動画配信2

 慣れた手つきで上品にフォークとナイフで丁寧にケーキを食べる兼二。その面影は男ではなく女性のように綺麗だった。

 性別を隠すためほぼ無口だが、時より足を蹴るなど足癖悪さは健在。ビジネスシューズがやたらと踏まれる。


「今回の案件だが。別のロリータカフェでチラシ配りしていると変に絡まれ、嫌だと話が来てる。それをボコりに来た」


 突然の仕事モードに和は水を吹き出しそうになるも耐え、だよね~、と流れで返す。


「前、メイドカフェや男装カフェ。チラシ配りの他に迷惑客を何回か裁いてる・・・…


 真剣に話すも姿容と声が一致せず。笑いたくなり手のひらで顔を覆う。真面目な顔で話すのやめて、とツボる。


「お前に言ってなないが勝と京一とは“ご指名”と“チェキ”を受けた仲・・・・だ」


 そう言われても察していた和は驚けず。


「勝の画面の人って、兼二?」


 伝票隣にあるスマホに目を向けた。兼二はスマホを手に取り、画面を見ているのかじっと見つめ和を見て逸らす。フォークでケーキを刺し、口に入れると咥えたまま止まる。

 美しいその顔は時計が止まったかのようにピクリともしない。瞬きはするもほんの一瞬。


「文句あるならお前も着替えろ。そしたら、許してやる・・・・・


 キリッと光る美しい目。

 その目に和は目を瞑り笑う。


「やだなぁ、この歳で女装・・なんて」


「何を言ってる、お前は――」


 ロリータカフェです、と十五時頃。学生等の帰り際を狙い兼二と共にメンズのゴシックロリータに着替えた和。伯爵、執事、皇族に見える黒ベースの上品な服装でシルクハットに杖と、もはやコスプレ気分。


「こんにちは。良かったらどうぞ」


『gothic』というロリータカフェ。服の貸し出しや写真撮影、食事が楽しめる飲食店。そこで休日ヘルプで来ているらしく、よろしくね、そう軽々店員とやり取りする姿が新鮮だった。

 手を振られ、振り返しながら三十分ほどチラシ配り。特に何もなく引き返そうとしたが二十歳後半の男性二人組。彼らの手にはビデオカメラがあり、堂々と兼二のことを撮っていた。


「あ~チョー激レアの推しだぁ。ねぇねぇ、君って不定期だよね? 今からお店入ったら指名してもいい?」


「(裏声)ごめんなさい。此処は風俗じゃないの」


 兼二はチラシで口元を隠しながら目が笑う。普段とは違う優しげな態度に和はギョッとする。お前は女か、と突っ込みたいが我慢。


「えー可愛いのに。じゃあ、宣伝してあげるよ。僕ら、SNSで情報や動画配信しているグループで“LOOK”って言うんだけど。お姉さん・・・・可愛いから紹介させてよ」


「(裏声)そういうの断ってるから」


 と、和の背に隠れる。ツンツンと背中を突っつかれ守ってほしいのか。それとも、案件の対象が彼らなのかはさておき、兼二が嫌がっているのが分かる。


「そろそろ、上がり・・・の時間じゃない。残業に関して煩いから帰った方がいいよ。後、やっとく」


 諦めの悪い二人を誘い込むように和はさりげやなく“嘘”をつく。その言葉に男性二人がニヤッと笑った。


「(裏声)お疲れ様でした」


 兼二がペコリっと可愛らしくお辞儀。裏口から出る姿を和は黙視すると、お疲れさん、と数分遅れて店を出る。

 追い掛けようとするも立ち止まり、近くのスムージー屋でグリーンスムージーを頼む。あんがと、と礼を言い。飲みながら店と店の間の狭い路地へ行くと骨伝導ヘッドフォンから聞こえる声に耳を傾けた。


『お姉さん、お仕事終わったんだよね。俺達と遊びに行かない』


 表通りにいるなら話し声や宣伝広告の音が流れるが兼二のいる場所は妙に静か。裏道か路地裏、と和は独り言を呟きながらストローを咥える。


『ちょっと無視しないでよ。スッゴいタイプなんだって』


 場所変更。それとも、伝えるためかこつこつと気持ち早めのハイヒールの音。徐々に話し声や広告宣伝と賑やかになる。


 “アナタのハートをハッピーに”


 恥ずかしさに耳を塞ぎたくなる何かの台詞。


 “俺の辞書に諦めるって言葉はねぇ”


 これは戦闘モノか、無意識に上を向く。


 “キャラメイト・・・・・・にて『魔法少女ハピネス』のイベントやっております”


 次々と聞こえる言葉。さすがに和も分かったのだろう。足を踏み出すとスマホが震える。


『おーい。今日発売の初回特典ありのBL本買ってきて。あと、ファンブックと面白そうな奴。お前今日休みだろ。会話丸聞こえなんだよ、バーか』


 遠慮ない勝の不意をつくメール。

 だが――。


『あーわりぃ。兼二に送るはずが間違えた。さっさと忘れろ。消せ消せ』


 何してんだよ、と思わず大きな声で独り言を言うも笑うしかなかった。


「お姉さん、逃げないでよ」


 キャラメイトに向かっていると小走りで逃げる兼二とすれ違う。一瞬、目が合うも言葉は分からず追い掛ける男の足にわざと足を引っ掻けた。うまく引っ掛かり、派手に転ぶと、ナニすんだよ、と突っ掛かるが無視。

 冷たく、前向け歩け、とわざと吐き捨てると「今の聞いた。これって――」と袖を掴まれ、振り向くと目の前にカメラ。


「今のミタミタ? ちょっとおじさん今のやりすぎじゃない・・・・・・・・


 ニヤリと歯を見せ笑い、周りに言いふらすように自撮りしながら言う。


「俺、何もしてないのに足引っかけられたんだけどこれってさ、暴力とかそれに値するんじゃないの? 大人なのに社会人の鏡なのに恥ずかしくないんですかぁ~」


 本性を表したか。さすがの大和も、マジか。達悪いなコイツ、と呆れ。感じ悪そうに舌打ち。


「なんだよ、やんのか」


「うわっこの人感じ悪。視聴者さん、この人の顔覚えてくださーい」


 ガッツリ撮られるも“生中継”じゃないと分かれば全く怖くはない。むしろ、和にしたら好都合。良いのが見れそうだ、と自ら挑発。


「さっき女性追いかけてたろ。嫌がってなかったか。それなのにつけ回すとかそっちの方が最低だろ」


 半ギレ気味に言うと男性はブッと吹き出し笑う。


「キターッ人を転ばせといて偉そうな。正義気取りのバカ。いや~おじさん分かってる? カ・メ・ラ回ってんだよ。はい、決定。モザイクなしで投稿しまーす。これで人生終わり、マジでウケけんだけど」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る