殺人ピエロ事件1

 土日祝日と三連休の大型ショッピングモール。老若男女集い、平日に訪れることが多いせいか賑やかな感覚は新鮮だった。


 外の小さな広場で初夏の日差しを浴びながらシルクハットに白シャツ、黒ベストに紺色チェックのズボン姿の和。独断の低額報酬により副業のレンタル業で大道芸人として駆り出された。

 外階段で勝が二階から楽しそうに彼を地元新聞の題材に【〇〇ショッピングモールにて夏休み期間大道芸人大集合!?】とそれは前とは違いとても可愛らしい見出し。


「手伝おうか」


 公演が始まる直前、準備運動がてら一人遊んでいた和に勝が声をかける。よく見れば二人は同じ格好。しかも、カラコン、ヘアカラーワックスとガッツリメイク。


「お好きに」


 トントンッと肩を叩かれ、勝の頬を突っつく姿に「キャッ」と近くから黄色い悲鳴。それに勝が食いつく。歩く和の手を強引に引かれ、足が縺れ、バランスを崩した瞬間――お姫様抱っこ。


「(恐ろしく明るい声)大丈夫ですか、お坊っちゃま」


「(今にも殴りそうな笑顔で)はい」


 体格的には勝が華奢。和が平均的。身長差は少しあるが力や体力は機嫌により違う。


「勝ってこういうの好きだよな。まぁ、嫌いじゃないけど」


 首に手を回し、顔を近づける。


「なぁ、勝。たまには遊んでくれよ、みたいに」


 その言葉にニヤリと返すと顔を近づけた。


「んーどうしようかな」


 曖昧な言葉を言いつつスマホとスピーカーを繋ぎ曲を流す。洋楽のアップ・テンポな曲に合わせ、勝がパントマイムパフォーマンス。見えない壁に手をつき、ドアが開かないと無声劇。壁に頭をぶつけ痛がる姿に子供は大きな声で笑うと和が勝が開かないと訴えるドアから、あれあれ、なにしてんのよ。と不思議そうに出てきた。

 勝は固まり口に手当て、嘘でしょ、と恐怖に満ちた表情で観客に顔を向け和を指差す。彼の表情に自然と拍手と笑いが起こる。


 強気で見下す彼の怯えた顔。


 さすがの和もツボに入り、手を叩き仰け反り笑う。笑ってんじゃねぇ、乱暴に腕を振るった瞬間――ガクッと和が背中から膝までを後ろに反らす。パンケーキのように折り畳まれ、アスファルトにベッタリ背中をついている彼の恐ろしい柔軟さに誰もが悲鳴を上げた。


「やばい、あの人」


 その声に答えるかのよう腕を伸ばし、手を振り、見えない紐を掴みながら起き上がる。何もなかったように周囲を見渡し、絶句する勝にニカッと笑う。


「ありがとねー」


 十分と短い公演が終わりを迎え、写真撮影や投げ銭をしてくれた観客と小話。カッコ良かったです、また来てください。その言葉に二人はデレが止まらず、片付け最中も「カッコ良かったです、だって」と思い更けていた。

 十四時頃ずき、片付けを終え遅い昼食。ピークを過ぎ、少し落ち着いたパスタ屋で一服。そんな中、我慢出来なかったか。二、四、六、と勝が慣れた手つきで札を数える。


「一万はいかないか」


 物足りない、そう言いたげな声が疲れ伏せている和の耳へ。


「こら、勝。お金が全てじゃないのよ」


「んなの、分かってる。気持ちだろ」


 小銭を数え、財布を取り出し両替。均等になるように分けると隠すように財布にしまう。


「最近は平和だな」


 窓を見つめ、楽しく笑う子供やカップルを羨ましそうに観る。その時、お待たせしました、とテーブルに置かれたミニサラダ。節約のため二人で取り分け、大盛りたらこパスタも仲良く半分こ。良い歳した二人の行動にやや視線が集まるも二人は気にせず口へ運ぶ。


「そういや、あの二人来ねぇな。忙しいのかぁ」


 勝の悲しげな顔に、ナニナニ、と腕を突っつく。寂しい、と笑う。甘えて良いんだよ、と腕を広げるも「ちげぇーよ」と心ない言葉に折れ、暫し無言な続く。


「分かった。(指を鳴らし)セフレだ」


 この場にふさわしくない言葉に思わず立ち上がり「はぁぁぁ!?」と大きな声。


「だって、俺ら知り合ったの。それじゃん。勝、俺がレンタルサービスやってた頃に恥ずかし目もなく真顔で言ったよね。セ・フ・レ」


「ふっざけんな!! 場を考えろッ何年前の話だ」


 店内に響く自分の声に勝はハッと口に手を当て、顔がリンゴのように赤くなる。


「お前が場を選ばない言葉遣いだから、ちょいと悪さをしたまでよ。あれ、京ちゃんと兼二もそんな出会い方だっけ?」


 ははん、とプチトマトを食べ満足げな表情。勝ったな、と笑う和に勝は口答えて出来ず。腰を下ろすと恥ずかしさに顔を伏せた。そんな彼の頭に和は大きな手が乗せ、ヨシヨシと撫でる。それに反発か。


「(怒鳴りたい気持ちを抑え)殴ってやる」


 強気な言葉に、可愛いなぁ、と愛しい目で見ているとコンコンと窓ガラスが鳴った。ん、と一斉に顔を向けると楽しませようと施設内を徘徊する白塗り赤鼻のピエロ。


「おーピエロじゃん。勝、勝、俺やってみたいんだよねぇ」


 感動し和は手を振るも勝は、げっ、と立て掛けていたメニューで顔を隠す。怖いのか手が震え、強さも貫禄もない勝に違和感を持った和はさりげなく聞く。


「どーしたの。そんなにピエロが嫌い?」


 メニューから顔を覗かせ、首がもげそうな高速頷き。


「ナニされたの? エッチなやつ?」


 二度目のはしたない言葉に「違うわ!!」と恐怖を乗り越え怒りに変わる。勢いよく立ち上がるも集まる視線に、またかよ、と顔が真っ赤。片手で顔を隠しながらとても小さな声で言った。


「カギの頃、友達と空き地でかくれんぼしてたらさ。化粧した赤鼻の派手な服着たピエロが友達を取っ捕まえてゲラゲラ笑って隠れてた俺の目の前で殺したんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る