァルナから閃光のごとくに砲弾が撃ちだされ、雲を切り裂いて飛んでいった。

「アンシャ第一射弾着、敵艦を挟叉!ヴァルナ第一射、敵艦を同じく挟叉!」

 哨戒艇からの連絡が飛び込んでくる。アンシャとヴァルナは砲塔を動かしながら攻撃を継続し、二隻合わせて十六斉射百六十発を敵艦に浴びせかけたが至近弾三発で装甲表面を削ったのみで、命中弾は得られなかった。ヴァルナが第九射を発砲した直後、哨戒艇から連絡が入る。

「敵艦が反転、最大船速で撤退を始めました!あと四分で射程圏外に逃れます!」

 敵艦の処遇について少し揉めたのだろうか、ヴァルナからの命令は十数秒後に発された。

「こちらヴァルナ、アンシャへ命ずる。射撃やめ、艦隊に戻れ!」

「こちらヴァルナ、全艦隊へ。現時刻から着艦作業を開始する、ダウザ及びドファラは雲から出て着艦予定空域へ向かえ。第六戦隊はダウザ及びドファラの後方に展開、射程圏内に敵艦を見たら全力で先制射撃しこれと交戦、撃破し高速母艦を死守せよ。シャクラ、インドラ、ヴァルナ及びアンシャは敵要塞に砲撃及びミサイル飽和攻撃を加えるため上昇する!」

 艦隊が三つに分かれ、ダウザとドファラは積乱雲の上に姿を現す。高速母艦の後方に滞空する攻撃隊の航空機たちの姿は様々であった。あるものは煙を吐き、あるものは精密誘導爆弾を翼下のパイロンに一発残し、あるものは片方の主翼の先端を撃ち抜かれてふらふらと飛んでいる。それらが親鳥のもとに舞い込むように、高速母艦の甲板に滑り込んでいくのである。着艦する航空機たちのうち、あるものは機体の破損に耐えかねて甲板上をオーバーランして落ちた後に甲板前方に衝立のように展開されたネットで受け止められ、あるものは甲板上の定位置に止まって甲板脇によけられる。未帰還機は攻撃隊二百機中三十二機で、艦隊が喪失した機数は着艦事故で失われた十四機を合わせて四十六機であった。

「全機収容完了、重戦艦戦隊と合流する」

 その声が電波に乗ってアヴァターラ号の艦橋に響いた瞬間、レーダー手が緊張した声を張り上げた。

「大型艦六隻、距離五万、高度差五十、単横陣にて急速接近中!浮遊機関反応から反ムガロ連合艦隊のウォーリア級巡洋戦艦と思われます!」

 艦橋の空気が張り詰める。巡洋戦艦に最高速度や機動性、主砲の旋回速度で対抗できるのはムガロ王立海軍でアヴァターラ級の八隻だけであり、実質的な戦力差は二対六である。

「旗艦からの命令は?」

 ハル艦長が尋ねると、通信士が答えた。

「たった今入電した情報によると、旗艦を含む第五戦隊の四隻は敵要塞と先ほど取り逃がした敵戦艦を砲撃しつつ高速母艦との合流点に向けて後方に離脱中であり、敵艦隊との交戦は殿を務める第六戦隊に任せる、なるべく張り付いて足止めをせよとのことです」

 ハル艦長はマイクをつかんで艦内放送を開始する。

「総員、第一種戦闘配置!砲撃戦用意、全砲門開け!」

 アヴァターラ号は船体の速度を上げて主砲の固定装置を解除し、ヴァーマナとともに接近する敵単横陣を挟撃するべく急速に転舵を行った。

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