第3話
蓮見が言っていた通り、裏口の鍵は開いていた。
いつもは、料理動画を見ながら時間をかけて作る夕食も、今日はカップラーメンとしずえさんに作り方を教えてもらった作り置きのポテトサラダを食べた。
真っ暗の学校、侵入する時は緊張したが案外簡単に敷地に入ることができた。
とても悪いことをしているみたいで、ドキドキする。
旧校舎の中はとても暗く、葵は恐れながら忍び足で階段を登った。
部室までの直線を小走りで走った後、戸をそっと開けた。
中は電気はついておらず、真ん中に黄色い色をしたランプがぼうっと灯っていて、その灯りを頼りに、蓮見は相変らずスマホを見ていた。
「電気つけないの?」
葵が聞くと、蓮見は、うわっと言って驚いた。
「入る時、声かけろよ」
「あ、ごめん」
「幽霊かと思った」
蓮見は、そう言ってまたスマホとにらめっこを始めた。
葵も、蓮見と向かいあうように座れば、蓮見の横に大きな天体望遠鏡があることに気づいた。
それで見るの?と葵は指を差すと、蓮見はスマホを見ながら、そうだよ、と頷き、これめちゃくちゃ見えるんだよね、と言った。
「本当に好きなんだね、星」
葵がそう言うと、蓮見は、当たり前じゃんと返した。
葵は手持無沙汰になって、静寂な空気が張り詰めた。
「さっきからスマホ、何見てるの?」
気まずい空気を破るように、葵はそう言った。
蓮見は葵をスッと見て、エロ動画だよ、と返した。
葵は一瞬黙った後、ほんと?と聞くと、蓮見は嘘と言って笑った。
「面白くない。ドン引き」
「そこまで言わなくていいだろ」
蓮見はそう言って、スマホの画面を葵に見せた。
「この後の天気予報」
蓮見はそう言って、多分このまま晴れていると思うんだけど、と続けた。
蓮見のスマホには、月のイラストの下に、降水確率40%と表示されていた。
ちょうど葵がこれを見たタイミングで、扉が開いた。
「お、やってるね」
斎藤がやってきて、蓮見は斎藤を一瞥して望遠鏡を担いだ。
「じゃあ葵さん、行くよ」
斎藤は、ついてこいと蓮見と葵に言って、それに続くように二人は部室を出た。
斎藤、蓮見、葵の順で縦になって歩いた。
改めて見た蓮見の身長は案外高くて、160センチ近くの葵とも、その高低差がよくわかった。
階段を4階登った先、つきあたりの壁に「6」と大きな数字が書かれていて横には屋上に入るドアがあった。
斎藤はポケットから鍵を取り出し、ドアを開ければ、穏やかな風が二人の頬を撫でた。
「さあ、ようこそ」
斎藤は2人を促し、3人で屋上にでた。
9月初旬の夜は、暑くもなく寒くもないちょうどいい気温だった。
ただ、足もとがやっと確認できるぐらいには、とても暗かった。
「葵さん、上みてごらん」
斎藤は笑って葵を見た。
言われたまま葵は首をあげた。
「うわぁ。すごい」
屋上の夜空には、満点の星が広がっていた。
近くに街頭や蛍光物はなく、ただ一面に広がる闇に、無数の星がずっと光っていた。
葵がただずっと夜空を眺める中、蓮見は望遠鏡をセットし終わり、もうそれを覗いていた。
「夜空、凄いでしょ」
斎藤は葵にそう言うと、自身もまた夜空を眺めた。
無数に広がる星の景色は、葵のさっきまでの想像を遥かに超えるものだった。
とても綺麗で美しかった。
ずっと見てれば見てるほど、夜空に飲み込まれてしまいそうな感覚にもなった。
「葵さん、夏の大三角形ってわかる?」
「聞いたことあります」
「今、見えるよ」
え、と葵は驚く。
「夏の大三角形って、7月とか、8月とか夏って時だけに見られるもんじゃないですか」
「むしろ9月が一番の見頃だよ」
斎藤はそう言って、一人望遠鏡を覗いている蓮見の頭をちょい、と軽くはじいた。
「蓮見先生。夏の大三角形、教えて」
斎藤がそう言うと、蓮見は自分の頭の真上の夜空を指差した。
「他よりちょっと強く光っている星、一等星って言うんだけど、僕が指差している星わかる?」
蓮見の指の先には、確かに他より光っている星があった。
わかるよ、と葵は言うと、蓮見は続けてその星から右下、左下にあったそれと同じように強く輝く星を交互に指差した。
「これらの三つの星が、三角形に並んでいるでしょ。これを結んで夏の大三角形って言うんだ」
蓮見は夜空を見ながらそう言った。
「上はこと座のベガ、右下はわし座のアルタイル、左下ははくちょう座のデネブって名前があったりするよ」
斎藤は蓮見が言ったことに、付け足すようにそう言った。
葵が指で結んでみた夏の大三角形は、思っていたより綺麗な形じゃなかったが、同時にその歪さに安心感を感じた。
「そんなこと知りませんでした」
葵はそう言うと斎藤は、星って案外面白いでしょ?と笑った。
「こっちも見てみて」
斎藤は、蓮見の担いできた望遠鏡を葵の方向にずらした。
葵は蓮見の方をちらっと確認すると、蓮見は満更でもない顔で、見てみなよと薦めてきた。
葵はスッとスコープを覗きこんだ。
そこには、白とグレーの縞模様の球体があった。
「これなんですか」
スコープを覗きこんだままそう言った葵に、蓮見は、木星、と言った。
木星は、暗闇の中にポツンとあり、その外側の模様がよく見えた。
多分良い望遠鏡なんだろう。万が一倒したりしないように、葵は姿勢に注意しながら覗いた。
そうして何分か経って、やっと斎藤が、そろそろ帰りますかと呟いた。
「葵さん、夜空観測同好会、興味湧いた?」
望遠鏡を畳んで片づけている蓮見の横で、斎藤は言った。
「はい興味湧いたし楽しかったし、星が綺麗でした」
興奮冷めやらぬ葵を見て、そりゃ良かったと斎藤は笑った。
「活動自体は一応金曜日だけだし、私が日直で他の先生がいない日に屋上にあがってこうやって観測するぐらいだけど、どう?入る?」
斎藤は、手に持った鍵を人差し指でくるくる回しながら、葵に聞いた。
葵はそのまま蓮見を見ると、蓮見は望遠鏡を片づけ終わって、葵の返答を待っている表情だった。
「いいんですか?」
葵は二人を見て言うと、斎藤はようこそ、と言って笑った。
蓮見は、俺は別にどっちでもいいけど、と言って望遠鏡を担ぎ直した。
夜空観測同好会は、3人体制となった。
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