第27話:うちの案内は5分で終わる
結局コエダさま(様付けを強要された)と一緒に奥卵まで戻ってきて、町を案内することになった。
こういう時、夏季課題で作った奥卵の地図が役に立つ。俺はシティーボーイ(言いなれた)だから紙媒体だけでは無く、ちゃんとスマホにも画像として残しているのだ。だからわざわざ家に取りに帰ったりなんてことはしない。使いこなしてる俺カッケェ……。
コエダさまは俺の隣をちょこちょこと狐の姿で歩いている。偶に縁石に飛び乗ってガードレール越しに道路の反対側を眺めたりと忙しない。
「ほおー。石の道や鉄の車は見かけておるから存在を知ってはいたが、町まで石で出来ておるのじゃな」
それすげー分かる。城とか塔のレベルで建物が石作りだったから最初すげーびっくりした覚えがある。うちなんか木造も木造。石の部分なんてない完全無欠の木造家屋だ。
「ふむ、小腹が空いたの。おいメイジ。豆腐屋はないのか」
あるよー。たしか前に品揃えを調べた時は油揚げも置いてあったはず。
「豆腐屋に油揚げがないわけなかろう。いくら世が違えどそのくらいの常識は弁えておる」
「へーそうなんだ。覚えとこ。俺結構こっちで過ごして慣れてきたつもりだったんだけど、まだまだ知らない事いっぱいあるんだなー。コエダさまやるな」
「そうじゃろそうじゃろ」
呼び方については別になんだって構わないんだけど、狐を様呼びするのって他の人から見たらどう思われるんだろう。逆に目立つ……いやそもそも街中で狐を見たことがないから狐が居るだけでも目立っているような気はする。獣耳巫女服姿よりはマシだろうけど。
豆腐屋の丸豆さんで油揚げを買い(買わされた)コエダさまにちぎって渡す。手が油でベッタベタだ。手洗おう。ニル、チ、ソ。
それにしても狐って本当に油揚げ好きなんだなぁ。獣ってああいう植物油っぽいもの好まないのかと思ってた。え、別に狐は油揚げを食べない? コエダさまが好きなだけ? へーそうなんだ。今日は狐についての解像度が上がっていく日だ。知の高まりを感じる。
「む、メイジではないか。妙な所で会うな」
そうしているとジーヴーの買い物袋を持ったラヴィーネと出くわした。そういやこの道まっすぐ行くとタケシんちだな。ラヴィーネは相変わらずタケシんちで居候しているから、家に戻る途中なんだろう。
最近はキュロットスカートとかいうのでどれだけ足を出すかみたいなチキンレースにハマっているらしい。今日もそれを履いていて太ももくらいから足が出ていた。最近まあまあ気温が下がってくる日が増えてきたけど、寒くないんだろうか。
男の半ズボンとどう違うのかと前に訊いたことがあるんだけど、本人曰く全然違うらしい。都会のお洒落は難しい。
「何をしていたん……だ……」
そんなラヴィーネは油揚げを食んでいるコエダさまに気づくと動きを止め、ドサっと肩にかけていた買い物袋を取り落とした。プルプル震えている。一体どうしたんだ。
「お、おいメイジ。な、なんなのだこの可愛い生き物は。まるで獣相の濃いマルクシ族の者が四足になったようではないか……」
マルクシ族? 魔族の種族なんだろうか。
ラヴィーネって狐を見たことがないの? 割とネットで写真とか上がってるのを見かけるけど。
「キツネ!? キツネというのかこの生き物は! 噛まないか? 火を吹かないか? 他の生き物を苗床にしないか? しない? おお、それはよかった。犬や猫ならこの町で触ったことがあるがそれとは違うのか……か、かわいい奴め……ほーらよちよち……」
こういう生き物は動物図鑑にいっぱい載ってるから今度一緒に図書館行こうぜ。
魔界に小動物とかいないんだろうか。うちには鳥とか畜生モモンガとかは家かじってくるリスとか居るけど。
魔界じゃ小さい四足獣は幼生体しかいない? 小さいと生き残れないから最低でも身長くらいの体高にはなる? 世知辛すぎる。魔界の生き物図鑑も見てみたいぞ。
一応狐のふりをするつもりのコエダさまは構おうとしてくるラヴィーネを鬱陶しそうにあしらっていた。
「メイジ! この可愛い生き物はお前のものか!」
「いや、別に俺のとかじゃないけど」
「な、なら抱きしめるのもやぶさかではないはずだな……しゃ、写真も撮っちゃうぞ。はっ! 可愛い私と可愛い生き物……そうか、犬や猫と一緒に映っていた者共はそういうことだったのか……!」
俺はいいけどコエダさまが許すだろうか。既にだいぶ鬱陶しそうな目でスマホを向けるラヴィーネを見ているぞ。
あとコエダさまは由緒正しい? 奥卵の守護稲荷? だからいいけど、野生の狐に触るのはダメって動物図鑑には書いてあったぞ。病気が危ないんだって。
いよいよ抱きかかえようと手を伸ばし始めたラヴィーネ。『なんなのだこいつは』という目でコエダさまが俺に助けを求めている気がするけど、俺には可愛いを求めるラヴィーネを止めることは出来ない。魔界ではスマホと可愛いに飢えていたらしく、帰ってきてから『バエル?』物とか『可愛い』物を見るとだいたいこんな調子なんだ。
「ほら、一緒にセルフィーを撮ろうね。ほら、怖くない、怖くない、痛くしないから、えへへ」
「やーめーろーとーゆーとるのじゃー!」
ぼわん!
あ。
ついに我慢できなくなったコエダさまが変身を解いて俺の後ろに回って盾にしてきた。
「メイジ! なんなのだこいつは! さっきからパシャパシャと音の鳴る訳の分からんものを向けてからに!」
「ほわああ! なんて獣相の薄いマルクシ族だ! メイジそこをどけ! 私の部屋に連れて帰る!」
「やめーるのーじゃー!」
いや本人嫌がってるから止めてやれよ……あと俺を中心におっかけっこするの止めておくれ。
「ふむ、それで、これをどうするのじゃ、らびーね」
「まずこの写真アプリを起動して、その後ここをタップ――触ることでこの手前のカメラが有効になるから――」
「おお! ワシが映っておる! あとは先ほどのように良き頃に再度画面をたっぷするのじゃな。よし、らびーね。共に撮ろうではないか」
「私のアウスタに載せてもいいか?」
「それが何なのかは分からぬが、別に構わぬぞ」
「……よしっ」
おいラヴィーネ。ネットリテラシー(かっこいい)をよく分かってない頭戦国時代の守護稲荷さまを騙すような真似をするんじゃない。しーって。いやまあ本人がいいって言ってるならいいけど。いいのかな。いいか。
追いかけっこは引き分けに終わったんだけど、疲れて休戦している間にコエダさまが『先ほどからワシに向けているそのぱしゃぱしゃはなんなのじゃ?』とスマホに興味を示したところから共通の話題が出来、30分もする頃には膝の上に乗せて手取り足取り教えるような仲になっていた。なんかあの体勢、俺とアンジェラさんみたいで思い出し羞恥が……。
女同士だと見た目の差もあってほのぼのしてていいな。たぶんコエダさまに小さいとかそれに近いこと言うとめちゃくちゃ怒るだろうけど。
ちなみにコエダさまには俺のスマホを貸していじってもらっている。
何かするたびにすごいのじゃすごいのじゃと騒ぎ立てるコエダさまを俺は後方で腕組みして見守っている。あったなぁ、俺にもそんな頃が。
「おいメイジ! ワシもすまほが欲しいのじゃ! このすまほをワシに献上するのじゃ」
そのスマホは大事なものだから上げられないなぁ。
こういう時はそうだなー。コエダさま、動画に出てみてよ。その動画の収益でスマホ買おうよ。
「なんじゃそのどうがとやらは。そういえば最初に式力を出したときもどうががどうとか言っておったな。それをやればすまほが手に入るのか?」
まあそう単純な話じゃないけど、たぶんタケシに相談すればなんとかしてくれるだろ。
「そういうことなら私も手伝うぞ。コエダ」
「おお、先輩として頼もしいのお、らびーね。では一つよろしく頼むのじゃ」
ところでなんでラヴィーネには呼び捨てで呼ばせて俺はさま付けなの……?
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●REC
『こんにちは。今回は緊急で動画回しています。
そういえば動画だとお久しぶりですね、皆さんこんにちは。エレキシュガル・フォン・ラヴィーネです。
今日はアウスタでアップする服を買いに行った帰りだったんですが、その帰りがけにメイジとばったり出くわしまして。今隣に居るんですが、今日の主役はメイジではなくて、こちらの方です!』
『こ、これに向かって喋れば良いのか? どうも皆の者。ワシは奥卵の守護稲荷、山中コエダじゃ。以後よろしく頼む』
『きゃーーーーー! かわいいーーーー!』
『のわーーー! 止めるのじゃ、らびーね! 耳を触るな、尻尾を撫でるなー!』
………………
…………
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