最終楽章
その一軒家は妙に静かだった。
近づくにつれて妙な空気が俺を汚染している様な気がした。。
俺は窓の割れている部屋がある事に気付き、庭先からその部屋を覗いた。
部屋の中には悶絶した浦沢真治が倒れている。
間に合わなかったようだ。
俺の表情を確認したアキオは全てを悟った顔つきで玄関より入っていった。
俺は慌てて付いて行く。なんだか、すこし怖かったのだ。
家に入るとリビングのソファにナツコが落ち着いた面差しで腰を掛けていた。
「浦沢ナツコ…、小林ナツコ…、いや、もっと昔の名前、山崎ナツコさんとでも呼んだ方が良いのかな?」
アキオは厳しめの口調でそう言った。
「流石、アキオ君とクニちゃんね。」
俺はナツコにちゃん付けで呼ばれて、そんな流暢な場面ではないというのにも関わらず、少し照れた。
アキオは一歩前に出た。
「罪を償う為に僕を呼んだのかい?」
「私に後悔は無い。それにあんな役立たずの警察に捕まる気も無い。」
ナツコは小さいライター程の大きさの小箱を俺に向かって投げた。
俺はその小箱を受け取った。それはUSBメモリーだった。
「それがアキオ君の曲のデータの全てよ。他に持っていたデータは全部消去したから、安心して。」
ナツコは小さく微笑んだ。
アキオは哀しげな口調で聞いた。
「なんで僕に?」
「自殺は嫌なの。それにどういう形であれ人に殺されたら、その恨みは何処かに残り連鎖する。それじゃあ、また次の私を生むだけなの。」
だから人ではない存在に…。
アキオは意を決したように背負っていた黒きケースを降ろした。
ケースから年代物のギターを取り出す。
「ありがとう。」
ナツコは小さく礼を述べて目を瞑った。
アキオはその穢れた手でギターの弦を弾き始めた。
俺は暫くその曲を聞いていた。
アキオ曰く、曲は死人を選ぶという話で聞きつづけても俺が死ぬ事は無いらしい。
それを知っていても、俺はその重苦しい雰囲気に耐える事が出来なかった。
アキオは泣いていた。
ナツコの瞑った目からも涙が零れていた。
俺は胸が苦しい。人間なのである。
俺は静かに家を出て、一人帰路へとついた。
あの場で待っているのが辛かったのだ。
苦しみ、哀しみ、怨念、罪悪、そんな人間の負のエネルギーが塊となる。
その塊が魂に絡み付き、人を忘却の彼方へと誘って逝くんだろう。
そして、
今も未だ俺の心の根底で響きつづけている、
鬼の奏でる失われた鎮魂曲が…。
<了>
鬼の奏でる失われた鎮魂曲 西岡てつ @nishioka999
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