第8話
「ほらっ、言った通りちゃんと奉仕しなさいよ! 私が性犯罪者になったらアンタ責任取れんの!?」
性奉仕センターを横切るとき、そんな声が建物内から響いてきた。
その聞こえた言葉から察するに性欲処理奉仕制度の現状は、おおかた俺の想像通りの内容で合っていたようだ。
奉仕係に選ばれた者はまともな抵抗は許されず、使用者である相手の要求を飲まなければならない。
逆に制度を利用する側は奉仕係を自分の思うままに従わせることが可能で、そんな状況故にどんどん態度がエスカレートしていく──ひどい悪循環だ。
まともではない。
性犯罪抑制のためと謳っておきながら、合法的に他者を蹂躙する輩を続出させているこの制度が、正しいものであるはずがないのだ。
それから、気になるものが一つある。
先ほど藤宮が口にしていた『勇者様』なる者の概要を、帰宅してから検索にかけてみた。
そうして結果出てきたものは、やはり俺の知り得ない──異世界のものとしか思えないような情報だった。
勇者様とは、世界を救ってくださった英雄である。
勇者様の願いは、
勇者様には、何者も意見してはならない。
勇者様のお言葉を疑ってはならない。
勇者様を敬いなさい。
勇者様を信じなさい。
勇者様のために世界はある……などなど。
大半は新興宗教組織の信者が無心で書き殴ったような、まるで要領を得ないものばかりだったが、これがほぼ世界中で認知されている常識であることは、他の検索結果を見るに明らかだった。
十年前に勇者が台頭する大きな何かがあったようだが、規制されている情報なのか詳しいことは分からなかった。
しかし、これでようやく確信が持てた。
ここは俺のいた世界ではない。
いつ、どこで、どうやって移動してきたのかは不明だが、とにかく今いるのは前提が異なる別の世界線だ。
性奉仕係なる制度も、それを強要しても人々を頷かせてしまえるほどの恐怖と力を持った勇者とかいう人物のことも、これまでの人生で聞いたことなど一度もない。
千鶴さんが入院していることや、出席した全校集会で欠席したことになっていることも、この世界線で生きていた”柏城晴人”の身体の中に、別の世界からきた俺の意識が入り込んでしまったことによる記憶の齟齬と考えればいろいろと説明がつく。
突拍子もない考えをしていることは分かっている。
だが、俺の目の前にはこの仮説よりももっとあり得ない性奉仕係とかいう意味不明な概念が実在しているのだ。
例え真実が間違っていたとしても、自分が納得できる理由を用意して、この世界に負けないよう自分自身を肯定することができれば、それでまったく構わない。
まだまだ考えなければならない事象は多いが、いま優先するべきことが何なのかは既に答えが出ている。
それを実行するため──翌日、俺はいの一番に早朝の職員室へと急行した。
「先生。性奉仕係の利用の予約をしたいんですけど、いいですか」
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