詐欺師8

 逃げぬようドアの前に立ち、悪戯に手に持っていたジュラルミンケースを見せる。


「びっくりしたよ。この個室は君のデスクかな。資料だと思ってピッキングしたら大金入ってた。もしかして、これだけ持ち去って解散とか考えてた? やだなぁ~素直に返却してあげなよ」


 悲しげな顔しつつジュラルミンケースを喜楽里の足元に投げ落とす。和の行動に、なんのつもり、と不機嫌な声。それに和は微笑を浮かべる。


「接待上手かったし、酒も美味しかったから見逃そうかなって。でも、その感じじゃ無理か。女性一人に手を出すのは嫌だけど仕方がぁない」


 目を閉じ、ゆっくり目を開くと殺気に満ちた瞳で彼女を睨む。突然、ハハッと満面の笑み。


「俺ってよね?」


 普段とは違う。一段階低い声。

 笑みはよく見ると冷笑で――。


「罪ありの君に二回もチャンス上げたのに。それを無視してそれを選んだ。そんなにお金が大事? そっか……そう言えば君が俺を買ってくれたとき。人間レンタルサービス内で“すり”流行ってたな。今思えば――俺狙われてたのかな、なんて……あのとき捕まえときゃ良かったよ」


 声色が代わり怒り混じりな声。和の大きな独り言にやっと思い出したのか言葉を詰まらせる。


「人間レンタルサービス……もしかして――」


「遅いよ。バーカ」


  何処かに隠れていた勝が彼女の背から手を回し、薬品が染みたハンカチで口を塞ぐ。喜楽里の意識が薄まると手を離し、力なく倒れる彼女を優しく抱き止める。


「で、どうすんだよ」


 殺す気ねーよな、と不満だらけの顔で勝は和に目をやると彼のニンマリした複雑な笑顔に苦笑い。すぐには返事を返さず、数秒経って口を開く。


「(低く小さな声で)その子の私物全部売ろ。騙して金取ったんだから彼女の全財産含め私物も何も失くす。うっぱらった金額で被害者らの多少の返金になるならいいけど、ならなかったら晒して終わるまで払うってことで」


「うわっ死ぬより辛くね?」


「関係者の情報は京一に抜いてもらって逮捕か同じく奪った分を返す。可能なら人間関係とか家族も壊そっか。殺すよりやったことの重さを知って欲しいからね」


 目元に影。口だけがニヤリと笑う。


「そう言うわけで彼女が起きそうになったら説教する。殺さない、死なせない程度に。だから、勝――売却してきて」


 静かな声に勝は女性を床に寝かせ、和の顔を覗き込む。


「和、怒ってるだろ」


「ん?」


「角あんぞ」


 此処だ、とツンツンと頭を突っつかれ反射的に手を叩く。少し消えた空気に勝は、勢い余って殺すなよ、と一言添えて立ち去ると和は女性を見てしゃがむ。


「あの時、俺から金を奪わなかったのはネグレクトや家族の愚痴を聞いたから? それとも、君を攻めずに俺なりに君に接したからかな。君の他に何人か人が居て可能ならカードとか盗めたろうに……」


 彼女が起きるまで独り言を呟くこと数時間。ん――と小さく声を漏らしたとき彼は明るい声で言う。


「今さら許してなんて言われても許さないよ。俺も彼らもね。しっかり罪を償いな。

 しっかり見てるから。死のうとしたり、同じことしたら罰与えにいくからよ。嘘じゃない。本気だから」


 うっすら空いた目を覗き込み、アハハッといかにも優しそうに笑うと裏は真っ黒で――見逃すのは反吐が出るほど嫌だった。

 怯えた目に嗤い、逃げようとする彼女を押さえつけ叫ばぬよう指を唇に当てると最後に一言。


 君を――。


 その言葉に瞳が潤み、涙が頬を伝った。



 後日――。

 報道番組でフラッシュを浴びながら警察に連行され、頭を下げる見覚えのある女性。見出しには『出会い系相談所の――』の文字とアナウンサーの言葉。詰まらなさそうに事務所を訪れていた京一がポロッと独り言を漏らすも彼以外誰もいない。

 勝は取材。和は、あの件から行方不明。時々、家出するのは知っていたが京一は気にかけていた。


(またっすか。旦那がカウンセリング受けた方が良い気がしやすけど、年下の自分じゃねぇ)


 怪我のため事務所に居座り、引きこもりのように何日もグータラ過ごしていると不意にドアが開く。起きているが寝たふり、スヤスヤと慣れたように吐息を発てると大きな手が頭に乗った。

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