第9話


 昼休み。

 普段食堂で昼食を取っている生徒や、校庭に出て体を動かしている運動部たちも、皆この日は教室で一堂に会していた。

 異様な盛り上がりを見せる男子たちに反して、教室内の女子たちの空気は冷え切っている。

 その理由は明白だ。

 先日の宣告通り、校内で掲示された来月までの性奉仕係の担当名簿には、藤宮依織の名前がしっかりと記されていた。

 その情報の波及は広く早く、既にこの教室だけではなく校内の男子のほとんどが、待ち望んでいたチャンスに湧いていることだろう。

 雑誌でもテレビでもSNSでも、その名を見ない日はないほどの知名度を誇る美少女に、合法的に手を出すことができると考えれば、無理もないことなのかもしれない。

 

「へへっ……なぁ、藤宮──」

「ちょっと田中、いおっちの奉仕開始は放課後からだよ! てか教室で変なことしようとするのは、普通に犯罪だからね!」

「な、なんだよ。別に、普通に話しかけようとしただけだって……」


 黒板の横に掲示された奉仕担当の名簿の前で多数の男子が立ち往生しており、実際にその目で藤宮の名前を確認すると、彼らは席に座っている彼女を横目で観察し始める。

 教室にいる男子のほとんどがそうしていた。

 いつも制度を利用している盛んな運動部も、無関心を装ってスマホをいじっている生徒も、皆一様に視線がさりげなく藤宮へと向いているのは明らかだった。

 加えて、教室の外にも野次馬染みた連中が屯していて、やれ胸がデカいだのどうやって遊ぶかだのと下卑た言葉が漂っており、校内の風紀は余裕で過去最低を記録している。


「いおっちが任命された途端これって、ウチの男子って本当に……」

「アタシは平気だよ、恵。ありがとね」


 しかし当の本人である藤宮はどこ吹く風といった平静さを保っており、四限目に使った教科書やノートを整理してカバンから財布を取り出すと、彼女は俺の席の前へやってきた。


「柏城くん。お昼食べにいこ」


 昨日の夕べに交わした約束を思い出し、俺は促されるがまま藤宮の後ろをついていく。

 購買へ向かう道中、話題の中心人物である藤宮を値踏みするように眺める者や、そんな彼女と二人きりで移動しているどこの馬の骨とも分からない男子である俺を、怪訝な雰囲気で睨みつける視線など、数多の感情を背中に受けながら俺たちは購買へ赴き、昼食を買ってから人気のない校舎裏の非常階段へと足を運んだ。


「これ……メロンパン」

「ん。ありがと」


 石造りの階段に並んで腰を下ろし、約束通りの菓子パンを手渡すと、藤宮はそれを小さい口で食べ始める。

 続くようにして、俺も先ほど購入したおにぎりを頬張った。

 この異常としか思えない状況に陥っている校内で、この空間だけはいたって普通だと感じられる。

 相手の知名度を度外視すれば、今日のコレは高校のクラスメイトとただ一緒に昼食を取っているだけの、一般的な昼休みだ。


「──柏城くん」


 互いに話すこともなく、花壇を眺めながら黙々と食べ進めていると、不意に隣りから声がかかった。

 そちらを向くと、藤宮は教室で保っていた明るいポーカーフェイスではなく、昨日と似た力のない笑みを浮かべていた。

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