第7話

 

 思わず聞き返してしまった。

 カッコつけて世界の常識に喧嘩を売った雰囲気がぶち壊され、場の主導権が藤宮へと移る。


「妹も柏城くんと同じこと言っててさ。こんなのおかしいって、部屋に籠りきりなんだ」


 言いながら、藤宮はカバンから一枚のプリントを取り出した。

 促されるままに受け取り紙面を確認する。

 そこに書かれていたのは、異常な常識を求めるこの世界の圧力そのものだった。


「……性欲処理奉仕係、任命書?」

「あした名簿が出ると思うけど、たぶんそこにアタシの名前も書いてある。放課後からだって」


 憂いに満ちた表情で、諦めたようにそう呟く。


「だいじょうぶ……なのか?」


 俺が発した意味のない質問にも、優しい彼女は答えてくれる。


「やらなくていいなら、やりたくはないけどね。あのセンターの中にいる人たちも、多分みんなそう思ってるよ」


 目の前にある異常な制度に対して、この世界の人間も望んでその身を捧げているわけではないと、彼女はそう言った。

 つまり、周囲が俺と異なる倫理観を持っているというわけではなく。

 世界に強制されるこの不条理な状況に逆らえないだけだったのだと、その時ようやく察することができた。


「アタシは出席日数が少し足りてないから、その免除の為に受けろって先生が言ってた。病気は持ってないし身体も至って健康だから、問題なく奉仕係になれる──」

「い、いや、待って」


 我慢ならず、話を遮る。

 

「足りない出席日数を補う方法なんて他に何か……ほら、補習講義とかあると思うんだけど」

「……それの代わりに性奉仕係をやれって話になってるから、無理かな」

「で、でも……拒否とかできないのか?」


 俺の言葉に目を見開いてわずかに驚く藤宮。

 何もおかしなことは言ってないはずだが、彼女は明らかに俺の発言を意外なものとして受け取っている。

 彼女は小さく苦笑いして、再び俺から視線を逸らした。


「できないよ。性奉仕係は……が考案された制度だから」


 低い声音でそれだけ告げると、藤宮は向かいのコンビニへと歩いて行った。


「またね、柏城くん」

「……あぁ」

 

 引き留めることは叶わず、ただ見送ることしかできなかった。

 あの雰囲気からして、恐らく俺があの場で何を言ったところで、彼女の奉仕係の任命云々が覆ることはなかっただろう。

 彼女が強要されている性奉仕係は、俺が想像しているものよりもっと理不尽で強大な圧力を持っている。

 それを言葉一つで覆せるはずもなく、この場においては俺もこの世界の不穏な空気に抵抗できない市民の一人でしかなかった。

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